28.気づきたくなかった気持ち
最近、ティアリスが離れていってしまった気がする。
……気がする、なんかじゃない。実際に、私たちはほとんど言葉を交わさなくなってしまった。
ついこの前まで、朝も昼も夜も一緒だった。古代魔法の研究をして、ご飯を食べて、くだらないことで笑い合って。あの時間がずっと続くものだと、勝手に思っていた。
だけど今は違う。学園へ来てもティアリスは机に突っ伏したまま寝ていたり、放課後になれば急ぐように王宮へ帰ってしまう。
まるで、あの日々が夢だったみたい。そう思ってしまうくらい、学園生活は一変してしまった。
もちろん、寂しい。ティアリスが隣にいないだけで、こんなにも静かなんだと知った。
何か面白いことがあっても、「ティアリスに話したい」と思ってしまう。古代魔法の本を見つけても、「ティアリスならどう思うかな」と考えてしまう。
気づけば、何をするにもティアリスがいた。だから、隣にいないだけで胸がぽっかりと空いてしまったような気がする。
……なのに――心のどこかでは、ほっとしている自分もいた。そのことに気づいた瞬間、自分自身に戸惑う。
どうして? どうして私は、安心しているの?
あれだけ一緒にいるのが楽しくて、毎日会うのが当たり前だったのに。離れてしまって寂しいはずなのに。それなのに、胸の奥に張りつめていた何かが、少しだけ軽くなっている気がした。
まるで、ティアリスが傍にいることが、苦しかったみたいに。
違う、そんなわけがない。ティアリスと過ごした時間は、間違いなく楽しかった。一緒に笑って、一緒に研究して、一緒に夢を追いかけて。
あんなに幸せだった時間を、苦痛だったなんて思うはずがない。それなのに――どうしてこんな気持ちになるんだろう。
「私……どうしちゃったの……?」
答えは、どれだけ考えても見つからない。
ただ一つだけ分かるのは、ティアリスが近くにいると胸が落ち着かなくなって、離れると寂しいのに少しだけ安心してしまうということ。
そんな矛盾した感情を抱えている自分が、今までの私とはまるで別人のように思えて、ひどく困惑していた。
◇
「本当にルシアって凄いよね! 古代魔法を復活させただけじゃなくて、魔法が使えなかったティアリスに使わせるんだから」
「そんなことないよ。ティアリスが頑張ったから使えるようになったんだよ」
苦笑しながら答えると、周りのみんなが「またまた」と笑った。
古代魔法の話をするのは嫌いじゃない。今まで興味を持ってもらえなかった研究を聞いてもらえるのは嬉しいし、みんなも真剣に耳を傾けてくれる。
だから、この時間は楽しい。……楽しいはずなのに、どこか物足りなかった。
その理由は、自分でも分かっている。だけど、考えないようにした。考えたら、またそのことばかり考えてしまうから。
「でもさぁ、やっぱりティアリスだから使えたんじゃない?」
「え?」
「ほら、王族って魔力量が桁違いなんでしょ? 結局は魔力が多かったから古代魔法も使えたんじゃないかな」
「確かに。ティアリス様って特別な人だもんね」
「もしかしたら、最初から選ばれた才能があったのかも」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざわめいた。言いようもない拒絶感が膨れ上がって、その言葉を聞くのが嫌だった。
違う。ティアリスは何度も失敗した。難しい術式を覚えて、繰り返し練習して、眠そうな目をこすりながら何度も挑戦していた。
あれは才能だけでできたことじゃない。古代魔法を発動させる理論を組み上げたのは――。
「……ルシア?」
呼びかけられて、はっと我に返る。
「あ、ご、ごめん。ちょっと考え事してた」
不思議そうな顔をするクラスメイトに向けて、慌てて笑顔を作る。……作れた、と思う。
だけど胸の奥は、どろりと黒く濁っていた。今まで感じたことのない、触れたくない感情。
ティアリスが古代魔法を使えたのは魔力が多いからじゃない。才能があったからじゃない。ちゃんとした努力をしたから、使えるようになっただけ。
じゃあ、今まで数年をかけて研究をしてきた私はどうして古代魔法を使えないの? 私が一番努力をしたのに、どうしてまだ使えない?
やっぱり、私の魔力が1しかないから? 魔力が1では魔法として発動しないから? もし、魔力が1じゃなくて2だったら……私は魔法が使えた?
どうして、ティアリスには魔力があって、私には魔力がないんだろう。私だって、魔力さえあれば……古代魔法を使えたのは私だった。
……駄目、そんなことを考えちゃ駄目だ。ティアリスは何も悪くない。誰よりも努力して、誰よりも頑張ってきた。
それなのに私は、自分にないものをティアリスが持っているという、それだけの理由で心を乱している。
胸の奥が苦しい。悔しい。羨ましい。どうして私じゃないの。どうしてティアリスなの。そんな醜い感情が、胸の奥から次々と溢れ出してくる。
「……最低」
思わず、小さく呟いた。
大好きな親友なのに。誰よりも幸せになってほしいと思っている相手なのに。私は今、ティアリスと自分を比べて、自分の足りないものばかり数えている。
そして、その結果たどり着いた感情の名前を、私は知ってしまった。
――私は、ティアリスに嫉妬していた。




