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第2話 孤立した教室

 入学式当日。


アストレア魔法学園は朝から賑わっていた。

新しい制服に身を包んだ生徒たちが、それぞれのクラスへ向かって歩いている。

笑い声。

談笑。

期待と不安が入り混じった空気。

そんな中、結賀カナデは一人、手元の紙を見つめていた。


『Eクラス』


そこに記された文字を見て、小さくため息を吐く。


「……まあ、分かってたけどさ」


属性測定で無反応。

周囲からは無属性と笑われた。

最底辺クラスになるのも当然だろう。

そう自分に言い聞かせながら歩き出す。

だが校舎へ向かう途中、嫌でも目に入る光景があった。


『Sクラス』


学園の中でも最上位の生徒たちが集められる特別クラス。

教室前には既に人だかりができていた。


「雷鳴の双子だ!」


「やっぱりすごいな……」


「勇者直系だもんな」


歓声が上がる。

その中心にいたのは、銀髪の双子だった。

シオンとライカ。

雷鳴の紋様を受け継ぐ勇者直系の姉妹。


()()()()


それは数百年前、魔王を討った七人の勇者たちの血を最も濃く受け継ぐ者たちを指す。

勇者の末裔は数多く存在する。

だが、その中でも進化属性を発現できる者はごくわずか。


爆炎、海流、疾風、剛地、閃光、幻影、雷鳴。


勇者と同じ進化属性を受け継いだ者だけが、勇者直系と呼ばれる。

つまりシオンとライカは、生まれながらにして学園最強候補なのだ。


そして今年。

雷鳴の継承者である二人が入学したことで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それがどれほど特別なことなのか、この時のカナデはまだ知らない。


「すごいよなぁ」


「卒業までに一度くらい話してみたい」


「無理だろ」


周囲の会話を聞きながら、カナデは苦笑する。


(やっぱり別世界の人たちだよな)


その時だった。

ふと、シオンがこちらを見た。

一瞬だけ目が合う。

だが彼女は何も言わない。

カナデも軽く会釈をすると、その場を離れた。

昨日話しかけられた理由は分からない。

結局、その後は周囲に囲まれてしまい話はできなかった。

だから今は忘れることにした。


自分と彼女たちは住む世界が違う。

そう思っていた。


――この時までは。


「……え?」


カナデは目の前の建物を見上げた。

古い。

とにかく古い。

本校舎から少し離れた場所に建てられた小さな校舎だった。

壁にはひびが入り、窓枠も色褪せている。


「本当にここなのか……?」


案内図を確認する。

間違いない。

Eクラス校舎。

そう書かれていた。

嫌な予感がしながらも扉を開く。


ギィィ……。


古びた音が響いた。

そして教室へ入った瞬間。


「…………」


カナデは固まった。

誰もいない。

机が一つ。

椅子が一つ。

それだけだった。


「……は?」


思わず声が漏れる。

教室を見渡す。

誰もいない。

もう一度見る。

やっぱり誰もいない。


「……俺だけ?」


「そのまさかだ」


後ろから低い声が響いた。


「うわっ!?」


慌てて振り返る。

そこに立っていたのは、一人の女性だった。

長い黒髪。

鋭い眼差し。

入学試験で属性測定を担当していた教師。


「き、霧島先生……」


「霧島レイナだ」


レイナは教卓へ向かう。


「今日からお前の担任を務める」


「担任……?」


「何か問題でもあるか?」


「いや、その……」


カナデは教室を指差した。


「俺しかいないんですけど」


「そうだな」


「そうだなじゃなくて!」


思わず声が大きくなる。

しかしレイナは平然としていた。


「Eクラス所属はお前一人だ」


「なんで!?」


「学園がそう判断したからだ」


「理由になってませんよね!?」


レイナは小さく息を吐いた。


「簡単な話だ」


そして真っ直ぐカナデを見る。


「お前は測定不能だった」


「……」


「どの属性にも分類できない」


「……はい」


「だから既存のクラスに入れられなかった」


あまりにも理不尽だった。


「つまり俺、厄介払いされたんですか?」


「そう受け取るのは自由だ」


「否定してくださいよ……」


頭を抱える。

せっかく入学できたと思ったら、一人クラス。

友達ができる未来がまったく見えない。


「まあ安心しろ」


レイナが言う。


「授業は私が見る」


「安心できる要素あります?」


「ないな」


「即答!?」


その瞬間。

レイナの口元がほんの少しだけ緩んだ気がした。


(あれ……)


(意外と怖い人じゃないのか?)


そんなことを考えた直後だった。


「それと」


レイナの声が低くなる。


空気が変わった。


「一つ聞きたいことがある」


「え?」


「昨日の属性測定だ」


鋭い視線が突き刺さる。


「お前、何をした?」


「何をしたって言われても……」


「自覚はないか」


「ないです」


レイナはしばらく黙り込む。

そして窓の外へ視線を向けた。


「そうか」


それだけだった。

だがその表情は何かを考えているように見える。


(シオンさんにも同じように聞かれたけど、俺はあの時何かしたのか?)


しばらくして。


「今日は以上だ」


「え?」


「自己紹介も終わった」


「終わってませんよね?」


「私は終わった」


「そんな横暴あります?」


レイナは無視した。


本当に無視した。

そのまま教室を出ていこうとする。


「ま、待ってください!」


カナデは慌てて呼び止める。

レイナが振り返った。

カナデは少し迷いながら口を開く。


「俺、本当に無属性なんですか?」


ずっと気になっていた。

小さい頃から。

輪の紋様。

反応しない水晶。

誰とも違う力。

レイナは少しだけ目を細める。


そして――。


「少なくとも」


一拍置いて言った。


()()()()()()()()()()()


その言葉にカナデの目が見開かれる。

レイナはそれ以上何も言わなかった。

静かに教室を後にする。


一人残されたカナデは、しばらくその場から動けなかった。


無属性じゃない。

その一言だけが頭の中で何度も反響する。

窓の外では、Sクラスへ向かう生徒たちの笑い声が聞こえていた。

だがこの教室には、自分しかいない。

広い教室に、一人。

それが今の自分の現実だった。

カナデは静かに右手を見つめる。

そこに刻まれた輪の紋様。


「……お前、一体何なんだよ」


答える者はいない。

だがその紋様は、まるで何かを待つかのように静かにそこに在り続けていた。


――コンコン。


教室の扉が叩かれる。


「時間だ、行くぞ」


いつの間に戻ってきたのか、霧島先生が扉の前に立っていた。


「行くって……どこへ?」


「決まっている」


レイナは当然のように言った。


「入学式だ」


「……あ」


そうだった。

今日はまだ始まったばかりだ。

勇者直系が集う学園。

一人だけのEクラス。

そして、自分だけが持つ謎の紋様。

何も分からないまま――

結賀カナデの学園生活が、今始まる。

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