休日の簡単な夕食
カーテンの隙間から差し込む光がオレンジ色から群青色へと変わり、リビングのソファーで横になっていたリリーは目を擦りながら体を起こした。
壁掛け時計に目をやると、時刻は夜8時半だ。
休日の時間が昼寝で溶けてしまった絶望感に小さく頭を抱える。
「やっちゃった……」
「あら、やっと起きたの?」
キッチンから聞こえた明るい声と共に、ラベンダーが顔を出した。
金髪の癖っ毛をハーフアップにし、灰色の瞳を悪戯っぽく輝かせている。
「ラベンダー……私、昼過ぎにちょっと横になっただけなのに......」
「その『ちょっと』が6時間コースになったわけね。夕食の準備、とっくに終わっちゃったわよ。」
「うぅ……お腹は空いてるんだけど、今からガッツリ食べたら体に悪そうだし……」
「そう言うと思って、いいものを用意しといたわ。」
ラベンダーがテーブルの上に置いたのは小さなガラスの器に入ったミックスナッツと、優しいオレンジ色のサツマ(蜜柑の事で、イギリスでもスーパーで普通に売られている)だった。
「ミックスナッツと……サツマ?」
「そう。この時間から重いものを食べたら胃もたれするでしょ? ナッツで良質な脂質と蛋白質を摂って、サツマで水分とビタミンを補給するの。完璧な夜8時半の救済メニューよ。」
リリーは目を丸くした後にあどけない笑みを浮かべた。
「ラベンダーってば、本当に21歳? 私よりずっとお母さんみたい。」
「誰がお母さんよ。ほら、皮剥いてあげるから食べなさい。」
ラベンダーは器用にサツマの皮を剥き、房を一つ取ってリリーの口元へ運んだ。
甘酸っぱくて懐かしい香りがし、一口齧ると瑞々しい果汁が寝起きの喉を潤していった。
続いてアーモンドを一つ口に放り込むと、香ばしい塩気がサツマの甘さを更に引き立てる。
「......ん、すごく美味しい♪ ナッツのカリカリと、サツマのジュワッとした感じが最高!」
「でしょ? 休日を寝過ごした罪悪感も、このぐらい軽めのメニューなら和らぐと思うわ。」
ソファーの背もたれに深く腰掛け、ラベンダーも自分の分のサツマを口に運んだ。
窓の外には街灯と車のヘッドライトが揺れるロンドンの夜景が広がっている。
「ねえ、ラベンダー。」
「何?」
「明日の休日は絶対に寝過ごさないから。美味しい朝食、私が作るね。」
「はいはい、期待しないで待ってるわ、リリー。」
軽やかに弾けるラベンダーの笑い声を聞きながら、リリーはアーモンドをもう一つつまんだ。
少しだけ遅く始まった夜は、ミックスナッツの香ばしさとサツマの甘酸っぱさに包まれて穏やかに更けていくのであった。
諸説ありますが、蜜柑がイギリスで『サツマ』と呼ばれているのは戦争後の友好の証として蜜柑の苗が薩摩藩(鹿児島県)からイギリスに贈られた事が由来です。




