30.約束は果たしたよ(ティアリス視点)
朝から落ち着かない。
胸の奥がふわふわして、何をしていても自然と頬が緩んでしまう。今日はルシアに伝えたいことが、たくさんあるから。
まずは、古代魔法で魔力を増やす方法が見つかったこと。あれだけ探し続けて、ようやく見つけたんだ。ルシアならきっと目を輝かせて、「本当!?」って喜んでくれる。
もしかしたら、勢い余って抱きついてくるかもしれない。……うん、それはちょっと期待しちゃう。
でも、そこからが本番。魔力を増やす方法が――口づけだってことは、慎重に伝えないと。
ルシアはどんな反応をするんだろう。「それで魔力が増えるの!?」って研究者らしく目を輝かせるのかな。……それはそれで、ちょっと複雑かも。
だって、それじゃあ私のことを全然意識してないってことだよね。
でも、もし照れたり、慌てたりしたら。それは少しくらい、私を異性……じゃなくて、恋愛相手として意識してくれているってことかもしれない。
そうだったら、勇気を出そう。私はルシアが好きだから、大丈夫。ちゃんと、この想いを伝えよう。
もし、すぐに返事がもらえなくてもいい。「少し考えさせて」って言われたら、私は待つ。一緒に魔力を増やす方法を研究して、一緒に笑って、一緒に過ごして。
手を繋いで。抱きしめて。少しずつ私を意識してもらえたら、それだけで嬉しい。
そして、魔力を増やす方法が使えるようになる頃には……その時にはきっと、ルシアも自分の気持ちに気づいてくれていて――。
「……えへへ」
思わず笑みが零れる。よし、今日はきっと私たちにとって一番素敵な日になる。
◇
「では、今日の授業を終わります」
先生がそう言うと、教室がざわめいた。私はすぐに教材をカバンに入れて、それを持って立つ。
これからルシアの所に行って……。そう考えると、緊張で中々足が動かない。大丈夫、きっと上手くいく。そう自分に言い聞かせて、ルシアの方を向いた。
ルシアは相変わらず人に囲まれて楽しそうだ。その笑顔が誰かが作ったものだと思うと、胸がチクリと痛くなる。
でも、これからは違う。これからはまた以前のように二人で笑い合えるようになるんだ。勇気を出して、私はルシアに近づいた。
「ルシア」
その名を呼ぶと、ルシアと周りの人たちは驚いた顔をしてこちらを見た。それもそうだ。しばらくルシアには近づかなかったんだから。
「ちょっと、話しできますか?」
「……私も丁度話をしたかったところだよ」
……あれ? なんか、ルシアの表情はいつもと違う。距離が遠いというか……何も見ていないというか。
「ほら、行くんでしょ」
「は、はい……」
ボーッと突っ立っていると、冷たくそう言われた。まぁ、それは仕方ないよね。今まで私が突き放していたんだから。
足早に歩くルシアの後ろをついて、私たちはいつもの中庭に行った。ここでなら、存分に話せる。私は深呼吸をして心を落ち着かせていると――。
「最近、忙しいみたいだね。王宮でも第一王女が魔法を使えるようになって、騒いでいるって聞いた。もしかして、もう何か動きがあるんじゃない?」
「えっ? あっ……まぁ、そっちはまだなんとも言えないですね。私はただ決定に従うしかない状態で……」
「きっと、古代魔法を使えるようになったから、待遇は変わると思うよ。そしたら、そっちにかかりきりになるかも」
……なんか、ルシアの言い方に距離を感じる。まるで、自分は関係のない人だって言っているみたいに。
「ティアリスの周りの環境は変わっていくと思うよ。だけど、私も変わったんだよね。古代魔法を復活させたってことで注目が集まってさ、研究機関からも誘いの連絡があってさ」
「そ、それは良かったですね。ルシアは凄いから、認められたんです。それで、私の話しは――」
「お互いに良い方向に流れたから、別れようか」
その言葉に思考が止まった。今……なんて言った?
「ほら、約束してたじゃない。古代魔法が使えるまで傍にいるって。それが果たされたってことは、もう傍にいる理由はないってことだよ」
「えっ……? 何を言って……」
「私は長年の研究が成功して、これから色々と忙しくなるし、ティアリスに付き合えないんだよね。ティアリスだって忙しくなるでしょう? だから、ここが潮時かなって」
……忙しくなるから、別れようってこと? 急にルシア……どうしたの?
ルシアの顔を見ていると、そこに感情を感じられなかった。ただ、淡々と事実を言っているだけで、いつものような感情全開の表情ではない。
それが酷く冷たく感じた。今まで傍にいてくれたルシアはどこに言ったの?
「ティアリスがいてくれて本当に助かったよ。ティアリスに古代魔法の適正があったお陰で、私の研究が成功したようなものだからね。良い実験が出来た、本当にありがとう」
その時、目元と口元が笑う。だけど、そこに歪さを感じた。まるで、無理やり言っているような――。
いや、それよりも……実験? 私を実験としか見ていなかった? あの日々は全部実験だったってこと?
ルシアの言葉が信じられなかった。あの日々の感情が偽物だって言われているみたいで、酷く落胆した。
「わ、私……実験、ですか?」
「そう、実験だよ。今まで付き合ってくれてありがとう。それじゃあ、話しは終わり」
ニコリと笑うと、ルシアはすぐにこの場を去って行った。
遠ざかっていくルシアの背中を、私はただ見つめることしかできなかった。
追いかけなきゃ。そう思っているのに、足が一歩も動かない。
「……っ」
膝から力が抜け、その場に座り込んだ。胸が締めつけられるように苦しかった。
「実験……」
ぽつりと零れたその言葉が、耳の奥で何度も反響する。
実験。
私たちが一緒に笑った日も。一緒に本を読んだ日も。初めて古代魔法が発動して、二人で飛び跳ねて喜んだ日も。全部、実験だったの?
「そんな、はず……」
頭では違うと叫んでいる。ルシアはあんな人じゃない。
私が失敗して落ち込んだ時、一番近くで励ましてくれた。魔法が発動した時は、自分のことみたいに喜んでくれた。
あの笑顔が、あの時間が、全部嘘だったなんて信じられない。それなのに、最後に向けられたあの笑顔だけが、胸に深く焼きついて離れてくれない。
――良い実験が出来た。本当にありがとう。
「……やだ」
震える声が漏れる。
「そんな終わり方……やだよ、ルシア……」
胸の奥で温め続けてきた想いが、音を立てて崩れていく。幸せな一日になると信じていた。そう思っていた朝が、ひどく遠い昔のことのように感じられた。




