35.重要な事
ティアリスは私を強く抱きしめて離さない。あまりにもきつくて身をよじると、嫌々と首を横に振って、さらに強く抱きしめる。
「私が……私がルシアのためになんでもします。ですから、ずっと一緒にいましょう。もう、離れないって誓ってください」
今度は懇願するように言ってきた。それだけで、満たされる心がある。必要とされると嬉しいという気持ちがあった。
「ルシア、好きです。心から好きって思ってます。ずっと触れていたいほどに好きです。……好きです」
急に連続で言われると、心がついて行かなくて戸惑う。恥ずかしくて、気がどうにかなってしまいそうだ。
「わ、分かった……分かったから、離してくれる?」
そういうと、ティアリスはおずおずと腕を離してくれた。そして、ちらりとこちらを見る。
「私がルシアの気持ちを全部受け止めるので、もう離れませんよね? ずっと、傍にいてくれますよね?」
「……でも、辛くなったら」
「辛くありません! ルシアならどんな思いでも受け止めます! 私のことは気にしないでください!」
「いや、気にするよ。だって、好きなんだし……辛い思いをさせたくないでしょ」
そういうと、ティアリスが目に見えて照れていた。もじもじして、こちらをちらちらと見てくる。その反応だけで、こっちが照れてしまいそうだ。
だけど、突然――。
「――そうだ、用件があるんです!」
「わっ!? い、いきなり何!?」
「私がルシアをここに呼び出した理由をまだ伝えてません!」
……そういえば、そうだった。じゃあ、目的は告白じゃなかったってこと? それよりも重要そうな用件って?
緊張しながら待っていると、ティアリスは真剣な視線を向けてきた。
「ルシア、心して聞いてください」
「う、うん……」
「古代魔法で魔力を増やす方法を見つけました」
この言葉に息を呑んだ。私が長年追い求めてきた魔法が――本当に実在していた?
突然、そんなことを言われて、心の準備が出来ていなかった私は体が震えた。
「ほ、本当?」
「はい、本当です。私はその方法を見つけ、会得するために、しばらくルシアから離れていたんです」
「そ、そんなことになっていたなんて! どうして言ってくれなかったの!?」
「ルシアの期待を裏切りたくなかったから……。だから、ちゃんと分かるまで黙っていたんです。ごめんなさい」
ティアリスは頭を下げて謝った。その私を思う気持ち……素直に嬉しかった。ぬか喜びで終わると精神的にきつくなるから、それまでティアリスが一人で背負ってくれたのだ。
「それで、私は魔力を増やす手段を手に入れました」
「えっ……。じゃあ、私の魔力を……」
「はい、増やせます。増やすと、ルシアも魔法が使えるようになるかもしれません」
その言葉を聞いた瞬間、世界から音が消えたような気がした。
魔法が使える。その、たった一言だけが頭の中で何度も何度も反響する。
信じられない。信じたい。だけど、あまりにも夢みたいな話で、すぐには受け止められない。
幼い頃、初めて魔法書を読んだ日のことが浮かぶ。空を飛びたいと憧れたこと。魔法が使えないと知って泣いた夜。何度も何度も研究を重ね、それでも届かなかった日々。
全部が、一気に胸へ押し寄せてくる。――私も、魔法が使えるようになるかもしれない。
その可能性だけで、息が苦しくなるほど嬉しかった。喉の奥が熱い。視界が滲み、ぽろりと涙が零れ落ちる。
諦めていた思いはあった。
「研究者として生きていけばいい」と何度も自分に言い聞かせてきたこともある。魔法を使えなくても、誰かが使えるようになればそれでいいと、諦めの言葉を何度も唱えてきた。
でも、本当は違った。本当は、誰よりも魔法を使いたかった。押し殺してきた願いが、堰を切ったように溢れ出す。
「私……ずっとこの瞬間を夢見ていたの。魔力さえあれば、魔法が使えるんだって……ずっと思っていた」
「その夢、ようやく叶いますよ。ただ、その方法が……」
ティアリスが気まずそうに視線を逸らした。
「その方法に何か問題でもあるの? 言って、どんなことでもするから」
「っ! ……そうですか。では、その方法を聞いてください。その方法は――」
私がゴクリと喉を鳴らす。
「口づけです」
「……へっ?」
「杖で魔力を変異させて、口づけで魔力譲渡をします」
……口づけ、本当に?
「やりますか?」
「あっ、いや、ちょっ……ちょっと待って。心の準備が……」
「私はいつでも大丈夫です。心の準備に何か手伝えることはありますか? 何でも言ってください」
ついさっき、思いが通じ合ったばかりなのに、すぐに口づけなんて出来ないよ! どうして、ティアリスはそこまで覚悟が決まっているの!?
戸惑っていると、ティアリスが近づいてきた。私の腰に手を当てて、グイッと引っ張る。それだけで、体が密着した。
鼓動が止まらない。心臓が口から飛び出そうだ。顔が熱くて、今……とんでもない顔になっている。それを、間近で見つめられて、余計に意識してしまう。
だけど、凄く恥ずかしくても――魔力譲渡をしてもらいたい。心にグッと力を入れて、ティアリスを見た。
「――口づけをして」
その一言を口にすると、すぐにティアリスの顔が近くなる。えっ、そんな、いきなり? そう、戸惑っているうちに――唇が重なった。
柔らかで甘い口づけ。唇を啄むように押し付けてくる。その初めての感触に体が震えた。
いや、口づけだけじゃない。唇から魔力が伝ってくる感触がしてきた。他人の魔力が体に入ってくる感じ、まるで体の中を撫でまわされているような初めての感触が広がる。
「んんっ……」
身じろぎするほどに、魔力譲渡に独特の感覚が広がる。どんどん浸食してきて、自分が分からなくなる。境界線がなくなって、一つに溶けあうみたいに。
ティアリスの感覚に体がどんどん満たされていく。ただの魔力譲渡なのに、体を奪われたような錯覚に落ちる。
だけど、その感覚も突然途切れた。それと同時に唇がゆっくりと離れていく。
「あっ……」
「す、すいません……。今の私にはこれくらいの魔力譲渡しか出来ません」
「へっ、あっ、ううん。気にしないで」
名残惜しさを残りながら、なんとか首を横に振った。気持ちを落ち着かせると、自分の体に感じたことのない魔力を感じた。
「……本当に魔力が増えている」
「魔法を使ってみてください」
「う、うん……」
ドキドキしながら、大杖を手に持つ。始めに使いたいのは――初級の空中魔法。
魔力を収束すると、今まで感じたことのない大きな流れを感じる。魔法を構築すると、今まで以上にスムーズに構築していった。
――そして、発動。
大杖に腰かけていた、私の体が浮いた。私は初めて魔法が発動出来た瞬間だ。




