8.ルシアの身体能力
「じゃあ、木に手を当てて魔力を合わせてみて」
「……はい」
ティアリスが木に手を当てると、その上から自分の手を重ねる。ピクリとティアリスの手が反応したように思えたが、気にするほどでもない。
すると、ティアリスの魔力がゆっくりと現れていくのが分かる。その魔力が魔木と合うか、自分の魔力で探っていく。
魔力は自然と木に浸透していき、まるで抵抗なく蠢いているように感じる。これは、良い杖になりそうだ。
「うん、この木もティアリスに合いそう。杖の材料に打ってつけだと思う」
「本当ですか? ……良かった」
私の言葉にティアリスはホッと胸を撫でおろす。これでティアリスに合う魔木は三本目だ。これだけ見つかれば、きっと良い杖も見つかると思う。
「じゃあ、ちょっと登って枝を切ってくるね」
「気を付けてくださいね」
道具を腰にぶら下げると、木に足をかける。手も木に添えて力を籠めると、するすると登っていく。そして、あっという間に目的の枝の前にたどり着いた。
「じゃあ、枝を切るから離れてて」
「分かりました」
枝を挟みこむように座ると、ノコギリを枝に当てて切っていく。少しずつ切れていく枝。力を入れて切っていくと、枝が地面に向かって落ちた。
「これで完了――」
と、思った時だ。離れたところから狼の声が聞こえてきた。バッと顔を上げてみると、こちらに向かって三頭の狼の魔物が走ってくるのが見えた。
「ティアリス、魔物だよ!」
私はすぐに枝から飛び降りた。五メートルからの着地を決め、すぐに腰にぶら下げた剣を抜き去る。
「木の裏に隠れていて!」
「は、はい……」
ティアリスを木の陰に隠すと、守るように前に出る。全速力で駆けてきた狼たち。止まることなく、私に向かって飛び掛かってくる。
先頭の一頭が牙を剥き、一直線に飛びかかってくる。私は一歩だけ前へ踏み出した。
「――ふっ」
振り下ろされた前脚を紙一重で躱し、その勢いを利用するように剣を斜めへ走らせる。
シュッ――。
銀色の軌跡が一閃し、狼の首元を浅く切り裂いた。致命傷ではない。しかし、体勢を大きく崩した狼は地面へ転がる。
そこへ間髪入れず、柄頭でこめかみを打ち抜く。ゴッ、と鈍い音が響き、一頭目はそのまま動かなくなった。
だが、残る二頭は怯まない。左右から挟み込むように飛び込んでくる。
「同時、だね」
冷静に二頭の動きを見極める。右の狼が僅かに速い。
私は体を半身にすると、右から迫る牙を避けながら剣を横へ払った。ギィン――ではなく、肉を裂く軽い音。前脚の腱を断たれた狼は着地に失敗し、そのまま地面へ転げ落ちる。
その瞬間にはもう視線は最後の一頭へ。飛びかかってきた狼は、大きく口を開けて私の喉元を狙っていた。
「そこ」
踏み込んで、体を沈める。狼の下へ潜り込むように入り込み、剣を真上へ跳ね上げた。鋭い一撃が胸元を切り裂き、狼は悲鳴を上げながら地面へ叩きつけられる。
まだ息はある。私は素早く近づき、急所へ一突き。それで最後の狼も静かになった。
辺りに静寂が戻る。剣を軽く振って血を払うと、鞘へ納めた。
「よし、終わり」
戦闘時間は一分も掛かっていない。すると、木の陰からおそるおそるティアリスが顔を覗かせた。
「も、もう終わったんですか……?」
「うん。三頭だけだったからね」
そう言って笑いかけると、ティアリスは倒れている狼を見回し、それから私へ視線を戻した。
「すごい……魔法が使えないのに、あんなに強いなんて……」
「フィールドワークをするためには強くないとやってられなかったからね。自然と出来るようになるんだよ」
目を輝かせてこちらを見てきて、なんだか恥ずかしい。自分にとっては必要なことだから、鍛えただけの事だ。
「ルシアは本当に凄いですね。野営の技術や山を歩く技術もあって、簡単に木を登って、魔物相手にも圧倒して……。なんでも出来て、カッコいいです」
「えっ? そ、そうかな……。私は必要だったから鍛えただけだから」
「そんなに色々出来る人なんていません。ルシアはたくさん努力したんですね。それに比べて、私は……」
明るかったティアリスの顔が曇っていく。ギュッと手を握って、悲し気に顔を伏せる。
「私は何も努力しませんでした……。魔法も諦めて、王族の責務から逃げて、本当に何も――」
「そんなことない!」
その言葉を聞いて私は黙っていられなかった。
「ティアリスは凄く頑張ってたよ! あの時のティアリスは本当に見惚れるほどにカッコよかった」
思い出すのは、ティアリスを初めて見た入学祝賀会。周りから陰口を言われていたのに、王女として立派に立ち振る舞い、しっかりと王族の威厳を保っていた。
「姿勢は綺麗だったし、動きも優雅だったし、微笑みだって素敵だった。あれはティアリスの努力の賜物だと思ったよ。私には到底できない努力の結晶だった。その姿に正直見惚れていた。それくらい、私は惹き付けられたんだよ。だから、私は――」
そこまで言って、ハッと我に返った。いやいや、何を言っているんだ。なんか、余計なことまで言った気がする。
首を横に振って、もう一度ティアリスを見る。
「ティアリスは努力が出来る人間だよ。だから、自信を持って」
「ルシア……ありがとうございます。こうして認められるのは、嬉しいですね」
すると、ティアリスがはにかむように笑った。その微笑みは柔らかくて、やっぱり見惚れてしまう。作った笑顔よりも、そっちの笑顔の方が好きだな……。
「古代魔法、使えるように頑張りますね」
「う、うん! 私を信じて!」
「はい、お願いします」
自分の気持ちをごまかすように強い口調で言うと、ティアリスは安心したように微笑んでくれる。
その笑顔を守るためにも、必ずティアリスに古代魔法を使えるようにする。そして、自分も――。




