表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落したポンコツ騎士様を拾いました 〜美味しい料理と、優しい嘘。路地裏から始まる二人のあいまい解決屋生活〜  作者: まったくもー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/17

第2話:盗っ人の足音と、不器用な連携

翌朝。ドンズ亭の1階は、朝食のスープを求める宿泊客の喧騒に包まれていた。

 厨房からは、規則正しく小気味よい音が響いている。


「おい、新入り! スープの鍋が空だぞ!」

「やかましい! 煮込みのタイミングというものがある。下界の者どもは少しは待つということを覚えろ!」


 文句を言いながらも、ジルは手首のスナップを効かせて巨大な木べらを操り、鍋の中の野菜を焦がすことなく完璧に炒めていた。無駄のない動きは、まるで戦場を駆け回る将軍のようだ。


 私は厨房の隅っこに座り、木皿についたスープの残りをパンで綺麗に拭き取って口に放り込んだ。ドンズの適当な塩味とは違う、丁寧に引き出された野菜の味がする。


 その時だった。

 ドタバタという荒々しい足音とともに、宿の階段を転がり落ちるように一人の行商人が駆け込んでくる。


「盗まれた! 俺の荷物が!」


 行商人は頭を抱えて床に膝をついた。商売道具である銀の匙がなくなったらしい。

 奥からドンズが顔面を蒼白にして飛び込んでくる。


「ほら見ろ! まただ。最近うちじゃコソ泥騒ぎばかりで客足が遠のいてるってのに……!」


 私は騒ぎの中心に目を向けた。泣き叫ぶ行商人の横で、その肩を叩き、「災難だったな」と慰めている男がいる。

 その男からは、二種類の音が聞こえた。一つは姑息な嘘をつくときの心音。もう一つは、右のブーツの中でカチャカチャと鳴る、硬い金属の響きだ。


「ジルジル。チャンスだよ」

 私は厨房から身を乗り出し、ジルのマントの裾を引っ張った。

「あの慰めてるやつ、嘘ついてる。右のブーツに銀のスプーンを隠してる音がする。あれ解決したら、ドンズ、あんたの家賃をタダにしてくれるかも」


 ジルは私の耳元で不快そうに小声で囁いた。

「……騎士にコソ泥の詮索などさせる気か」

「そお。じゃあ、今夜からまたゴミ捨て場だね」


 ジルはひどく嫌そうな顔をした。

 でも、舌打ちをしながらも一歩踏み出すその後ろ姿は、妙に堂に入っている。


 ジルは洗って綺麗になったブーツの踵を鳴らして、騒ぎの中心へ歩み出た。


「騒ぐな、平民ども。この俺が来たからには、事件はすでに解決したも同然だ」


 突然しゃしゃり出てきた大男に、食堂の客たちがぽかんと口を開けた。

 彼は慰め役の男の前に立ち、長い指でビシッとその鼻先を指差す。


「盗っ人は……行商人、貴様を慰めているそこの男だ!」

「な、なんだと!? ふざけるな、証拠はあるのか!」

「証拠? 貴様の右ブーツから聞こえる金属音だ。さあ、脱いで調べさせてもらおうか」


 男の顔から、サッと血の気が引いた。


「……っ! なんなんだお前は!」

 男は隠し持っていたナイフを抜き、ジルに向かって振りかざす。


「ぬっ!?」

 腕組みをして見下ろしていたジルは、完全に不意を突かれた。

 慌てて後ずさるが長い足がもつれ、バランスを取ろうと両腕をクルクルと空中で振り回す。


 男はその隙に体勢を崩したジルの脇をすり抜け、宿の扉を蹴り開けて外へと逃げ出していった。


「イテテ……チッ! 小悪党め……!」

 しりもちをついたジルは、腰をさすりながら悪態をつく。

 行商人が「ああ、俺の銀の匙が!」と嘆き、ドンズが頭を抱えていた。


「……右の路地へ。石畳みを蹴ってる。東」

 私が耳を澄まして呟くと、ジルがこちらを見た。


「おい小娘。お前は奴をそのまま追え」

 ジルは立ち上がり、マントの埃を払う。

「俺は逆の西から回り込んで挟み撃ちにしてやる!」


 いや、東に向かってる相手を西から追ったらただの逆走なんだけど。

 止める間もなく、ジルは反対方向の路地へ全速力で駆け出していった。


 仕方なく、私は言われた通り東へ向かう。

 三十番倉庫の裏路地。冷たい潮風が吹き抜けている。

 男はレンガ壁に背を預け、荒い息を吐きながらブーツの裏から銀の匙を取り出していた。


 私が歩み出ると、男はすぐにナイフを向けてくる。


「女が……! 追ってきたのか。痛い目見ないうちに失せろ!」


 私は何も言わず、首から下げていたオカリナをゆっくりと口に当てた。


 ピィーーーッ!


 空気が鋭く震え、男の三半規管を直接殴りつけるような高周波の音が響く。

 男は突然ひどい目眩に襲われたようにふらつき、平衡感覚を失って派手に転倒した。レンガの地面に頭を打ち付ける、ゴツッという鈍い音が鳴る。


「な、なんだ……!? 足がもつれ……」

 男が這い上がろうとした、その時だ。


「ゼェ、ハァ……! 逃がさんぞ、悪党め!」


 小道の奥から、信じられないほど息を切らしたジルが現れた。

 完全に迷子になっていたのだろう。顔面を真っ赤にしながら、たまたま男の逃走ルートの先回りに成功したらしい。


 ジルは男の背中をブーツで無造作に踏みつけ、その手から銀の匙を取り上げた。


「……大人しく縛られてしまえ」


「ねぇジル。ロープなんてないけど?」

 私が見上げると、ジルはチッと舌打ちをした。

 自身のズボンのベルトに手をかけ、少し顔を赤くして「……小娘、背を向けろ」と唸る。


 その日の午後。

 私たちは衛兵の詰め所へ、ジルのベルトで縛り上げたコソ泥を突き出した。騒ぎが落ち着くと、ドンズは「しばらく厨房と警備を任せる」と言って、私たちの滞在を正式に認めてくれた。


 夜の厨房の隅。

 ジルはかまどの前で膝を抱え、不機嫌そうに鍋を睨みつけていた。

 あの後、ベルトを外したせいでズボンがずり落ちそうになり、衛兵の前で無様な姿を晒したのだ。


 彼は腕を組んだまま、面白くなさそうにそっぽを向いている。


 私は無言で彼の隣に座り込んだ。

 空の木杯を、コトン、と床に置く。


「……なんだ」

「……」


 私が無言で杯を指差すと、ジルは大きなため息をついた。


「……ふん。俺の完璧な包囲網がなければ、あの小悪党は逃げおおせていたのだ。貴様の奇妙な笛の音など、ほんの目眩ましに過ぎん」


 分かりやすい強がりを呟きながら、ジルはゆっくりと立ち上がってお玉を手にする。

 かまどの火を細めに入れ直し、鍋の底に残っていた少しばかりのスープを温め直した。


 心地よい火の音がする。とても静かだ。

 ジルは口元をわずかに緩め、真剣な眼差しで鍋の灰汁を掬い始めた。


 やがて、コトン、と温かい杯が私の前に置かれる。


「……飲め」

「……うん」


 私が小さく呟くと、ジルはほんの少しだけ口角を上げた。再びマントを被り、壁に寄りかかる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ