2.入学祝賀会
片手に握った杖を下す。近くに設置したテーブルの上に置いてあったノートにチェックをした。
「二百八十三番目のやり方では魔法は発現せず、ね。じゃあ、次は二百八十四番目を――」
「ルシアッ、ルシアー!」
次の実験を始めようとした時、お父様が駆け出してきているのが見えた。
「もう、入学祝賀会に行く時間だぞ。こんな時まで魔法の練習はやめなさい!」
「大丈夫よ。だって、準備は完璧なんだから!」
「ああぁぁっ、折角整えたのに……乱れてないかい?」
心配そうにお父様が駆け寄ると、顔を頭を確認した。
「艶やかな黒髪はちゃんと乱れがない。可愛らしい顔の化粧も整っている。……うん、最高の僕の娘だ」
確認したお父様はそう言って軽く抱きしめてくれる。相変わらず、私には甘い人だ。
「男爵家は一番に会場入りしなくちゃいけないんだぞ。遅れたら、何を言われるか分からない。さぁ、行こう」
手を差し出されると、私はその手を取った。そして、駆け足で屋敷のエントランス前に急いだ。
◇
王立アストレア学園。十五歳になった貴族の子供や優秀な平民が入ることが許される、由緒正しい学び舎。
今日は入学前に行われるパーティーの日。入学前に少しでも交流を持たせて、円満な学園生活を送らせようという意図がある。
参加するのは面倒だけど、私も貴族の端くれ。今後の活動のためにも、ここはちゃんと参加するべきだと、お父様に説得されて参加している。
「いやー、本当にギリギリだった。間に合ってよかったね」
「……あっ。こういうやり方は……」
「ル、ルシア……こんな時まで魔法の事は考えないでおくれ」
暇さえあれば、私は魔法の事を考える。様々なやり方を考えては、ノートに書き写し、実行する。まあ、この十年で魔法らしい魔法が発現したことはないのだけれど。
「あっ、ルシア嬢!」
会場に入ると、そんな声が聞こえた。顔を上げると、先に到着していた男爵家の人たちが注目してくる。そして、あっという間に取り囲まれてしまった。
「わー、本物ですか? 握手してください!」
「この度は男爵叙爵、おめでとうございます!」
「ぜひ、お話を聞かせてください!」
みんなが私の話を求める。それもそうだ。今の私は現代魔法、古代魔法の魔法学者をしていて、この間「現代魔法における魔力の器依存性について」の論文で賞を貰い、国王陛下から男爵位を叙爵してもらったばかりだ。
魔法を重要視しているお国柄、誰もが少しでも他人よりも魔法を上手く使いたいと思っている。だから、そのための知識は少しでも身に着けておきたいらしい。
パーティー中、私の周りには人だかりが出来ている。正直、こういう人付き合いは得意じゃないけれど、古代魔法の文献を集めるのには役に立っている。
あちらが魔法の知識を求め、私はまだ見ぬ古代魔法の文献を求める。ウィン、ウィンの関係だ。これで集まった古代魔法の文献はたくさんあるから、馬鹿に出来ない。
そうして、今日も古代魔法の文献集めに勤しんでいると――会場の空気が変わった。誰もがそちらに視線を向けると、自然と私の視線が向く。そして、現れた人を見て――目を見開いた。
月光を溶かして紡いだような銀の髪が、ゆるやかなウェーブを描きながら揺れる。伏せられた長いまつ毛の奥には、深い海を思わせる蒼い瞳。その視線がこちらへ向けられただけで、胸が小さく跳ねた。
整った顔立ちは美しいという言葉だけでは足りない。まるで一枚の絵画のように完成されていて、思わず見惚れてしまうほどだった。
「……あの人は?」
「ルシア嬢は知らないんですか? 第一王女のティアリス様ですよ。あの――『魔法が使えない』っていう有名な」
魔法が使えない、王女様。なんか、どこかで聞いた覚えがあるけれど……。
私の呟きに答えた令嬢は、少しだけ声を潜めた。
「ティアリス様は王族で唯一、魔法が使えない方なんです」
「王族で唯一……?」
「ええ。この国の王族は代々、強力な魔法の才能を持つことで有名でしょう? 現国王陛下も、王妃様も側妃様も、その子供だって……皆さま高位の魔法を扱えます。でも――」
そこで言葉を切ると、令嬢はちらりとティアリス王女へ視線を向けた。
「ティアリス様だけは、一度も魔法を発現できなかったそうです」
周囲からもひそひそとした声が聞こえてくる。
「王族なのに魔法が使えないなんてねぇ……」
「魔力自体はあるらしいけど、結局使えないんでしょう?」
「国を守る王族としては致命的よね」
「もし戦争になったらどうするのかしら」
「第一王女なのにお気の毒だわ」
口では同情しているように聞こえる。けれど、その声音に含まれる感情は明らかに違った。
憐れみ。そして優越感。嫌な感情が見えて、胸が痛くなる。もしかしたらそれは、私が受けるべき憐れみだったかもしれない。
「第一王女でありながら、王族の務めを果たせないんですもの。実質的には継承権なんてないようなものよ」
「普通の貴族ですら魔法を使えるのに……下手をしたら平民の子供の方が役に立つわ」
くすくすと笑い声が漏れる。私は思わず眉をひそめた。しかし、周囲の会話は止まらない。
「婚約者もまだ決まっていないらしいわね」
「当然でしょう。もし子供に遺伝したら大変だもの。欠陥が混じるなんて嫌がる家は多いでしょうね」
「どれだけ美しくてもねぇ……むしろあの美貌だから余計に惜しいわね。国一番って言われているのに……」
次々と投げられる言葉。それらは表向き穏やかでありながら、刃のように鋭かった。
王族の恥。役立たず。欠陥。
周りがそんな言葉を口にしているのに、視線の先ではティアリス王女が優雅な微笑みを浮かべながら挨拶をしていた。
まるで、周囲の噂など聞こえていないかのように。
けれど――ぎゅっと一瞬だけ、彼女の手がドレスの裾を握りしめるのが見えた。
ほんの一瞬。誰も気づかないほど小さな仕草。だけど、なぜか私の目にははっきり映った。
「……」
胸の奥が少しだけざわつく。魔法が使えない、それだけでここまで言われるのか。
もしかしたら、その陰口を言われるのは私だったかもしれない。そう思うと、ティアリス王女の事が他人事には思えなくなった。
その姿に私は自分を重ねてしまった。




