6.杖の素材探し
緩やかな山肌を歩く。久しぶりに山を歩けて、とても気分がいい。どんどん、歩けてしまいそうになるけれど、一旦止まって後ろを向く。
「ティアリス、大丈夫?」
後ろを見ると、太い木の枝を山肌に突き刺しながら登ってくる姿が見える。
「はぁっ、はぁっ……どうして、そんなに早く歩けるんですか……」
息が上がり、とても苦しそうだ。まだ、歩き始めて二時間しか経っていないのに、まさかこれだけ疲れてしまうとは思わなかった。
「フィールドワークは魔法学者に取っては当たり前だからね。こういう場所は慣れているんだよね」
「そ、そんな話し……聞いたことがありません!」
「ははっ。私は自分にあった最高の杖を作るために、あちこち行っているからね」
「それ……魔法学者関係ないじゃないですか……」
すると、ティアリスはずるずるとしゃがみこみ、ついには山肌にお尻を付いてしまった。仕方がない、ここで休憩を取ろう。私はティアリスの隣に行くと、一緒に座り込んだ。
今、私たちは杖の素材となる特別な木、魔木がある山に来た。魔木とは魔力に親和性のある木で、古代魔法を使うには魔木から作られた杖が必要だった。
昔では杖の素材として使われているけれど、今ではもっぱら魔道具の素材として使われている。だから、魔木は今でも育てられていて、現存している。
その魔木が成長するのは自然が豊かな場所。だから、採取するためには山の奥まで入らないといけなかった。それに、その魔木を選定するためには、使用者の本人がいた方が選びやすいという点もある。
だから、本人を連れてきたんだけど……これは思ったよりも時間がかかりそうだ。
「ねぇ、本当に大丈夫なの? 王女が野宿しても」
「許可なら取ってあります。だから、大丈夫です」
杖の木を探すためには一日じゃ足りない。数日間、山に籠らねばならず、時間がかかる。野宿が必要と伝えたら、ティアリスは簡単に許可をもぎ取ってきた。
いやいや、仮にも王女なんだよ? そんなに軽く外出を許してもいいの? 普通、そこは不安にならない?
そんな目で見ていると、ティアリスが気づく。そして、少し悲し気に目を伏せた。
「……魔法が使えない私は欠陥ですから、王族には必要ないんだと思います。死んだって困らないから、放任されているんですよ」
その悲し気な横顔を見ると胸が痛む。欠陥とされて期待もされずに今まで来た。王族として、国を守る責務があるというのに、その責務も果たせない。無力な自分を攻め立てているように見えて、堪らない気持ちになった。
もしかしたら、私がその立場になっていたかもしれない。期待もされず、欠陥と蔑まれ、捨て置かれる存在。そんな環境にいたら、きっと普通では居られない。
それなのにティアリスは入学祝賀会でも立派に王女とあろうとした。周りから陰口を言われても、真向から欠陥扱いされても、それでも自分を律して王女のまま立っていた。
あの時のティアリスはカッコよかったのに、だけど儚げで……守ってあげたくなるような存在感だった。だから、私の心が動かされたんだと思う。
そんな悲しい顔はさせたくない。魔法を使って、心から笑った姿を見てみたい。そんな気持ちが膨れてくると、力を貸してあげたくなる。
「大丈夫だよ。ティアリスは魔法が使えるようになるって」
「……今まで使えなかったのに? どんなことをしても、習っても……無理だったのに? ……私に期待しないでください」
励まそうとすると、ティアリスは膝を抱えて蹲る。期待という言葉がティアリスを縛っているような気がする。
周りから一心に期待されて、応えようとして、結果的には裏切ってしまった。他人にも、自分自身にも失望しているようにも思える。
辛いよね、その気持ち分かるよ。って、言ってあげたかったけど、口から出なかった。そんな軽い同情でティアリスの心が晴れるわけがない。その気持ちはもっと重いもので、根深いから。
もう一度、ティアリスを前に向かせるために出来る言葉は――。
「私はティアリスに期待しているよ。古代魔法がそれを叶えてくれる」
「無理だったらどうするんですか……。私がその期待を裏切ったら――」
「私は離れないよ」
その言葉を言うと、ティアリスは弾けたように顔を上げた。まるで、なんでその言葉を今に言うんだ。そう言っているように見えた。
期待された後に裏切ったら、人は離れていく。どんな人でも……それが家族だとしてもだ。
「私はティアリスが魔法を使えるその日まで絶対に離れない。だから、安心して進んでもいいんだよ」
「そんなの約束出来るわけ――」
「じゃあ、約束しよう。指切り、ね?」
小指を突き出すと、ティアリスは困った顔を浮かべた。何かを考えているようで、悩んでいるようで、戸惑っているような。
「ほら!」
待ちきれずにティアリスの手を掴んで、勝手に小指を絡ませた。ギュッと小指に力を入れて、目を合わせる。
「私はティアリスが魔法を使えるその日まで離れません」
真っすぐに伝えた言葉。ティアリスは驚いたように目を見開いた後、気まずそうに視線を逸らす。
「ティアリス、聞いてくれた?」
「……」
「じゃあ、もう一回。私は――」
「もういいですからっ! は、恥ずかしいんで止めてもらえますか?」
「じゃあ、私の気持ち、受け取ってもらえた?」
「……はい。受け取りました」
俯いてか細い声の返事。だけど、それで十分だ。これで、ティアリスには私の気持ちが伝わっただろう。
これは、ますます張り切らないと。立ち上がると、手を差し出した。
「じゃあ、休憩終わり。ティアリス、行こう」
「……はい」
その手をギュッと握ると、引っ張り上げる。そして、手を握ったまま、山肌を歩き出した。




