第1話 勇者の末裔たち
この世界には、七つの属性が存在する。
火、水、風、土、光、影、雷。
人は生まれながらにいずれかの属性を宿し、その力を紋様として身体に刻まれる。
だが、その中でも極めて稀に――“進化属性”と呼ばれる力を宿す者が現れる。
爆炎。海流。疾風。剛地。閃光。幻影。雷鳴。
それらは数百年前、魔族の王を討ち果たした七人の勇者たちの系譜。
勇者の血を色濃く継ぐ者だけに現れる、特別な力。
そして、その勇者の末裔たちを育てる場所こそ――
アストレア魔法学園。
この学園に入学するには、一つだけ絶対条件があった。
勇者の紋様を持つこと。
紋様を持たぬ者に、受験資格は与えられない。
だからこそ――
今この学園では、入学試験の一環であるの魔力測定が行われていた。この魔力測定は自身がどの属性なのか、魔法への適正を調べ、クラス分けを行うことを目的に実施される。そんな魔力測定の中、嫌な目立ち方をする1人の少年がいた。
「……なんだ、あの紋様?」
入学試験会場の一角で、ざわめきが起きていた。
視線の先にいるのは、一人の少年。
黒髪に、どこか頼りなさそうな雰囲気をした少年だった。
結賀カナデ。
彼の右手の甲には、小さな紋様が刻まれていた。
――その紋様は輪の紋様。
炎でもない。
稲妻でもない。
波でもない。
見たこともない、丸い紋様が一つあるだけだった。
「本当に勇者の紋様か?」「ただの落書きじゃね?」「いや、でも紋様があるなら受験資格はあるんだろ?」
周囲の受験生たちがひそひそと囁く。
カナデは居心地悪そうに視線を逸らした。
(わかっちゃいたけど、嫌だな。この感覚)
小さい頃からそうだった。
誰の紋様とも違う。
何の属性かも分からない。
だからカナデ自身、自分の属性が何なのか知らない。
「次、前へ」
低く鋭い声が響く。
受験生たちが一斉に姿勢を正した。
試験監。
黒髪を後ろで束ねた長身の女性教師で、その鋭い目つきだけで周囲を黙らせる威圧感があった。
「属性測定を開始する。順番に水晶へ触れろ」
巨大な水晶が会場中央に置かれている。
受験生が一人前に出る。
手を触れた瞬間、水晶が赤く輝いた。
「火属性」
次。
「水属性」
次。
「風属性」
淡々と測定が進んでいく。
しかし、ある二人が前に出た瞬間、空気が変わった。
銀髪の双子。
涼しげな目元をした少女とどこか勝気そうな雰囲気の少女。
二人が同時に水晶へ触れる。
その瞬間――
バチィッ!!
轟音と共に雷光が弾けた。
会場が白く染まる。
「――雷鳴」
どよめきが広がった。
「雷鳴だ……!」「あれってライカ様とシオン様でしょ!」「やっぱ本物は違うな…」
雷鳴。
雷属性の進化属性。
圧倒的な速度と破壊力を誇る、最強クラスの属性。
シオンは周囲の反応を気にも留めず、水晶から手を離した。
その時だった。
(……?)
シオンが僅かに眉を寄せる。
今、一瞬だけ。
自分たちの雷が“増幅”した気がしたのだ。
(気のせい?)
ほんの僅かに。
だが確かに。
シオンの視線が会場を流れ――一人の少年で止まる。
(……あの人?)
一方、レイナもまた小さく目を細めていた。
(今の出力……いつもより高かったような)
だが原因が分からない。
そうこうしているうちに自分の番が来てしまった。
「次。結賀カナデ」
ざわめきが起きた。
「例の輪っかのやつか」「無属性じゃね?」
カナデは緊張しながら水晶の前へ立つ。
「手を触れろ」
「……はい」
そっと水晶へ触れる。
だが――
何も起きない。
光らない。
反応しない。
会場が静まり返った。
「……は?」「反応なし?」「そんなことあるのか?」
試験管の目が細まる。
「もう一度だ」
カナデは再び手を触れる。
しかし結果は同じ。
無反応。
普通ならあり得ない。
属性を持つ者なら、必ず反応するはずなのだから。
だが試験管は気づいていた。
水晶は反応していない。
だが、周囲の魔力の流れだけが微かに揺れている。
(こいつ、自分の魔力を出していない……?)
(いや、違う)
(周囲に干渉しているのか?)
その時。
「ほう……」
誰にも聞こえないほど小さな声が、観客席上部から漏れた。
そこにいたのは、小柄な少女。
金髪の少女が、頬杖をつきながら試験を眺めていた。
アストレア魔法学園学園長。
かつて“幻影の勇者”と呼ばれた存在。
彼女は静かにカナデの手の甲を見る。
そこに刻まれた、輪の紋様。
「……懐かしいのう」
「まだ、残っておったか」
誰にも聞こえない声だった。
試験終了後。
結果が張り出され、受験生たちが集まっていた。
「Sクラス確定は雷鳴か」「やっぱ勇者直系は別格だな」
そんな中、一つだけ異質な名前があった。
『Eクラス』
その欄に記された名前。
結賀カナデ。
「あいつ受かったのか?」「やっぱ最底辺か」「無属性だし当然だろ」
周囲の笑い声を聞きながら、カナデは小さく息を吐いた。
(……まあ、そうなるよな)
その時だった。
「あなた」
声をかけられ、顔を上げる。
そこに立っていたのは、雷鳴の女の子――シオンだった。
「……え?」
「さっきの測定」
シオンは真っ直ぐカナデを見る。
「あなた、何をしたの?」
「……は?」
意味が分からず、僕は目を瞬かせた。
だがこの少女は何かを確認しているかのように尋ねてきた。
あの瞬間。
私たちの雷は、確かに強くなっていた。
そしてその裏側で――
学園長室。
「学園長、あの生徒は何者ですか」
試験監、霧島レイナが静かに問いかける。
ソファに座る少女――学園長は、どこか懐かしそうに目を細めた。
「昔の仲間に似ておっての」
「仲間……?」
「百年前、勇者たちを支え続けた者じゃ」
学園長はゆっくり立ち上がる。
「歴史には残っておらんよ」
「――あやつ自身が、拒んだからのう」
「じゃが――」
その小さな口元が、静かに笑った。
「勇者たちは皆、口を揃えてこう言った」
『彼こそが、本当の勇者だった』
レイナの目がわずかに見開かれる。
学園長は窓の外を見る。
Eクラスの校舎へ向かう、一人の少年の背中を。
「さて……」
「面白くなりそうじゃのう」




