5.魔法の素養
「では、明日からの学園生活を楽しんでください」
先生がそう言うと、教室から出ていった。最後のホームルームが終わり、生徒たちはざわめいて立ち上がる。
私もすぐに立ち上がり、ティアリスに近寄った。
「じゃあ、ティアリス。行こう!」
「えっ、まっ――」
その手を引っ張ってすぐに教室を出た。行きたい場所は人目があまりつかないところがいい。魔法の訓練所だと人目があって、ティアリスも落ち着かないだろう。
だったら、こじんまりとした中庭があったからそこで魔法の素養のチェックから入ろう。それから、魔法の知識がどれだけあるかを確認して、それから――。
考え事をしている間に、中庭についてしまった。そこで、ようやく立ち止まって後ろを見る。すると、息を切らしたティアリスが今にも倒れそうだった。
「あっ、ごめんっ! 無理に引っ張りすぎたね」
「はぁっ、はぁっ……ルシアは、いつも、こんな風なんですか?」
「まぁ、これが普通だね」
やりたいと思ったらすぐにやりたいし、早く行動に移した方がいいと思うから。だけど、それで他人を巻き込むのは良くないな。今度からちゃんと自制しなくっちゃ。
ティアリスの息が整うのを待って、私は話し始める。
「じゃあ、始めにやることは魔法の素養のチェックだね。どうしてティアリスが魔法を使えないのか調べるよ。ティアリスは魔法が使えない理由は分かる?」
「確か……魔力が魔法に変換されない、と聞いたことがあります」
「なるほど。どこに原因があるのかは分かっていないんだね。じゃあ、それを調べるところから始めようか」
「えっ? ルシアにはそれが分かるんですか?」
「ちゃんと調べてみると分かるものだよ。もちろん、魔力を使ってね」
体の中でどんなことが起きているのかきちんと調べれば分かる。魔力が1しかないけれど、その魔力1でも出来ることがある。
「じゃあ、手を広げて」
「こう、ですか?」
「そうそう。じゃあ、私を強く抱きしめて」
「――えっ」
そう言った途端、ティアリスの表情が固まる。しばらく静かだったが、戸惑ったような声が聞こえた。
「ど、どうしてそんなことが……」
「ほら、魔力1しかないから。離れていると、魔力が足りなくて感じられないんだよね。すごーく近づく必要がある。だから、ほら。抱きしめて」
手を広げて、首を傾げて言ってみる。すると、カーッとティアリスの顔が赤くなって、怒ったような顔になった。
「な、何を言っているんですか! そ、そんなのはまだ早いです!」
「……まだ?」
「いや、それは違くてっ……! だから、その、あのっ!」
「今やらないと、何も分からないよ。他の人だってこんな風にして魔力のことを調べていたんだから」
「……他の人?」
今度はピリッと空気が張り詰めた。今度は不機嫌になり、睨みつけられた。……この王女様、意外と表情豊かだな。
考え込むように俯いた。何を考えているのか分からないが、待っていると――。
「わ、分かりました。抱きしめます」
そう言って、私にゆっくりと近づいてきた。
「い、いきますよ……」
「……いつでもいいよ」
ティアリスが緊張しているのが伝わってきて、こっちも緊張してきた。いつもはこんなことないんだけど……。
そして、ゆっくりと近づき、ティアリスの腕が私の背中に回る。私もそれに倣い、腕を背中に回す。お互いにギュッと抱き寄せると、体が密着した。
「こ、これでいいですか?」
「うん、大丈夫。じゃあ、調べるね」
そうやって、意識を集中する。自分の僅かな魔力を変化させ、ティアリスの体を調べる。
――なんだけど。ティアリスの心臓の音が凄く鳴っていて、集中できない。緊張しているのが伝わって、こちらも緊張してくる。
「ねぇ。心臓の音、どうにかできない?」
「っ!? ど、どうにも出来るわけないじゃないですか! それよりも、耳元で喋るのは止めてください!」
……無茶なお願いしてくるなぁ。仕方がない、気にしないようにしてティアリスの魔力を調べないと。
「ティアリス。魔力を発動させるようにしてみて」
「っ……わ、分かりました」
話しかけると、その度にピクリと体が反応する。そんなに緊張することないんだけど……と、思っているとティアリスの体の中で魔力が変化し始めた。
ただの魔力が魔法に変化する時、微弱な波動がある。だけど、その波動がいつまで経っても来ない、ということは、魔力が魔法に変化する段階に問題があるということだ。
「うん、分かったよ」
「……本当ですか?」
体を離してみると、ティアリスは驚いた顔でこちらを見る。
「ティアリスの問題は魔力を魔法に変化させられない。初期段階で異常があるタイプだったね」
「そ、そうなんですか……。でも、それじゃあ……いつまで経っても魔法が使えないのが分かりますね」
「大丈夫。それを解決する方法があるよ」
「えっ!? そ、そんなに早く解決方法が分かるんですか!?」
ティアリスが私の肩を掴んで身を乗り出してくる。私は一つ咳ばらいをすると、目を見て伝える。
「それはね――古代魔法だよ」
「古代魔法? それって確か……もう誰も使っていない魔法なんじゃ」
ティアリスは困惑したように目を瞬かせた。
「古代魔法というのは、その名の通り数百年以上も前に使われていた魔法体系のことでね、その頃の人たちは今みたいに体の中で魔力を魔法へ変換していたわけじゃなくて、力を宿した杖や魔導具を媒介にして魔法を使っていたんだよ」
「杖を、ですか?」
「そう、今では現代魔法が当たり前になっているけれど、それは長い年月をかけて人々が魔法を研究して進化させた結果なんだよ、体の中に魔力を巡らせて術式を構築し、それを外へ放出することで魔法を発動する今のやり方はとても効率が良いから、いつの間にか古代魔法は使われなくなっていったんだ」
ティアリスは真剣な表情で耳を傾けている。
「でもね、昔の人たちは別の方法で魔法を使っていたんだ、杖の中に蓄積された力や刻まれた術式を利用して魔力を魔法へ変換し、それを放っていたから、極端な話をすると使用者自身が魔法変換を行えなくても魔法を使うことができたんだよ」
「それって……」
ティアリスの瞳に期待の光が宿る。私は強く頷いて、言葉を続ける。
「ティアリスの問題は魔力がないことじゃないし魔力操作ができないことでもない。魔力を魔法へ変換する部分に異常があるだけだから、その工程を自分で行わなければいいんだよ」
「そんな方法が本当に……。私も古代魔法を使えるようになれますか?」
真剣な眼差しが私に向く。それは諦めかけていた心が動き出した証拠だ。その期待に応えたい。諦めた顔なんてして欲しくない。
「任せて。一緒に古代魔法を使えるようになろう」




