65・これからのこと
王立学院、3年生の夏休みの課題は自由レポート。
自由というのは難しい課題だけれど、何故内容を一切指定しなかったのかはすぐに気が付いた。
今年で学院生活も終わりだ。それ即ち、就職活動の必要があると言う事だ。
貴族科にはほぼ就職活動など不必要だろうが、役人科や使用人科は今から目ぼしい職場に面接に行ったり、ツテやコネを繋ごうとしたり、やる事は多い。
学者科は……本番は秋の学院祭の発表会になるだろう。それはそれで、今から準備に大わらわの筈。
あたしやメルル、サンセさん、レオンもポーラ様も、その辺りで大忙しになる事は無い。
その辺りが必須なのは、あたし達の中では、ただ一人。
「面接に、行って来る事になりました」
夏休み直前の、あるお昼休み。エルミン君は緊張感たっぷりの顔で、そう切り出した。
例の事件以後、たっぷりの反省文に学院外への外出禁止を言い渡されたあたしとメルルとレオンだったが、とりあえずその謹慎期間も明けた所だ。
いや、外出禁止って言っても普段の食事の買い物とかあるから、あたしは外に出てたけど。先生の付き添い有で。
その際のリシッツァ先生との世間話のおかげであたしの料理の興味を抱かれてしまい、簡単なおつまみなど付き合っていただいたお礼に出してみたら、酒が進んで夜のリシッツァ先生のポンコツ度が少々上がったのは、完全なる余談である。
美味しいよね。もろきゅう。
「そうか。王都内か外か程度なら、聞いても良いか?」
「外です。少し距離があるので、この夏休み中は殆ど留守になるかと……」
「ということは、レポートはあたしとは別にした方が良さそうね」
「すみません、一緒にって考えていたのに」
「いいのよ。エルミン君のより良い就職の方が大事だもの」
エルミン君は、確実にどこかの貴族のお屋敷の使用人志望だ。最初に聞いたその進路から変わってはいないだろう。
それをどこそこに行くなどとは少々聞きづらい。受かるとも決まってないし。
王都出身のエルミン君が王都内で職を探さず、一発目からそんなに遠い地方の貴族の元へ面接に行くというのは、ちょっと意外だけど……
……あ、いや。意外でもないな。
「じゃ、マリヤは今年もわたし達と一緒にレポートする? ね、サンセさん」
「あっ、えっと、あの、それが、……わ、私も今年は、ちょっと、実家に、呼ばれまして」
ですよねー。
確実に解ってる体で聞いてるよねメルル。サンセさんの答えに、そうなのとにこにこで返している。
無論、全く気付かぬポーラ様でもレオンでもなく、やはりにこにこと二人を見守ってなどいる。あたしもだ。
そっかそっかー、ご挨拶に行くのかー。
その面接、結局どの面接になるのかだけは、とーっても気になるんだけどなあ。使用人から始めるの? それとも婚約とかに行っちゃうの?
なかなかお付き合い報告をしてくれないんだよね、この子達は。
二人とも、特にサンセさんはド級の恥ずかしがりやだから、照れちゃって言い出せないのかもしれないけど。この夏休みが終わる頃には、打ち明けて貰えるのかしら?
してくれないと、卒業の時にサプライズパーティなどしてしまうぞー。
黙ったまま卒業なんて水臭い。というか、二人でアイルリーデ領に帰るなら、うちとはお隣さんであり親交深い良き取引相手でもある。
交流は続くよ! なので先に言っといた方がいいぞ!
「じゃあ、今年はわたしとマリヤ、一緒にレポートしましょう」
「ええ、そうね」
「あ、あの……わたくしもご一緒しては、お邪魔かしら」
「そんな事ないわ、ポーラ様!」
「待て、俺をはぶくな」
寂しがりやさん達め。
あたしとメルルは学院を卒業した後の帰る場所も同じだし、同じテーマのレポートを作成した所で問題ないだろう。
そこにポーラ様が入ってくるのも驚くことじゃないし、そうなるとぼっちになる危機にレオンも入ってくる。
これなら、どちらかのみ参加してまた周囲のヘイトが上がる事も無……、その辺は今更か。最近すっかりなりを潜めたしなあ、その辺の輩。
「そういえばレオン様」
「なんだ? メルル殿」
「最近色んな事があってすっかり忘れていたのですけれど。結局、学院生活中にどなたかをお見初めされないのかしら、って」
うわあ。それメルルが言うんだ。
これがもじもじと思い人の胸中を探る様子なら、甘酸っぱイベントの開始なんだけど、全く思う所のない声色なんだこれが。
案の定、カチリと固まるレオン。あらあら、と少々心配げに見守るポーラ様。……そういえばポーラ様ってレオンがメルルに矢印出してるの知ってるのかな。たぶん察しては居そう。
あわあわしているサンセさんとエルミン君がどうかは解らないが。まあ、君たちは君たちでより良くまとまって下さい。
「お友達として、あんまりレオン様ご本人を見ていらっしゃらない、きゃあきゃあと騒ぐような女性を選んで欲しくないと思うのだけれど、あくまでも個人のお好みの話だし」
「そ、そうだな」
「わたし、レオン様にはもっと隣で凛として立てる、芯の強い女性が似合うと思うの!」
あっコレ、ユトゥスさん推しの構えだ。
やめてあげてメルル、流石にちょっとレオンが不憫!
先日のいざこざの時だって、レオンが王太子の身で軽率な事したのは、あたしが心配だった以上にメルルが行くって聞かなかった、守りたかったんだろうし!
……と、口をはさむ事でもないのよねえ。
なんとなくレオンから助けを求める視線を向けられている気がするけれど、どうしろと言うのか。
あと、あたし個人としても今目に見えてる選択肢の中では、レオンがユトゥスさんと纏まってくれた方が、一番混線なくて済む。
あ、いやどうだろう、するのかな。ユトゥスさんとオルミガさんの関係ってどうなんだろう。
人間関係ってめんどくさいなー! 特に恋愛絡むと!!
「あー……確かに方々から聞かれているが、今のところはまだ相手を決定するつもりはないんだ」
「え、そうなんですか。大丈夫なの?」
「というのも、……ここから先は他言無用で頼むぞ」
「ん? 了解」
「解ったわ」
「はい」
「ええ」
「この学院を卒業した後、俺は暫し王宮から離れる事になっている」
はい?
レオンの言葉に、あたしもメルルもポーラ様も、サンセさんもエルミン君も首をかくんと傾げた。
彼はこの国で唯一の王子様、王位継承権第一位の王太子だ。
勿論第二位以下も居るが、現王の唯一の実子で健康で優秀で性格も優良、更に建国王と同じ白い毛並みを持ち、稀有な古い妖精との契約も持つ、そんなレオンを前にどうやったら対抗馬になれるのかというレベルである。
そんなレオンなのだから、学院を卒業したらそのまま王位を継ぐための実績として、色んな公務に携わるようになるのだろうと思っていたが……
「何処に行くかは聞いて良い? まさか、また家出じゃないでしょう」
「当然だ。……が、何処に行くかは未定だな」
「はい?」
「お爺様がな。何年か、修業の旅に出て来いと」
「お爺様って、前王様?」
「ああ。民の生きる姿、何を思い、何に悩み、何を望んで暮らしているのか。しっかりと知らずして王にはさせんと、父上を説得したそうだ」
ご老公様の諸国漫遊ならなんとなく理解できちゃうけど、次代を担う跡継ぎにまでさせるのか……
ちょっと予想外だったけど、あの老ライオンさんならやっても不思議じゃない感がするなあ。
「そういう訳で、俺はまだまだ修行が続く身だ。その状態で婚約などと、放置される令嬢が気の毒だろう」
「その理由を知って尚、放置だと思って拗ねるご令嬢とは、付き合って頂きたくないわね!」
「あの、それってまさか、レオン様お一人で行かれる……訳はない、ですよね?」
「ああ。俺一人だとあっという間に行き倒れるだろうからな。確か、一人か二人、騎士団で決めた護衛が付くはずだ」
「それは仕方ないというか、当然よね」
お忍びの全国漫遊と言っても、レオン一人じゃね。普通に危ないわよね、世の中やばい人も居るし。万一があったら目も当てられない。
多少の窮屈はあるかもしれないが、王宮に居るよりは遥かに自由に居られる時間がありそうね。
おめでとうレオン。ある意味、子供の頃の夢が叶ったじゃないか。
「と言う事は、来年のうちの収穫祭に遊びに来たりするかもしれないのね」
「ああ、それは少なくとも一度は行くな! カルネイロ領の収穫祭は王都でも有名だから、一度大手を振って行って見たかった」
「まあ、遊び気分で行かれるのかしら。レオン様ったら」
「い、いや、あくまでも修行であり見聞を広めるためだぞ! 国で有数の祭りがどのように開催、維持されているかや、どのようなヒトが内外から訪れるのかを……」
「ふふ、冗談ですわ。多角的な目をお持ちの王ならば、わたくし共も喜ばしい事。お帰りをお待ちしております」
にこにことポーラ様は笑う。
……ああそうか。公爵家令嬢であるポーラ様は、それこそレオンのように旅なんて出来ない。
決して楽しいばかりの旅行などではないが、羨ましく思わない筈がない。
それすらも、彼女は誇り高く飲み込むのだろうけれど。
「ポーラ様!」
「メルルさん?」
「ポーラ様が来られないなら、何度だってわたしが遊びに行くわ! 手紙だって書くわ、学院を卒業したって、大事な大事なお友達よ!」
「わっ、私も、お手紙、書きますし、季節の紅茶だって、贈らせて頂きたい、ですっ。……あの、ご、ご迷惑で、無ければ……」
メルルはポーラ様の手に自分の手……蹄……を重ねて真正面から力説するし、サンセさんも彼女なりに頑張って声を上げる。
少女達の友情は、この学院限りで終わるものではない。勿論、公爵家令嬢のコネを離すまいと言う打算でもない。
これは、相手を想う確かな感情であると思う。それは彼女にも伝わった筈。
余所行きの綺麗な笑顔だったポーラ様が、ふわりと柔らかな笑みになったのだから。
「友情って良いわね、レオン」
「ああ」
「勿論、あたしも貴方を歓迎するわよ。暫く旅をするなら、ちょっと手紙は難しそうだけれど」
「そうでもないぞ。王家の連絡用の鳥は匂いで主と行き先を覚えるからな」
あ、昔文通に使ってた鳥さんか。
あの子は確かに賢そうだった。それにしたって、匂いで何処にいるか分からない旅中のレオンだって探し出せるのか。凄いな。
「その頃にはエルミンの就職先も決まっているだろうから、教えてくれよ。お前にだって会いに行きたい」
「ふぇっ、あっ、……は、早めに決まるように、努力します……!」
「あたしにも教えてね? もし近場だったら、もしかしたら頻繁に会う事も出来るかもしれないじゃない」
「そ、そうですね、もし、もしもそうなら、是非……!」
どもりすぎなんだよなあ。
例によって顔色が解らないけど、きっと赤くなってる気がする。
今この場で言ったっていいのにー。親御さんへの挨拶の方が大事なのはわかるけどー。それとももしかして、まだ付き合ってないんだろうか。
無責任なお付き合いは出来ません! って、両想いなのにまだ恋人関係としては成立してないのかかしら。ありそう、真面目なエルミン君なら。
どうなるのかなー。エルミン君のお婿入り。
……あれっ、その場合って仕送りとかはどうなるんだろう。結婚とかで家族関係になるから、援助とかになるんだろうか。
あー、その辺も邪推されないように、真摯なご挨拶が求められるんだろうな。
そりゃあ緊張もするわ。頑張れエルミン君。
「まあ、その前に無事卒業しなきゃなんだけどね……」
「そうね……」
「そうだな……」
未来を夢見る前に、今をなんとかしなければならない、世知辛い学生の身よ。
いや、別にあたし達全員、卒業が危ぶまれるような成績ではない。
ただちょっと、先日のゴタゴタのおかげで謹慎を食らったあたしとメルルとレオンの三人、本気で反省しているだけである。
あと、次こそ本気で卒業に響くので、もうなんも起こらないで欲しいと言う気持ち。
「お前達は、大丈夫だったのか?」
「手紙でお父様に怒られたわ……勇気も思いやりも立派だけれど、大人や周囲を信じる事を覚えなさい、って」
「以下同文」
次期領主とその補佐が、学院で謹慎処分食らったとか、結構なスキャンダルだよね……
まあ、お説教手紙は貰ったけど、その真意は無事でよかった、であるのはひしひしと伝わってくる文面であったので、メルルが後継ぎになる事に問題はまだ無いのだろう。
軽率な真似をしただけで、犯罪に手を染めた訳じゃないから、その、多少大目に見て欲しいところ。
「レオンは?」
「俺は直接の説教だったな。が、その途中でお爺様が珍しくいらしたんだ。物わかりの良い子供になってしまったかと思ったが、やんちゃで大いに結構と笑われて……」
「あ、それで修行の旅の話になったの?」
「ああ」
やんちゃなのは、むしろ前王様の方では。
いや、そういう意味ではやっぱり孫の成長にニッコニコなのかもしれない。子供よりも孫は手放しで可愛がれると言うもんなあ。
そして、旅に連れて行くではなく、旅に出て来いって放り出す辺りがなんとも言えないぞ。
……あ、コレまさか、王都のご令嬢から距離を置かせて、文化祭の時の計画を実行せんとする流れじゃないだろうな。
余計な事を思い出したが、まあとりあえずメルルの方に相変わらず驚くほど気が無いので、そこは頑張るなら正攻法で頑張ってくれって事にしておこう。
実際、その件は誰を応援してる訳でもないし。
「平和な夏休みと、平和な文化祭になるといいわね」
「本当にな」
「本当にね」
「本当ですよ」
もうサスペンスでバイオレンスなイベントはお腹いっぱいである。
すごいな、学生生活にはイベント盛りだくさんだ。
……いや、あたしの場合、もう生まれた瞬間? ここに来た瞬間からサスペンスなイベント盛り沢山であったが。
平和に生きている自覚もあるんだけどな。なんでだろうな。
たまに起こる何かがトンデモな事ばかりなだけか……
本当に! この後は! あと半年! 何もありませんように!!




