3.放っておけなかった
パーティーは続いていた。
会場には華やかな笑い声が響き、新たな学び舎への期待に胸を躍らせる子息や令嬢たちが楽しそうに談笑している。これから始まる学園生活への好奇心と高揚感が、会場全体を明るく包み込んでいた。
けれど――その賑わいの中に、一人だけ取り残されたような存在がいる。
第一王女ティアリス。
本来なら誰よりも人々に囲まれていてもおかしくない立場だ。むしろ、会場の中心にいて当然の人物だった。
しかし現実は違う。彼女の周囲だけが不自然なほど静かだった。人々は遠巻きにその姿を眺める。視線は向けるのに、近づこうとはしない。
時折、勇気を出したように話しかける者もいる。けれど、それも形式的な挨拶を交わすだけ。数言葉を交わせば満足したように去っていき、彼女の傍には誰も残らなかった。
まるで最初から、長く話す価値などないと決めつけているかのように。そして再び、一人になる。ティアリス王女は微笑みを崩さない。
誰かが来れば穏やかに応じ、去っていけば優雅に見送る。その立ち振る舞いは非の打ち所がなく、まさしく王女そのものだった。
それなのに、誰もいなくなった瞬間、彼女はほんの少しだけ視線を落とした。長い銀のまつ毛が影を落とし、海のように美しい蒼い瞳が伏せられる。
その横顔は、先ほどまでの完璧な微笑みよりもずっと胸を締め付けた。
広い会場の中にいるはずなのに、彼女だけがひどく孤独に見えた。まるで賑やかな世界から切り離され、一人きりで立ち尽くしているように。そんな姿から、私はどうしても目を離すことができなかった。
どうしようか。話しかけてみようか。同じ学年になったことだし、ここで交流をして――そう思っていると、大きな存在が動いたのを見た。
先頭には艶やかな金髪を縦ロールにまとめた美しい少女。自信にあふれた顔をして、後ろには大勢の取り巻きをつれて、真っすぐにティアリス王女に近づいていった。
「ごきげんよう、ティアリス王女」
「……ローゼリア公爵令嬢」
そうそう、バルディア公爵家の令嬢だ。二人は知り合いなのだろうか? そう思って見ていると、ローゼリア公爵令嬢が見下すような視線を向けた。
ローゼリア公爵令嬢は、扇子を口元に添えながら優雅に微笑んだ。その笑みは美しい。けれど、どこか冷たく、人を見下す色が滲んでいた。
「以前から噂には聞いておりましたけれど……本当に王立アストレア学園へ入学なさるのですね」
「ええ」
ティアリス王女は静かに頷く。しかしローゼリア公爵令嬢は、不機嫌そうに眉を顰める。
「わたくし、てっきり噂だと思っておりましたの。だって、魔法も使えない方がこの学園へ通うだなんて、あまりにも冗談のようなお話ですもの」
まさか、それを言いに話しかけたの? 自然と心がじりじりと焼かれる熱が籠る。その言葉は私の心も貫いた。
「王立アストレア学園は、この国で最も格式ある学び舎ですわ。未来の王族や貴族、優秀な魔導士たちが学ぶ場所。それなのに――」
ローゼリア公爵令嬢はわざとらしく首を傾げた。
「魔法を使えない方が入学なさるなんて。本当に由緒ある学園の名が汚れてしまいますわ」
取り巻きたちから小さな笑い声が漏れる。ティアリス王女は反論しない。少し視線を落とし、手をギュッと握って、ただ静かに話を聞いていた。
「王族とは国を導き、国を守る存在。特にこの国では魔法こそが王族の誇りですわ」
そして、その笑みをさらに深めた。
「それなのに、その魔法を使えないまま十五年も過ごしていらっしゃる。わたくしでしたら恥ずかしくて人前には出られませんわ」
その言葉が私の心に刺さる。叫びだしたいほどの強い焦燥感にかられ、閉じこもりたいほどの羞恥心にさいなまれる。
こんなに辛いのに、ティアリス王女は微笑みを浮かべいる。……いや、手が震えているように見える。
「王族の務めも果たせず、国の力にもなれず……それでも平然としていられるなんて、わたくしには理解できませんわ。いっそのこと、王族の座を降りられた方がよろしいのではなくて? わたしがその後の面倒をみても宜しくてよ」
ローゼリア公爵令嬢の言葉に会場が静まり返った。誰も声を出さない。誰も止めない。いや、出来ない。だって、少しでも同じことを思っていたのだから。
ティアリス王女は俯きこそしなかったが、その蒼い瞳からは光が少しずつ失われていくように見えた。
「――っ!」
体が自然と動いた。早歩きで進み、立っている貴族の間をすり抜けて。早く、早く。気持ちが逸っていく。
俯いたティアリス王女が無理に微笑みを作ろうとした時――私はティアリス王女の前に立っていた。
「それは、あまりにも酷い言葉ではありませんか?」
ローゼリア公爵令嬢とティアリス王女の間に立つ。ローゼリア公爵令嬢は驚いたように目を見開いたが、すぐに冷たい笑みを浮かべた。
「本当の事を申しただけです。それに救済処置もありましてよ。王族から降りた暁には、私の下で――」
「やめてください」
思っていたよりも強い声が出た。
「まだ、魔法が使えないと決まったわけではありません」
ぴたり、と場が静まり返る。ローゼリア公爵令嬢が呆れたように眉をひそめた。
「何を仰っているのです? 十五年間、一度も発現していないのでしょう?」
「だから何ですか!」
気づけば声を荒げていた。普段の私なら絶対にしない。それなのに、止められなかった。
「十五年発現しなかったから、一生発現しない? そんなこと誰が決めたんですか! 魔法はそんな単純なものじゃありません!」
胸の奥から言葉が溢れてくる。ティアリスを否定されて、私も否定された気がした。大丈夫、魔法は誰だって使えるものなんだ。
「私は魔法を研究してきました。現代魔法も、古代魔法も、数え切れない文献を読んできました。それでも分からないことだらけなんです!」
知らないことばかりだ。解明できていないことばかりだ。
だから――。
「可能性を勝手に終わらせないでください!」
拳を握り締めて、睨みつける。すると、ローゼリア公爵令嬢がスッと目を細め、冷たい視線を投げかけてきた。
「……そう言いますけれど、現にその方は使えませんわ。結果が全てではなくて?」
「もう結果が出たなんて、誰も決められません。だから――」
私は後ろを見て、目を見開く。ティアリス王女が涙で潤んだ瞳でこちらを見ている。
まるで救いを求めるような。信じていいのか分からないと怯えるような。そんな瞳だった。
胸が苦しくなる。そんな顔をさせたくないと思った。出来れば、心から笑った顔が見てみたい。
気づけば私はその手を取っていた。
「大丈夫です」
その冷たい手を強く握る。震えている手を安心させるように、深く手を繋いだ。
「私がティアリス王女を魔法が使えるようにします」




