22.意識が逸れる
「じゃあ、最後の『発動』に移って行こうか。感知で体中の魔力を感じ、それらを杖に収束する。杖に意思を流して魔法を構築し、出来上がった魔法を杖の先から発動する。これが一連の流れね」
「難しそうですね……出来るでしょうか」
「大丈夫。一番難しい術式を理解したんだから、ここからは何度も試していくだけだから」
そう言って、私は自分の杖を握りしめた。
「まず、どんな流れになるのか感じた方がいいと思う。私に――」
「だ、抱きしめればいいんですよねっ」
「……うん。それに杖を掴んでいる私の手も握って」
前よりは緊張しなくなったけれど、それでも複雑な気持ちになる。……複雑? 前はただ恥ずかしいっていう気持ちだけだったけれど、今は何か違う感情が混ざっているように感じる。
なんだかはっきりとしない気持ちに落ち着かない気でいると、ティアリスが近づいてきた。私の体をそっと抱き寄せ、杖を握った手を包み込むように握りしめる。
何度か抱き合う内にこの感触にも慣れてきた。今では、とても心地いい気持ちになる。……どうして?
「ルシア?」
「あぁ、ごめん。じゃあ、発動までの流れを再現するよ」
しまった、今大事なのはこっちだ。私はすぐに魔力を感知して、杖に収束した。そして、構築する術式を組み込むと、発動させる。だけど、杖の先からは魔法は出てこない。
「これが魔法の発動までの魔力の様子だよ。ちゃんと感じられた?」
「……はい。魔力が集まっていく感触、魔力が魔法に構築されていく感触、発動される感触。どれも感じることが出来ました」
「良かった。じゃあ、ちょっとやってみて」
「……もう一度、やってくれませんか?」
「えっ、もう一度? いいけど……」
そう言って、私はもう一度発動までの魔力の感触を教えていった。
◇
その後も私は何度も魔力を流し、ティアリスはその感覚を確かめるように、一つひとつ丁寧になぞっていった。
何度も繰り返すうちに、魔力の流れは少しずつ安定していく。けれど、真剣な横顔を見つめていると、どこか落ち着かない様子が伝わってきた。
術式だけを見ているようで、時折、何か別のことを意識しているような――そんな気がする。それでも集中を切らさずに練習を重ねたお陰で、ティアリスの魔法構築は見違えるほど滑らかになっていった。
そして、魔法の発動直前まで辿り着くと、ティアリスがおずおずと口を開く。
「……魔法を発動するまで、ちゃんと魔力が正しく流れているか、確認していただいてもいいですか?」
「もちろん」
頷くと、私はティアリスの前へ歩み寄った。
「じゃあ、失礼するね」
「……はい」
そっと腕を回し、その身体を抱き寄せる。近づいた途端、ふわりと優しい香りが鼻先をくすぐった。
こんなにも近い距離で触れ合うのは、魔力を確認するために必要なこと。そう頭では分かっているのに、胸は素直に言うことを聞いてくれない。
鼓動が少しだけ速くなるのを悟られないよう、私はそっと意識を魔力へ向ける。ティアリスの身体を巡る魔力は、以前よりもずっと滑らかだった。迷いなく流れ、絡み合い、術式を一つずつ組み上げていく。
「うん……大丈夫。この調子なら、ちゃんと発動までいけそう」
そう伝えると、腕の中のティアリスがほっと息をついた。その小さな安堵が胸越しに伝わってきて、また心臓が忙しなく跳ねる。
……駄目だ。ちゃんと魔力を見ないといけないのに、近すぎるこの距離を意識してしまう。
そんな照れくささを胸の奥へ押し込みながら、それからも何度も確認を繰り返し、ティアリスが魔法を発動できるその瞬間まで、私は付きっきりで練習に付き合った。
◇
それからというもの、ティアリスはことあるごとに「魔力の流れを確認したいので」と言って、私を抱きしめたり、「ルシアもお願いします」と照れくさそうに抱き寄せてほしいと頼んだりするようになった。
もちろん、それは魔法を発動するために必要な確認だ。私もそう自分に言い聞かせて、そのたびに頷いてきた。
……なのに。回数を重ねるほど、意識は魔力ではなくティアリスへと向かってしまう。
腕の中に収まる柔らかな温もり。近づくたびにふわりと香る、爽やかな中にほんのり甘さを含んだ匂い。そっと触れ合う身体越しに伝わる鼓動。
本当は魔力の流れだけを感じなければいけないのに、そのどれもが胸を騒がせて、落ち着かなくなる。
恥ずかしい。なのに、その温もりが心地よくて。早く離れなきゃと思うのに、あと少しだけ、この時間が続けばいいと思ってしまう。
そんな自分に気づくたび、胸の奥がきゅっと締め付けられた。……どうして、こんな気持ちになるんだろう。
ティアリスと一緒にいるだけで嬉しくて。笑ってくれるだけで胸が温かくなって。少しでも触れ合えば、心臓がうるさいくらいに鳴り続ける。
そして、それは寝る時もそれを求められると、変な気分になる。
「ルシア、今夜もいいですか?」
ベッドに入ると、体を寄せてそう言ってくる。
「う、うん……」
戸惑いながらも頷くと、二人でベッドの上で抱き合う。日中よりも緊張して、鼓動が鳴る。
変なことを考えそうになる頭を必死になって魔法の事を考えるようにする。これは魔法のため、そう強く思っていると、少しだけ胸が苦しくなる。
なんでそうなるか分からない。魔法のためにしていることなのに、それが悲しいとか思うのはなんで?
……ティアリスも、私のように違うことを考えているんだろうか? だけど、それを聞くのが怖い。もし、違う答えが返ってくると思うと、それを聞きたくなくなってしまう。
だから、自分の気持ちを気にしないようにしていたのに――。
「ずっと、こうしていたいですね……」
そんなことを言われると、どうしようもなく心が乱れてしまう。それに同意する自分がいるから……。




