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私はひいお婆様の離宮に行くのが大好きでした。
ひいお婆様の守っている外壁の中の王都から北西に行った森の中に、ひいお婆様の離宮はありました。
そこは森の中に一箇所だけあった、魔物が狙うような豊かな土地ではない場所でした。
そこに、ひいお婆様の為に特別に建てられた城でした。
リヒャルトのひいお爺様の前国王から、そこまで深く愛されていたひいお婆様は、心を国から離すこともなく結界を維持し続けました。
そんなひいお婆様の離宮は、私にとってもとても落ち着ける場所でした。
私が転生者だと分かってからは、ひいお婆様に呼ばれて毎週のように通いました。
その度に第二王子のリヒャルトがひいお爺様に連れられて来ていました。
彼もひいお婆様にとっては孫に当たる子供でした。
でも、私のひいお爺様は誰かわからないから、身分としてもひ孫という立場としてもリヒャルトが上のはずでした。
でも、私が転生者だったから、リヒャルトのひいお爺様は私を守るべき大切なものと教えていたようでした。
「危ないよ、エミリア」
二歳年上だったリヒャルトは私の後をついてお世話ばかりしてくれた。
小さな身体で行けなかった場所にもリヒャルトが助けてくれると思うといけるようになって、好奇心の翼を大いに伸ばすことができていました。
——そして。
あの日に、シグルドとも出会ったのでした。
シグルドも、隣国の前国王だったひいお爺様に連れられていました。
やっぱり、シグルドのひいお爺様も私を守るべき大切なものだと、シグルドに教えたようですが、シグルドの態度はリヒャルトとは全然違っていました。
私が好奇心に駆られて何処かへ行こうとするとすぐに邪魔をして来ました。
「大切なお姫様はここに座ってろ!」
そう言って庭園のテーブルの前に座らせました。
そして、ポケットから小さな箱を取り出しました。
それは前世でのトランプのような形に見えました。
『この世界にもトランプがあるのね』そう冷めた目で見ていた私の目の前で、シグルドが箱からカードを出して並べると、私の目は好奇心に爛々と輝いていました。
五種類の紋章に分かれた、紋章ごとに九までの数字が書かれた四十五枚のカードと、三種類の役割の決まったカードが一枚ずつの合計で四十八枚のカードで遊ぶゲームでした。
色々な種類の遊び方があって、子供から大人まで、ギャンブルにも使われている……トランプと同じなのに、この世界では全く違うカードを使うものになっていました。
「また、負けたわ!」
「エミリアはトランペティが弱いな」
勝ったシグルドが笑います。
妙にオシャレな名前になったトランペティは、前世のトランプの記憶があるだけに、ルールを聞いてもなかなか馴染めませんでした。
「リヒャルト、私の代わりにシグルドに勝ってね」
そうお願いするとリヒャルトはたいてい勝ってくれました。
「二歳年下の私に勝って喜んでないで、同じ年のリヒャルトに勝てるようになってね、シグルド」
シグルドは悔しそうにしていました。
三人でトランペティをする時はリヒャルトが私の味方をしてくれるから、私が必ず一番に勝ちました。
二番目がリヒャルトです。
「ずるいぞ」
シグルドは一番最後になると不機嫌になりました。
「ごめんなさい、リヒャルトに助けて貰って」
私は前世が大人だったことを思い出してシグルドに謝って頭を撫でました。
シグルドはそれも気に入らない様子でした。
でも、暗くなり始めるとシグルドが私を抱き上げていつも私が離宮で泊まる部屋に連れて行きます。
「お姫様は、もう部屋から出ないで、ちゃんと夜は大人しく寝ているんだぞ」
そう言ってシグルドは抱き上げていた私を下ろすと、リヒャルトと自分たちの部屋に戻って行きました。
私はシグルドの言うことは聞かずにすぐにひいお婆様の部屋に行くとトランペティの事を話しました。
「私も慣れるまで大変だったわ。五十年くらいはトランプの感覚を引きずっていたわね」
「ご、五十ね……ん……!」
私が驚くのをひいお婆様は笑って見ています。
シグルドは隣国から来るから毎週会えるわけじゃなかったけど、会える時はいつもこんな風でした。
「元気がないね、エミリア」
リヒャルトが私の様子を見て言いました。
私は十歳になっていました。
「……最近、シグルドが来ないからね……」
隣国の前国王の体調が悪い事は私にも伝わって来ていました。
それだけでなく、ひいお婆様もリヒャルトのひいお爺様も体調を崩すことが多くなっています。
いつまで、この離宮での幸せな日々が続くのか——。
「……エミリア!」
シグルドがひいお爺様に連れられて離宮にやってきました。
「シグルド……!」
私が抱きつくとシグルドは何処か寂しそうにしていました。
でも、リヒャルトと三人で遊ぶ昼間は楽しくて……あっという間に夜になってしまいました。
「お姫様は、もう部屋から出ないで、夜は大人しく寝ているんだ」
シグルドはもう私を抱き上げて部屋まで連れて来ることはないけれど、このセリフはいつも変わりません。
リヒャルトと一緒にそれぞれの部屋に戻って行きます。
「……寝てていいのは、俺が迎えに来るまでだからな」
去り際にシグルドが言いました。
——その夜は、本当にシグルドが迎えに来るのか気になって眠れませんでした。
でも、夜も更けてうとうとし始めた頃に、
「行くぞ、エミリア……!」
シグルドに起こされました。
シグルドと手をつないで外に出て、森の中を進みます。
「シグルド……魔物が出るところじゃないの……!?」
私が怖くなって聞くと、シーっと指を立てられました。
静かにしての合図は異世界でも同じなんだ……妙なことに感心してしまいます。
「……ほら……見て……」
シグルドは木々の影からそっと指差した方に——!
——妖精たちが踊っていました。
前に見た蝶々がこんなに——。
私とシグルドは、じっと妖精たちの踊りに魅入っていました。
いえ、もしかしたら私だけだったのかも——。
シグルドは、私の手を引いて離宮に戻ります。
私は妖精たちの様子を思い出して言葉が出て来ませんでした。
シグルドは寂しそうに笑っています。
「……もっとお前に見せたいものはあったけど、もう時間がないな……」
そう言って、シグルドが私の頬にキスをしました。
「妖精はこの世界でも珍しいんだ。人間と同じ場所にはいないからな」
「そうなの……?」
「しゃべるのはやっぱりそこなのか 」
シグルドが何故か呆れています。
「ありがとう、大好きよ、シグルド」
私はそう言って部屋に戻りました。
そして、シグルドとは会えなくなりました——。
シグルドのひいお爺様が亡くなったからでした。
隣国との関係は元々良好ではなく、シグルドのひいお爺様だけが特別に離宮に来ることを許されていました。
それから、ひいお婆様とリヒャルトのひいお爺様も亡くなって、離宮はひっそりと閉じられました——。
◇
シグルドに会いに、一度は行きたいと思っていた隣国に私はいました。
隣国の王宮に着くと、大勢の家臣が並んで王子であるシグルドの帰還を喜んで出迎えました。
正装した誰が見ても立派な王子様の隣で、私は王子様の婚約者として大事に迎えられています。
シグルドは私に冷たい微笑みを向けて、私はそれを受け入れていました。
側には騎士になったリヒャルトがいて……私にはここが離宮のように思えました——。




