25.周辺の変化(ティアリス視点)
学園の門のところでルシアが来るのを待つ。教室で待てばいいのだけれど、それだと待ちきれない。すぐにでもルシアに会って挨拶をしたいから。
通りにずっと視線を向けていると、ルシアがこちらに歩いて来ているのが見えた。すると、自然と足が動く。早く、早く声を聞きたい!
「ルシア!」
「……あれ? ティアリス?」
「一緒に教室に行きましょう!」
私の姿を見て驚いているルシア。だけど、そんなことは気にせずにルシアの手を握って引っ張る。それだけで、ルシアは嬉しそうに笑ってくれる。
そんな笑顔を見るだけで幸せな気分になれる。繋いだ手を指を絡めるように握り治せば、キュンッと胸が甘く締め付けられる。
「教室で待っててくれても良かったのに」
「待っている時間が勿体ないです! だったら、すぐに会える場所で待っていた方が有意義です」
「ふふっ……。それだったら、またウチに住む?」
「えっと……」
意地悪な笑みを浮かべたルシアがからかってくる。その言葉に気恥しい気持ちが大きくなる。だけど、嘘は言いたくない。
グッと勇気を出すと――。
「……今度はずっと住んでいたいです」
出来ることなら、離れたくない。そんな気持ちを乗せて言うと、ルシアが分かりやすく顔を赤くする。
「えー、あー……うん……そうだね」
それは喜んでくれている? なんだか、はっきりしない態度でちょっとだけ胸が痛い。もう少し聞き出してみようかと思ったけれど、嫌な言葉を聞きたくなくて手を引っ張った。
「ほら、遅刻しちゃいますから、早く行きましょう」
今はこのままがいい……。踏み出せない一歩のまま、私はルシアを引っ張った。
◇
二人で他愛もないお喋りをしながら教室へ入る。その瞬間――教室中の視線が、一斉に私たちへ向けられた。
「あっ、来た来た! おはよう! 魔法のこと、もっと聞かせてよ!」
「ねぇねぇ、ティアリス! 古代魔法って使う時はどんな感じなの?」
「ルシアって本当に凄い魔法学者なんだね! 古代魔法のこと、もっと教えて!」
次々と声を掛けられ、あっという間に私たちはクラスメイトたちに囲まれてしまった。数日前までは、みんなと程よい距離で話す、ごく普通の学園生活だった。
それなのに今日は違う。まるで、有名人にでもなったみたいだ。
「ティアリス! あの魔法、どうやって覚えたの?」
「杖はどこで手に入れたの?」
「また古代魔法を見せてくれない? とにかく、ティアリスの古代魔法が凄くてさぁ!」
質問が次から次へと飛んでくる。そのほとんどが私へ向けられたものだったけれど、私は首を横に振った。
「違います。私が凄いんじゃありません。全部、ルシアのお陰なんです。古代魔法を見つけて、魔法理論を一から解き明かして、私でも扱えるように何度も何度も教えてくれました」
あの日々を思い出す。とても大変でくじけそうな日もあった。だけど、私一人の力でここまで来れたわけじゃない。
「ルシアは本当に凄いんです! 誰も使えないって諦めていた古代魔法を使えるようにしてしまうくらい、誰よりも魔法が大好きで、誰よりも努力してきました」
本当にルシアは凄い。それ以外の言葉が見当たらないくらいに尊敬している。……尊敬? いや、そんな言葉では収まり切れない何か……。
「だから、実力テストの結果は私一人の力じゃありません。ルシアがいたから、私は魔法を使えるようになれたんです」
周囲に自分の熱い気持ちを伝えた。クラスメイトはその圧に押されて驚いていたけれど、分かってくれたのか納得したように頷いた。
ふと、隣を見てみるとルシアがいない。顔を上げて探すと、違うところに引っ張られて色々と話を聞かれているようだ。
……うん、やっぱりルシアは凄い。だけど、今はちょっとだけ寂しい。クラスメイトにルシアの良さが分かってしまったから、今度から独り占め出来なくなるから。
いや、これで良かったはずだ。ルシアの評価が上がれば、伝手が出来て、古代魔法の文献が集まるから。その方が、ルシアに取って良い環境のはずだ。
……だけど、始業式からずっと一緒にいたルシアが離れているのが寂しい。本当なら、ルシアの隣には私がいるはずなのに……。
◇
それからというもの、私たちの学園生活は一変した。
私とルシアの周りには、いつも誰かがいる。休み時間になるたびに声を掛けられ、それぞれ別のグループへと誘われるようになった。数日前までは、二人で古代魔法の勉強をしながら過ごすのが当たり前だったのに。
今では、「ティアリス、こっちこっち!」「ルシア、ちょっと魔法のこと教えて!」と、それぞれ違う場所へ連れて行かれてしまう。
二人で一緒にいたいと思っても、そう上手くはいかない。別々に質問を受けて、別々に笑い合って。ルシアが隣にいない時間が、少しずつ増えていった。
古代魔法が使えた後の事なんて想像していなかった。ずっと、同じ時間が過ぎると思っていた。だけど、そうじゃなかった。
ルシアは古代魔法を発動させた功績を讃えられ、私は唯一古代魔法を使える王女として注目を集めた。そうなると、もう……周りが放っておかなくなった。
それはとても良いことだと思う。親しい人が多くなるのは味方が増えることになるし、これ以上に色々とやりやすくなるのは分かる。
でも、それを素直に喜べない自分がいる。そして、悪いことも考える。もし、古代魔法が発動しなかったら、ずっとルシアと二人で居られたんじゃないかって。
……そんなのルシアを侮辱する言葉だって分かる。それだけ、私にとってルシアとの日常は眩しくて尊い日々だった。
こんなんじゃ駄目。私はもっとルシアに必要とされたい。古代魔法を習っていた頃よりも、もっとずっと強く必要とされたい。
その為に私が出来ること……そうよ。ルシアが前に言っていた、魔力を増やす手段。それを見つければ、私はもっと必要とされる。
だって、私は古代魔法を使える。そしたら、魔力を増やす手段が使えるってことじゃない。
もし、本当に魔力を増やす方法が見つかったら――ルシアはきっと嬉しくなる。
『本当!? ティアリス、すごい!』
そんなふうに、子どものように嬉しそうな笑顔を浮かべてくれる気がした。
そして、その方法が古代魔法でしか実現できないものなら――ルシアには私が必要になる。
一緒に実験をして、一緒に考えて、一緒に失敗して、一緒に成功を喜ぶ。きっと、あの頃みたいに、また二人だけの時間が増える。
そう思うだけで、胸が高鳴った。
ルシアは、いつも私の事を考えて行動してくれた。魔法を使いたいという夢も。自分に自信を持ちたいという願いも。
だから今度は、私の番だ。ルシアが追い続ける夢を、今度は私が一緒に叶えたい。
魔力を増やす方法を見つけよう、誰よりも先に。そうすれば、ルシアはきっと喜んでくれる。
そして――今まで以上に、私を必要としてくれるかもしれない。そんな淡い期待を胸に抱きながら、私は新しい目標へ向かって、そっと歩き始めた。




