変わった副作用
窓の外では、ロンドンの鉛色の空から霧雨が降り注いでいる。
リリーはアパートのリビングでソファーに身を沈め、胃を抱えるようにして丸まっていた。
数日前から続く鋭い胃痛と、こみ上げる吐き気。
ようやく駆け込んだ病院で処方されたのは、食前に飲むようにと言われた小さな錠剤だった。
「リリー、顔色が幽霊みたいよ。大丈夫?」
キッチンからラベンダーの弾んだ声が響く。
金髪の癖っ毛をポニーテールにまとめ、灰色の瞳を心配そうに揺らしながら彼女はハーブティーのカップをテーブルに置いた。
「……うん、お薬飲んだから、もうすぐ効くと思う……」
リリーは消え入りそうな声で答えた。
燃えるような赤毛はいつもより少し艶を失い、エメラルドのような緑の瞳は潤んでいる。
26歳という年齢に反して彼女の顔立ちと話し方が幼く、会社でも指導係のトムにお姫様のように扱われ、年配の同僚ジャックからは愛のあるいじりの対象にされているのだ。
薬を飲んでから数時間が経過した頃だった。
胃の痛みは嘘のように消えていたが、その代わりにかつて経験した事のない感覚がリリーを支配し始めた。
(……あれ?)
視界の端が、ほんのりと熱を帯びたように滲んでいく。
脳が綿菓子になって、天井に向かってフワフワ浮いているような不思議な浮遊感だ。
「ラベンダー……」
リリーが口を開くと、自分の声が遠くのホールで響いているように聞こえた。
「どうしたの? まだ気持ち悪いの?」
「ううん……違うの。あのね、脳味噌がフワフワしてるの。雲の上を歩いてるみたい……えへへ、何だかとっても……幸せな気持ち……」
リリーの頬は桃色に染まり、焦点の定まらない瞳でラベンダーを見つめた。
薬に含まれていた抗不安作用が、疲弊していた彼女の神経に強く作用したらしい。
「ちょっと、リリー!?」
ラベンダーは目を丸くした。
いつもはおっとりとしていてどこか頼りなげなリリーだが、今の彼女は拍車をかけて無防備だ。
「トムさんが……優しすぎるのがいけないんだよぉ。ジャックさんも……私の事、いじってばかりで……でも、今は全然怖くないの。世界が、パステルカラーに見える……」
リリーはラベンダーの腕に、子猫のようにすり寄った。
「ラベンダーの瞳、綺麗な灰色……雨上がりの石畳みたい……」
「……もう、本当に子供みたいなんだから。リリー、それはお薬のせいよ。そのまま寝ちゃいなさい。」
ラベンダーは呆れたように笑いながらも、その華奢な肩を抱き寄せてベッドへ運んでいく。
脳内の不思議なパレードに身を任せ、リリーは幸福な浮遊感の中で深い眠りへと落ちていった。
明日、会社でトムとジャックにこの「フワフワ事件」をどう話そうか——そんな心配さえ、今の彼女の頭には微塵もなかった。




