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「……戻るつもりはないけれど、少しだけ後悔しているんです、私」
シグルドの腕の中で私は話しました。
休憩のために座った草むらで、私はシグルドに抱きしめられていました。
シグルドは冷たいのに、私を包む腕は熱くて力強くて、逃げられないと思いました。
「結界が消えたのに、いつか結界が元に戻ると考えて、適切な防衛を新しく構築するのを怠ると、あっという間に城壁内に魔物が集まるって、教えてあげれば良かった……」
でも、引き止められたら嫌だから、教える事はできませんでしたね。
「それは、ひいお婆様——セラフィーヌ様から受け継いだ知識なのか……?」
シグルドはどこまで知っているのでしょう……。
「聖女様!」
誰かを探して国から人が出てきました。
「あ……リヒャルト様!」
次女セシールの婚約者の王子様のリヒャルトでした。
私が立ち上がろうとすると、私の王子様のシグルドが、私の手を引っ張って、私を再度胸の中に引き寄せます。
「俺の前で、違う男の名を呼ぶとはいい度胸だな、エミリア」
シグルドの声はゾッとするほどに暗い独占欲に満ちていました。
リヒャルトのことは、シグルドも知っているはずなのに。
リヒャルトが近づいてくるけれど、私はどうすることもできずに私のシグルドの腕の中に囚われていました。
「すみません、この辺で貴族の令嬢を見かけませんでしたか? 美しい長い黒髪の……」
王子様が腕の中にいる私に気づきました。
「聖女様!」
呼ばれたことのない呼び方です。
私は転生者で同じく転生者だったひいお婆様から、国を守る結界の加護を受け継いでいるから、聖女というのは間違いではないと思うけど、本当なら誰も知らないことのはずです。
でも、ひいお婆様を巡る二人の男性に連れられた二人の王子様なら、知っていてもおかしくはないのでしょう。
ひいお婆様は、ずっと昔に、二人の王子様に愛されていたのですから。
◇
——あれは、ずっと昔のお話です。
私がまだ三歳か四歳だった頃……もう既に私は家族から疎まれていました。
「不気味な子なのよ……」
私のお母様、伯爵夫人のエレノア・ヴァルモントが夫で私のお父様の伯爵のレオポルド・ヴァルモントに話していた。
私は前世の記憶を生まれながらに持っていたから言葉の意味が分かっていました。
そして、前世の記憶を持った私を不気味に思うのも無理はないと思っていました。
お腹が空いたりお尻が濡れたら赤ちゃんは泣いて不快を伝えるものだけど、前世が大人だった私には少し気恥ずかしかったのです。
伯爵家の三女でも使用人たちはよく私を見てくれて、無口な赤ちゃんとして、少し珍しがられたけれど可愛がってももらえました。
ただ一歳、二歳と歳を重ねるうちに無口なことと、何かを観察しているようなところが不気味に感じられるようになっていったのです。
本当に私はこの世界を観察していて、前世との違いに驚いていたのです。
話せる人も居ないのでただ黙って、前世と今世の世界の違いを観察し続けていました。
いつの間にか使用人たちから「不気味な赤ちゃん」と言われるようになって、「不気味なエミリア様」と言われるようになりました。
話をしたらしたで不気味さは変わらないと思うのだけれど……。
何か幼児らしいことを言えれば良かったのだけれど、前世では大人とばかり関わっていて、私は幼児の話し方なんて分からなかったのです。
今世で出会った幼児たちの真似をしてみても良かったけれど、人のいない時に練習してみて自分の演技力の無さに呆れてしまいました。
だから、もうずっと孤独なのだと理解していました。
前世でも孤独だったのだから、どうということはなかったのです。
孤独である理由がはっきりしているだけ、今世の方がマシだと思いました。
前世では、理由もなく、いつも私は孤独だったのです。
前世の事を思い出した時だけ、私の瞳からは涙が流れました。
「あなたは何を観察しているの?」
ひいお婆様と初めてお会いした日に、ひいお婆様は私に聞きました。
「もう、現れないんじゃないかと思っていたわ」
私を見てひいお婆様は微笑まれました。
「あなたは『たい焼き』を知ってるかしら?」
幼い私は目を見開いてうなずきました。
きっとそれは私がこの世界に生まれて初めて見せた子供らしい反応だったのかもしれません。
ひいお婆様もまた私と同じく、異世界からこの世界に転生された方だったのです。
そして、次の生贄を待っていた——。




