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なぜ転生者などというものがこの世界にいるのか、ひいお婆様が教えてくれました。
それは過去にこの世界に存在した大魔道士の仕業なのだと言います。
この世界には魔物がいて人間との世界の境界は曖昧でした。
人間たちは国を作り、大きな街を外壁で囲み魔物の侵入を抑えていました。
土地自体が豊かでない場所では魔物も弱く、人間の防御も外壁のみでよかったけれど、土地が豊かになれば外壁にプラスして魔法の防御壁と、物理的な戦闘部隊による絶え間ない防御が必要になっていました。
そこで、大魔導師が考えた防御策が異世界からの転生者を使うことでした。
異世界から生まれ変わった転生者という存在が稀に現れることは、この世界では知られていました。
大魔導師は意図的に転生者を豊かな土地の街に生まれるようにして、転生者がこの世界を見る時の認識のズレを、魔法よりも上の防御策になるような仕組みを置きました。
そこに強力で豊かな国が生まれました。
ひいお婆様はその仕組みを受け継いだ転生者で、ずっとこの国を守っていました。
人生の終わりに現れた転生者の私に、ひいお婆様は全てを引き継がせました。
異世界からの観察眼によるズレが完璧に引き継がれ、永遠の孤独の約束もまた引き継ぎました。
選ばれた者なのだと言われても、孤独が増すばかりでした。
ただ、ひいお婆様には愛してくれる人が二人いました。
リヒャルトのひいお爺様の私の国のもと国王と、シグルドのひいお爺様で隣国の元国王。
「二人の男性に愛される人生も悪くなかったわ」
パチっとウインクしてひいお婆様が私に言いました。
ひいお婆様は、リヒャルトのひいお爺様を選んで王妃だった事もありました。
「目立つと嫌なことも言われるから、守りたくないと思う人もいるのよ」
だから、離宮にこもって、ひっそりと父親のわからない女の子を産みました。
その女の子が、のちに伯爵家の嫡男と恋に落ちて私の祖母になりました。
祖父母の方が先に亡くなってしまいましたが……。
私はこっそり、それぞれのひいお爺様と一緒にいる、リヒャルトとシグルドを見ました。
まだ子供の二人が私を愛してくれることなんて想像できませんでした。
そして、私自身も前世が大人だったとしても、子供に戻っていることを自覚しました。
「誰かに愛して欲しいから、結界を守ってたのね」
奔放だったひいお婆様が笑って言いました。
結界を守って国を維持すること……。
それは世界とズレてしまった私たち——異世界からの転生者にしか出来ない仕事でした。
◇
『聖女様と私を呼ぶのは何故ですか!』
リヒャルトに聞きたいのに、私の王子様のシグルドが許してくれません。
強く抱きしめられて、私は身動きが取れないのです。
けれど、これは私を守るための籠でした。
シグルドは私を守ってくれます。
「エミリアを聖女と呼ぶなら、なぜ、捨てるような真似をする」
シグルドの冷笑がリヒャルトに向けられていました。
冷徹な声は、普段以上に冷たい怒りが潜んでいました。
リヒャルトは震えながら答えます。
「エミリア——聖女様のお力があまりに偉大で畏れ多かったのです。私が、近づいて触れていい方ではありません。せめて、次女と結婚して、遠くからでもお守りしようと思っていました」
リヒャルトがそんな風に私を思っていてくれたなんて思いませんでした。
嫌われてしまったと思っていました。
「白い結婚でも、エミリア! あなたを娶るべきでした。あまりにあなたを大切に思いすぎてしまった……!」
手に爪を食い込ませてリヒャルトは後悔しています。
「どうか、我が国にお戻りください、聖女様……エミリア……様……」
リヒャルトが深く頭を下げて、私に頼みます。
でも、私をあなたは『エミリア様』と呼ぶの?
「今さら遅い、エミリアは俺のものになったのだ」
私の持ち主のシグルドが答えます。
「あなたには聞いていない! エミリア様、あなたのお父上やお母上、姉上たちがいる国です。どうか、お救いください!」
リヒャルトの懇願に、答えたいけど私のシグルドの腕の守りが硬すぎました。
「シグルド、私はもうあなたのものです。私を本当に手に入れたと思うなら、私を信じてリヒャルトと話させて下さい」
シグルドが冷ややかに微笑みました。
ただ、どこか寂しそうでした。
「そうだな、おまえは俺のもので、二度と離れる理由が無かったな」
私はシグルドが私を愛してくれていることを確信して、向き直ります。
「リヒャルト、お父様やお母様、お姉様たちがいる国とおっしゃったけど、私はそれが嫌なんです。そんな国は救いたくありません」
リヒャルトは目を見開いて絶望の表情をします。
「俺が間違っていたのか……あなたは、家族を愛していると思った……」
「愛していました……でも、愛されなかった、それだけです……」
家族も国も……私は誰からも愛されなかったのです。
「……俺だけは……ずっと、あなたを愛していました。でも、あなたは国を守る聖女様だから……っ」
……リヒャルトが……。
パリーン……。
その瞬間に、遠く小さく見える国の結界が割れる音が聞こえました。
美しい魔力の流れが空に登っていくと、国は暗い空気に満たされていく。
自然と私から笑みが溢れていたのかもしれません。
「結界が崩壊したのか」
シグルドが国の上に魔力が昇る様子を見ています。
「そんな、こんなに早く……」
リヒャルトも魔力の流れを見ていました。
すぐに、魔物の群れが外壁に向かって行く様子も見えました。
リヒャルトは暗い顔でただその様子を見ていました。
「あなたが心配しているのは、セシールのことなのですか?」
絶望に沈むリヒャルトに私は聞きました。
「……いいえ……今、そんな人もいたことを思い出しました。あなたが守る国だから守りたかった……っ!」
リヒャルトの言葉は私を満たしてくれました。
「あなたも私と一緒にきてください、リヒャルト。あなたが、私を守る騎士になってくれたら、嬉しいわ」
「エミリア……」
シグルドが独占欲を覗かせて抗議しようとするけど、少し考えていました。
私を近くで守護させるにはリヒャルトは適任だと判断したようでした。
「はい、エミリア様、シグルド様、あなたたち二人に永遠の忠誠を誓います。なんなりとお申し付けください」
元王子様の騎士が私とシグルドにひざまづきました。
私はにっこりと笑って言いました。
「シグルドが私を傷つけるようなことがあったら、騎士様に助けて貰えるわね」
冗談で言ったのだけど、リヒャルトが笑顔になっていました。
そんなには笑えることを言ったのかしら?
「そんなことは絶対に起こらない。エミリアには、俺の国では一切の不安を感じることができない生活を送ることになるだろう」
シグルドが怒ったように言うけど、全然想像ができませんでした。
◇
——魔力切れで閉まらなくなった外壁の門に、魔物がなだれ込んでいきます。
微かな悲鳴が聞こえた気がします。
姉のセシールの声のような気がしました。
「行きましょう、エミリア様。足元がぬかるんでいるので気をつけてください」
王子様だったリヒャルトには、もう国への未練はないらしく、私のことだけを考えています。
リヒャルトもまた、役目だったから祖国の事を考えていただけの、冷徹な王子だったのかもしれません——。




