24.実力テスト
晴天に恵まれた訓練場。澄み切った青空の下、クラスの生徒たちは思い思いに声を掛け合い、普段よりもどこか浮き足立った様子を見せていた。
今日は、魔法の実力テスト。自分の実力を測る大切な機会ということもあり、誰もが期待と緊張を胸に落ち着かない様子だ。
やがて、生徒たちの前へ先生が進み出る。
「では、これより実力テストを始める。各自、自分が最も得意とする魔法を用いて、前方に設置された魔力障壁を破壊してもらう。どれだけ障壁を破壊できたかで評価を決める」
説明が終わると、生徒たちの表情に自信が浮かぶ。得意な魔法で挑めるのだから、力を発揮できると考えているのだろう。
そんな様子を眺めていると、不意に先生が私たちの方へ歩いてきた。
「それで――ティアリス。本当に実力テストを受けるんだな?」
その一言で、周囲の空気がぴたりと止まる。
「えっ……?」
「ティアリスが?」
「だって、魔法が……」
あちこちから驚きの声が上がった。魔法が使えないと誰もが知っている第一王女が、魔法の実力テストに参加する。
それだけで、生徒たちの視線は一斉にティアリスへと集まっていた。
注目が集まる中、ティアリスは真剣な顔で先生を見つめた。
「はい、大丈夫です。ですが、私が使うのは古代魔法。杖の使用を許可していただいても大丈夫ですか?」
「……本当に古代魔法が使えるようになったのか? ……まぁ、得意な魔法なら何でもと言ったからな、現代魔法でも古代魔法でも大丈夫だ」
「ありがとうございます」
周囲がざわめく中でも、ティアリスは静かに前を見据え、微動だにしなかった。
やがて先生が離れ、実力テストの準備が始まると、案の定、ローゼリアたちがこちらへ歩み寄ってきた。
「約束は覚えていますわよね?」
優雅に笑みを浮かべながら、ローゼリアはティアリスを見下ろす。
「この実力テストで、私以上の実力を見せるという無謀なお約束を」
その言葉に、後ろの取り巻きたちがくすくすと笑い声を漏らした。
「まだ諦めてなかったんですの?」
「魔法も使えない方が実力テストなんて、恥を晒すだけですのに」
「王女殿下も大変ですわね。現実が見えなくなってしまわれたなんて」
好き勝手な言葉が次々と飛んでくる。その一つひとつに、胸の奥がじわりと熱くなる。
……まただ。ティアリスがどれだけ努力してきたかも知らないくせに。何度も壁にぶつかって、それでも前を向き続けてきたことも知らないくせに。
思わず言い返そうと一歩踏み出しかけた、その時だった。
「ルシア、大丈夫です」
そう言って、私の前に出た。そして、真っ直ぐローゼリアを見据える。
「そちらこそ、約束は覚えていらっしゃいますか?」
「……何ですって?」
「私が勝ったら、二度とルシアを侮辱しないと約束してくださいましたよね」
澄んだ声が、訓練場に静かに響く。
「私は、その約束を守っていただくためにここへ来ました」
その瞳には、一切の迷いがなかった。あれだけ自分に自信を持てなかったティアリスが、今は堂々と胸を張っている。その姿が誇らしくて、思わず胸が熱くなる。
ローゼリアは一瞬だけ目を細めると、すぐに口元を歪めた。
「ふふ……本当に救いようのない方ですこと。一度も魔法を使えたことのないあなたが、この私に勝つ? そんな夢物語を本気で信じているなんて」
わざとらしく肩をすくめると、周囲へ聞こえるように笑う。
「いいでしょう。その無意味な自信も、この実力テストで粉々に打ち砕いて差し上げますわ。あなたがどれほど無力なのか、皆さんの前ではっきりと思い知らせてあげます」
そう言って、ローゼリアはテストの場所へと移動していった。ローゼリアの言葉には苛立ったが、私のティアリスが負けるはずがない。
ローゼリアが魔法障壁の前に立つ。魔法障壁は全部で三枚。一枚目は藁の固まり程度の強度。二枚目は木の強度。三枚目は鋼鉄の強度。
普通の学生なら二枚目で止まってしまう。だけど、ローゼリアは――。
「はぁっ!」
巨大な氷の固まりが出現すると、勢いよく飛んでいく。一枚目を軽々と打ち破り、二枚目には氷の塊を貫き通す。そして、三枚目の障壁に大きなくぼみを作った。
それだけで周りから歓声が上がる。どれもローゼリアを讃える声で、拍手すら上がっていた。
満足の威力が出たのか、ローゼリアはこちらを見て笑っていた。まるで、私の魔法に勝てないくせに、と見下されている気分だ。
でも、負けている気がしない。
「ティアリス」
名を呼んで、手をギュッと握る。大丈夫、私はティアリスを信じているから。
「絶対に出来る。だから、頑張って」
「はい。行ってきます」
私の言葉に力強く頷くと、ティアリスはゆっくりと魔力障壁の前へ歩いていった。
以前なら、人前に立つだけでどこか自信なさげに肩をすぼめていたティアリスが、今は背筋を真っ直ぐ伸ばし、堂々と前を見据えている。
その凛とした立ち姿は、誰よりも王女らしくて。思わず息を呑んだ。
いつも隣で笑っているティアリスとは違う。強い意志を胸に宿し、自分の力で未来を切り開こうとするその姿は、眩しいほど格好よかった。気づけば、私は見惚れていた。
そのティアリスは静かに杖を構える。その瞬間――さっきまでざわついていた訓練場が、水を打ったように静まり返った。
誰もが息を止め、その一挙手一投足を見つめている。
ローゼリアも。先生も。クラスメイトも。誰一人として声を発しない。
ティアリスはゆっくりと目を閉じ、深く息を吸う。全身に満ちる魔力を感じ取り、一筋の流れとなって杖へと集めていく。
迷いはない。乱れもない。何度も何度も私と積み重ねてきた感覚を、一つひとつ丁寧になぞるように魔力を収束させていく。
やがて、意思を乗せて術式が完成する。
そして――ティアリスが静かに杖を振り下ろした、その瞬間。杖の先が眩い光を放ち――
――ドォォォォォンッ!!
耳をつんざくような轟音が訓練場を揺らした。激しい爆風が四方へ吹き荒れ、砂煙が一気に巻き上がる。
思わず身を伏せる生徒たち。私も腕で顔をかばいながら、必死にティアリスの姿だけを追い続けた。
巻き上がった砂煙が、ゆっくりと晴れていく。そして、その先に見えた光景に――誰もが言葉を失った。
魔力障壁は一枚目も。二枚目も。三枚目も。跡形もなく消え去っていた。
砕け散った欠片すら残っていない。そこにあったのは、更地のように抉れた地面だけだった。
静寂が訓練場を包む。誰も動かない。誰も声を出せない。
ちらりとローゼリアたちを見てみると、目を見開き、口を開けて呆然と立っていた。その間抜けな顔を見て、胸がスーッとした気持ちだ。
「ルシア!」
すると、くるりとこちらを向いたティアリスが駆け寄り、飛び掛かってきた。それを受け止めると、その場で一回転。
「一番上手くいきました! 見てくれましたか!?」
「あぁ、見たよ。完璧な魔法だったよ」
「ルシアのお陰です! 本当に、本当にありがとうございます!」
そうして、ティアリスは強く私を抱きしめた。喜びが全身から溢れているようだ。
そして、突然周囲から歓声が上がり、拍手が鳴る。みんながティアリスを讃えている。その光景が、自分のことのように嬉しかった。
何度失敗しても諦めず、ずっと一緒に魔法を研究してきた。笑った日も、落ち込んだ日もあった。それでも二人で前を向き続けたからこそ、この景色がある。
ティアリスはもう、「魔法が使えない王女」なんかじゃない。自分の力で未来を切り開いた、一人の立派な魔法使いだ。
「……おめでとう、ティアリス」
「はい!」
満面の笑みで返事をするティアリスは、日差しよりもずっと眩しかった。
その笑顔を見られただけで、私は今日まで頑張ってきて、本当によかったと思えた。
第二章、完。




