第3話 入学式
「時間だ、行くぞ」
レイナの言葉に促され、カナデは慌てて席を立った。
「行くって……どこへ?」
「決まっているだろう」
レイナは呆れたようにため息を吐く。
「入学式だ」
「あ……」
そうだった。
Eクラスの衝撃が強すぎて忘れていたが、今日はまだ入学初日だ。
カナデは慌て霧島先生の後を追った。
アストレア魔法学園中央講堂。
新入生から五年生まで、全校生徒が集まる巨大な施設だ。
講堂へ足を踏み入れた瞬間、カナデは思わず声を漏らした。
「うわ……」
広い。
そして人が多い。
友人同士で談笑する者。
久しぶりの再会を喜ぶ者。
講堂全体が賑やかな空気に包まれていた。
「ぼさっとするな」
「はい!」
レイナに睨まれ、慌てて席へ向かう。
だが途中で違和感に気付いた。
Sクラス。
Aクラス。
Bクラス。
Cクラス。
Dクラス。
どこを見てもEクラスの席がない。
「レイナ先生」
「なんだ」
「Eクラスの席は?」
「ない」
「ない!?」
「お前しかいないからな」
当然のように言われた。
「じゃあ俺どこに座れば」
「好きにしろ」
「雑すぎません!?」
結局、一番後ろの空いている席へ腰を下ろした。
改めて周囲を見渡す。
どのクラスも仲間と話している。
自分だけが一人だった。
(本当にぼっちなんだな……)
少しだけ落ち込みかけた時だった。
講堂がざわつき始める。
「来たぞ」
「勇者直系だ」
空気が変わった。
講堂入口から数人の生徒が入ってくる。
青髪の少女。
緑髪の少年。
大柄な男子生徒。
金髪の少女。
黒髪の少女。
そして銀髪の双子。
全員が圧倒的な存在感を放っていた。
「あれが……」
勇者直系。
数百年前に魔王を討った七人の勇者たちの血を最も濃く受け継ぐ者たち。
学園全体で各属性一人しか存在しない特別な存在。
雷鳴だけはシオンとライカの双子で一つだった。
彼らが最前列へ向かう。
しかし。
「……?」
カナデは首を傾げた。
勇者直系の席は全部で八席。
だが一つだけ空いている。
そこだけがぽっかりと空席だった。
(欠席か?)
そんな疑問が頭をよぎった。
勇者直系でも休むことはあるのだろうか。
そんなことを考えているうちに、入学式が始まった。
「それでは新入生代表挨拶」
司会の声が講堂に響く。
「Sクラス所属」
「雷鳴の勇者直系」
「神代シオン」
大きなどよめきが起きた。
やはり今年の代表は雷鳴か。
そんな声が聞こえてくる。
シオンは静かに立ち上がった。
堂々とした足取りで壇上へ向かう。
緊張した様子は一切ない。
マイクの前へ立つと、真っ直ぐ前を見据えた。
「新入生代表、神代シオンです」
凛とした声が講堂へ響く。
「私たちは勇者の末裔として、この学園で多くを学びます」
「そして仲間と共に成長し、この世界を守る力を身につけることをここに誓います」
短い挨拶だった。
だが、その言葉には強い意志が込められていた。
講堂が拍手に包まれる。
カナデも思わず拍手を送った。
(かっこいいな……)
自然とそんな感想が浮かんでいた。
「続いて在校生代表挨拶」
司会の声が響く。
すると前列の勇者直系たちの中から、一人の少女が立ち上がった。
長い青髪。
知的な雰囲気。
どこか大人びた印象を受ける少女だった。
彼女は壇上へ上がり、マイクの前へ立つ。
そして。
「えー」
一拍置いて口を開いた。
「アホほど遅刻しております爆炎バカに代わりまして、ご挨拶いたします」
一瞬の沈黙。
そして講堂中からため息が漏れた。
「またか……」
「通常運転だな」
「今年もやったのか」
カナデだけが状況を理解できていない。
だが次の瞬間。
(ああ……)
勇者直系の席を思い出す。
(だから一つ席が空いていたのか)
納得してしまった。
少女は何事もなかったかのように続ける。
「改めまして」
「海流の勇者直系」
「水瀬ミナトです」
会場の空気が少し引き締まる。
彼女もまた勇者直系。
学園最強クラスの実力者だ。
ミナトは軽く一礼した。
「新入生の皆さん、入学おめでとうございます」
先ほどとは打って変わって真面目な口調だった。
「この学園には強い者もいます」
「弱い者もいます」
「才能のある者もいれば、そうでない者もいます」
カナデは少しだけ胸が痛んだ。
だがミナトは続ける。
「ですが、この学園で本当に大切なのは力ではありません」
「誰と歩むかです」
講堂が静まり返る。
「仲間を信じ、支え合うこと」
「それこそがアストレア魔法学園の理念です」
大きな拍手が講堂を包んだ。
しばらくして会場が静まり返った。
壇上へ小柄な少女が現れたからだ。
金髪。
幼い容姿。
どう見ても十歳前後。
だが誰一人笑わない。
むしろ全員が背筋を伸ばした。
アストレア魔法学園学園長。
かつて幻影の勇者と呼ばれた伝説の存在。
「新入生諸君」
少女が口を開く。
その瞬間、講堂全体に声が響いた。
「入学おめでとう」
落ち着いた声だった。
だが不思議と耳に残る。
「諸君らは勇者の末裔であり、この世界の未来を担う者たちじゃ」
会場が静まり返る。
「じゃが忘れるな」
学園長の瞳が細まった。
「紋様があるから優れているわけではない」
「強いから偉いわけでもない」
誰も口を開かない。
「力とは誰かのために使ってこそ意味がある」
その言葉だけは妙に胸に残った。
その時だった。
学園長の視線が一瞬だけこちらへ向く。
「……?」
気のせいかと思った。
だが学園長は微かに笑った気がした。
入学式が終わる。
生徒たちは次々と立ち上がり、それぞれの教室へ戻っていく。
カナデも席を立った。
その時。
「結賀カナデ」
不意に名前を呼ばれる。
「え?」
振り返る。
そこには銀髪の少女が立っていた。
シオン。
雷鳴の継承者。
学園最強候補の一人。
「また会ったな」
「えっと……うん」
緊張する。
近くで見るとやはり綺麗だった。
だがそれ以上に圧がある。
「昨日の話だが」
シオンは真っ直ぐこちらを見る。
「やっぱり気になる」
「何が?」
「お前だ」
「俺?」
「ああ」
シオンは迷いなく言った。
「私の雷は、あの時確かに強くなった」
カナデは困ったように頭を掻く。
「だから何もしてないって」
「なら確かめればいい」
「え?」
その時。
「お姉ちゃーん!」
元気な声が響いた。
ライカだった。
彼女はカナデを見るなり目を丸くする。
「あっ!輪っかの人!」
「輪っかの人って……」
地味に傷つく。
「お姉ちゃん、この人なの?」
「ああ」
「へぇ~」
ライカは興味津々でカナデを見る。
まるで珍しい生き物を見るような目だった。
(なんか扱いひどくない!?)
心の中で叫ぶ。
だがそのやり取りを見ていたシオンは、なぜか少しだけ笑っていた。
それが、カナデと雷鳴の姉妹との本当の出会いだった。
そしてまだ誰も知らない。
この出会いが、やがて勇者直系全員を巻き込む大きな物語の始まりになることを。




