4.目標
朝一番。誰もいない教室に入り、黒板に書かれた自分の席に座る。それから、ひたすら待った。
次々と生徒たちが入ってきて、挨拶を交わす。私も近くに来た生徒と言葉を交わすけれど、意識は扉に向けられた。
早く、早く来ないかな。ワクワクとした、けれど緊張も合わさったドキドキで高揚感が半端ない。まるで、魔法の研究をしているような好奇心を刺激される。
ジッと入口を見ていると、扉が開かれる。そこから現れたのは朝日で艶めく銀色の髪を靡かせ、ティアリス王女が入ってきた!
「ティアリス王女!」
ついに来た! 勢いよく立ち上がると、入口で固まっているティアリス王女に駆け寄った。
「おはようございます! 覚えていますか!? 昨日、入学祝賀会で出会ったルシアです!」
「えっ、あっ……お、おはようございます」
「昨日はあの後、詳しい話が出来なくて残念でしたが、あの話は本気です! だから、今日から一緒に魔法を学びましょう!」
そう、昨日あの後、騒ぎになったためティアリス王女は下がってしまったのだ。たくさん話しがしたかったのに、何も出来なかった。だから、その分今日はその話をしよう。
ティアリス王女を見つめていると、困ったように笑う。
「えっと、クラスメイトですから、呼び捨てでいいですよ。それに、普通に話しかけてくれると嬉しいです」
「えっ、いいの!? ちょっと堅苦しかったんだよねー、ありがとう! じゃあ、ティアリス! こっちに来て、たくさん話そう!」
よし、話しが出来る! そう思って手を引こうとすると、その手が逃げた。
「?」
「えっと、その……。昨日は庇ってくれてありがとうございました。で、では……」
そそくさと私の前からいなくなって、自分の席についてしまった。その姿はまるで逃げるようで、心に隙間風が吹いた。
も、もしかして……避けられている!?
◇
ホームルームの後の入学式。教室に戻っての授業の説明。選択科目の選定。その後は色々とやることが多かった。でも、その間に休憩時間というものが存在している。
その休憩時間にティアリスに突撃してみるものの、ティアリスは私が近づくとそそくさとどこかに消えてしまう。捕まえようと先回りをすると、私の体を押しのけて逃げて行ってしまう。
わ、私……なんかしたぁ? なんで、避けられるのか分からない。ただ、魔法を教えようとしていただけなのに!
ティアリスのことで悶々としていると、最後の授業――魔法実技の授業が始まった。外の訓練場に移動をすると、先生が説明を始める。
みんなそれを真剣に聞いているが、初歩的な話しは聞かなくても私は平気。それよりも、今はティアリスのことだ。
なんで避けているのか分からない。何か近づく方法は――。
「では、初歩魔法の空中魔法を使ってみましょう」
どうやら、実技の内容に移ったみたいだ。他の生徒たちは喜んでまとまっていく中、私とティアリスが先生に呼ばれた。
「では、魔法が使えない二人は近くで待機してください」
「――えっ?」
「はい」
まぁ、そうなることは想定済み。だけど、隣にいるティアリスは凄く驚いた顔をしている。その視線が私に注がれているような……。
気にせずに離れたところの芝生の上に座る。すると、あれだけ避けていたティアリスが私の隣に座ってきた。
それだけじゃない。私のことをチラチラと見てきて、何かを気にしているようだ。
「どうしたの? さっきから見ているけど……」
「えっと……あなたも魔法が使えないんですか?」
「そうだよ。だって、私の魔力は1だから」
「――っ!」
驚愕の顔になったティアリスが私に掴みかかってきた。
「魔法が使えないのに、なんで私に魔法を教えようとしたんですか!? 馬鹿ですか!?」
「えっ、まぁ……魔法学者をやっているから馬鹿ではないけれど」
「――っ! そういうことを言っているんじゃありません! 私に教えるのが無理なのに、どうしてあんなことを言ったんですか!」
必死の形相で訴えかけてきた。それは裏切られたような顔をしていて、見ているだけで心が痛くなる。
今の話をまとめると、魔法が使えない私が魔法を使えないティアリスに魔法を教えるのは可笑しいって言っている?
私の服を掴む手に優しく手を重ねると、真っすぐ視線を向けた。
「出来るよ。それで今まで、たくさんの人に魔法を使えるようにした」
「……えっ?」
「魔法が使えなくたって、いつか魔法を使えるようになる。理論をちゃんと理解して、魔法の扱いを分かれば、誰だって魔法が使えるようになる」
そう、魔法は誰にだって扱える。魔力が少ない子だって、魔力伝達に異常があったって、ちゃんと教えれば魔法が使えた。
「魔法が使えるその日まで諦めなかったら、魔法は絶対に使える。誰だって扱えるんだよ」
「……でも、私たちは使えないじゃないですか。初歩魔法の空中魔法すら」
ティアリスは空を見上げた。そこには初歩の魔法と言われる空中魔法で空を飛ぶ生徒の姿があった。
習えば誰だって使える魔法。平民の子供だって、習えば誰だって扱える。そんな簡単な魔法なのに、私たちは使えない。
羨ましいと思う。胸の奥が焼けるような思いが、どれだけ努力しても手に入らないと思うと余計に……。
「無理ですよ……。どれだけの人に教えられても、魔法が扱えることはなかったのに。いまさら……」
膝を抱え、蹲った。その姿は小さな子供のようで、思わず抱きしめたくなる。その気持ちを留め、私は空を見上げた。
楽しそうに空中を飛ぶ姿が見える。あんな風に空を飛べたら、どれだけ気持ちがいいだろう。
そんな素敵なことを諦めるなんて、絶対に出来ない。
「もう一度、賭けてみない? まだ、諦めきれないのなら……私にティアリスのすべてを賭けて」
大丈夫、私がティアリスに魔法を使わせてみせるから。だって、放っておけないよ。ティアリスを見捨てることは、自分の夢を壊すことになるから。
すると、ティアリスは顔を上げた。こちらを窺うような目でジッと見つめ、口を動かす。
「私も、空を飛べますか?」
「うん、飛べるようになるよ。二人で飛んじゃおうよ」
笑顔でそう言って、手を重ねて優しく握る。すると、その手がゆっくりと裏返しになり、私の手を掴んでくれる。ギュッて握ってくれた。
「お願い……出来ますか?」
「私に任せて!」
その気持ちに全力で応えよう。私が必ず、ティアリスに魔法を使えるようにするんだ!




