23.夢を掴む
どんどん距離を縮めてくるティアリス。
魔法の完成が近づくにつれて、発動まであと一歩という手応えを感じられるようになっていく。そして、それに合わせるように、私たちの距離も少しずつ縮まっていった。
気づけば、ティアリスが隣にいるのが当たり前になっていた。一緒に術式を考え、分からないところがあれば顔を寄せ合ってノートを覗き込み、気づけば肩が触れ合っている。
最初はその度に慌てて離れていたのに、今ではそれすら自然なことになっていた。
ティアリスが隣にいる。それだけで、不思議と心が落ち着く。
朝、起こした時に「おはようございます」と微笑みかけられるだけで一日が明るく始まる気がしたし、術式を一つ理解して嬉しそうに笑う姿を見れば、まるで自分のことのように胸が温かくなった。
その笑顔をもっと見たい。そんな気持ちが、いつの間にか私の中で大きくなっている。
だからだろうか。私は気づけば、ティアリスのことばかり目で追うようになっていた。
ノートへ向かう真剣な横顔。考え込むと無意識に髪へ触れる癖。美味しそうに食事を頬張る姿。眠くなると小さくあくびを我慢する仕草。
そんな何気ない一つひとつが目に入るたび、自然と頬が緩んでしまう。それだけじゃない。
「ティアリス、髪が少し乱れてるよ」
「あっ……ありがとうございます」
気づけば髪を整えてあげていたり。
「今日は根を詰めすぎ。少し休憩しよう?」
「えっ、でも……」
「甘いお茶も淹れるから」
「……はい」
疲れていそうなら休ませたくなったり。食事の量が少なければ「ちゃんと食べなきゃ駄目」と心配してしまうし、寒そうにしていれば毛布を掛けてしまう。
以前なら、こんなことまではしていなかったはずなのに。どうしても放っておけない。世話を焼いていると、ティアリスは決まって嬉しそうに笑ってくれる。
「ありがとうございます、ルシア」
その笑顔を見るたびに、胸の奥がふわりと温かくなる。それだけで十分だと思えてしまう自分がいた。
……あれ? 私たちって、古代魔法を学ぶために一緒に暮らし始めたんだよね? なのに最近は、魔法のことを考えている時間と同じくらい、ティアリスのことを考えている気がする。
術式のことで悩むより先に、「ちゃんと眠れたかな」とか、「今日は笑ってくれるかな」なんてことばかり頭に浮かんでしまう。
共同生活の目的は、古代魔法の習得。そのはずなのに。いつの間にか私の心は、魔法よりもティアリスに振り回されるようになっていた。
……これって、本当に大丈夫なんだろうか。自分でも分からない感情に戸惑いながら、今日もまた私は、隣で楽しそうに笑うティアリスから目を離せずにいた。
◇
「今日はなんだか、いけそうな気がします」
静かな決意を宿した声でそう言うと、ティアリスは中庭の中央へ歩み出て、そっと杖を構えた。
ついさっきまで、魔力の流れを確認するために何度も抱き合っていた。魔力を集め、術式を組み上げ、杖へと収束させる感覚は、もう身体にしっかりと刻み込まれているはずだ。
だからこそ、胸の奥で確かな予感が膨らんでいた。今日なら、きっと。
私は息を潜め、ティアリスの姿を見守る。ティアリスはゆっくりと目を閉じ、大きく息を吸った。そして、感知した全身の魔力を少しずつ杖へと集め始める。
魔力は乱れることなく、川の流れのように滑らかだった。以前は途中で散ってしまっていた魔力が、今日は驚くほど素直に一つへとまとまっていく。
そのまま意思を乗せ、術式を組み上げる。魔力が幾重にも重なり合い、一つの魔法へと姿を変えていく様子がはっきりと伝わってきた。
……いい。いつもよりずっといい。魔力に迷いがない。
あと一歩。あと一歩で――。
「……っ!」
ティアリスが杖を握る手に力を込めた、その瞬間。杖の先が眩しく輝き――。
――ドォンッ!!
乾いた轟音とともに、杖の先で小さな爆発が巻き起こった。
舞い上がる土煙。風に揺れる草花。頬を撫でる熱気。
その光景を目にした私は、思わず目を見開いた。今のは、間違いない。術式が完成し、魔法が世界へと放たれた証。古代魔法が――発動したんだ。
「ティアリス!」
気づけば私は駆け出していた。
「魔法が発動したよ!」
「ほ、本当ですか……?」
ティアリスは信じられないというように自分の杖と、その先に残る魔力の余韻を見つめる。やがて、その意味を理解した瞬間――ぱっと花が咲くような笑顔が、その顔いっぱいに広がった。
「私……魔法が使えるんですね!」
「うん、そうだよ! ティアリスはちゃんと魔法が使えるんだよ!」
「本当に……本当に……。全てルシアのお陰です! ルシアが親身に教えてくれたから、私は魔法を使えました!」
「ティアリスの努力の成果だよ!」
嬉しさのあまり、お互いに抱きしめ合う。ぎゅっと力強く抱き締めると、ティアリスも負けないくらい強く抱き返してくれた。
「ありがとうございます……ありがとうございます……!」
震える声からは、これまで積み重ねてきた努力と、ようやく辿り着いた喜びが溢れていた。
何度も失敗して。何度も諦めそうになって。それでも前を向き続けたからこそ、この瞬間がある。
そのことが嬉しくて、私まで胸がいっぱいになる。
「本当に頑張ったね、ティアリス」
「はい……っ!」
ゆっくりと身体を離す。名残惜しさを感じながら顔を上げると、すぐ目の前でティアリスと視線が重なった。
一瞬だけ、お互いに何も言えなくなる。そして――。
「ふふっ」
「あははっ」
どちらからともなく笑みが零れた。嬉しくて。おかしくて。ただ隣にいる相手と、この喜びを分かち合えることが幸せで。言葉なんてなくても、それだけで十分だった。
青空の下、私たちは何度も目を合わせては笑い合った。その笑顔は、今日という日が二人にとって忘れられない一日になったことを、何よりも物語っていた。




