20.寝食を共に
ローゼリアたちが教室を後にすると、ようやく静けさが戻ってきた。教室に残されたのは、私とティアリスだけ。
さっきまでの騒がしさが嘘のように消え去り、穏やかな沈黙だけが二人を包んでいる。だけど、その静けさが少しだけ気まずい。
ほんの少し前まで、お互いの気持ちをぶつけ合ってしまったのだから。何から話せばいいのか分からない。
それでも、伝えなきゃいけないことだけは決まっていた。
「……ティアリス。さっきは、本当にごめん」
そう口にすると、ティアリスがゆっくりと私を見上げた。
「ルシア……」
「私、自分の考えを押しつけちゃってた。ティアリスが何に苦しんでいたのか、ちゃんと見ようとしてなかった」
自分で言っていて、胸の奥がまた少し痛む。
「ティアリスは私の期待に応えたいって、何度も伝えてくれてたのに……私は古代魔法を前に進めることばかり考えてた」
もっとティアリス自身を見ればよかった。もっと、その気持ちに寄り添えばよかった。その後悔は、今でも胸の中に残っている。
すると、ティアリスは小さく首を横に振った。
「……それは、私も同じです」
その声は、とても穏やかだった。
「ルシアは私のためを思って、新しい解釈まで考えてくださいました。それなのに私は、自分のことで精一杯になってしまって……ルシアの優しさを受け止めることができませんでした」
少しだけ眉を下げて、申し訳なさそうに微笑む。
「私も……ごめんなさい」
その言葉を聞いた瞬間、胸の中で張り詰めていたものが、ふっとほどけていく。
ティアリスも、私と同じように悩んでいた。傷ついたのは私だけじゃない。傷つけてしまったことを苦しんでいたのも、私だけじゃない。
そう思うと、不思議なくらい心が軽くなった。ティアリスは怒ってなんかいなかった。その事実だけで、胸いっぱいに安堵が広がっていく。
「……お互い、すれ違っちゃったね」
思わず苦笑すると、ティアリスもくすりと笑った。
「ふふっ……少し、お互いを想う気持ちが強すぎたみたいですね」
その一言に、私も自然と笑みがこぼれる。
「……そうかも」
目が合って、どちらからともなく笑い合う。たったそれだけなのに、さっきまで感じていた距離は、もうどこにもなかった。
ちゃんと伝え合えた。ちゃんと、向き合えた。その温かな実感が、お互いを優しく満たしていた。
「さて、ひと月後に成果を見せないといけないことになったけど……。今のままだと、圧倒的に時間が足りないと思うの」
「……そうですね。まだまだ、たくさんルシアに学びたいです」
「だったら、いい案があるんだよね」
「それはなんですか?」
「ズバリ、ティアリスと一緒に住むってこと!」
「一緒に……住む?」
古代魔法をひと月で発現させるためには、たくさんの時間が必要だ。その為にも、私たちはもっと一緒にいる必要がある。
「朝起きてからの僅かな時間。登校時間。学園から帰ってきた後から寝るまでの時間。これを全部、古代魔法の勉強に当てるの」
「それだけ学ぶ時間が増えると、古代魔法を使える確率が増えますね」
「だからね、ティアリス――」
私はティアリスの手をギュッと握ると、笑みを浮かべてこう言った。
「私の屋敷に期間限定で一緒に住んで!」
◇
小さな敷地の中に、可愛らしい屋敷が建っている。派手さはないけれど、手入れの行き届いた庭と温かみのある外観が、どこか心を落ち着かせてくれる。
これが、私の住んでいる場所。
「ティアリス、ようこそ我が家へ!」
「お、お邪魔します……」
ティアリスはしばらく私の家で暮らすことになり、必要な荷物を持って我が家を訪れた。
両手で荷物を抱え、どこか落ち着かない様子で立っている姿は、緊張と期待が入り混じっているように見える。
ゆっくりと屋敷の中に入ってくる。それだけで、何でか分からないけれど高揚する。
「まずは部屋に行こう。こっちだよ!」
ティアリスの荷物を持ってあげると、すぐに二階に駆けあがった。真っすぐに私の部屋に向かうと、部屋にティアリスを入らせる。
「わぁ、ここがルシアの部屋……。思った通りに本がいっぱいありますね」
「隣の部屋にもあるんだよ。それでも収めきれないのは、地下に入っているんだ」
「そ、そんなにあるんですか?」
古代魔法の文献だけじゃなくて、現代魔法の文献もあるから、家の中は本だらけだ。
「じゃあ、服をクローゼットに仕舞わなくっちゃ。荷物、開けていい?」
「あっ……私もやります」
二人でカバンを開けると、中から服を取り出す。そうして、クローゼットを開けてハンガーに服を吊るしていく。
クローゼットの一角にティアリスの専用の場所が出来た。……なんか、それだけで心がむずむずとした。嫌な感じじゃない、嬉しい感じ。
ふと、隣を見てみると――ティアリスが嬉しそうに微笑んでいた。……なんで、二人してこれだけで嬉しいって感じるんだろう?
「じゃあ、小物類はこのタンスに入れてもらって――」
「そ、それは私がやります!」
新しく用意した小さなタンスを指さすと、そそくさとティアリスがカバンを持ってタンスに小物類を詰め込んでいく。
……まぁ、それは触って欲しくないよね。見ているだけで、なんだか恥ずかしい気持ちになる。
「――終わりました。色々と準備をしてくださって、ありがとうございます」
「いやいや、これくらい全然! ……あっ、でも一つだけ問題があって」
「問題、ですか?」
「ベッドだけはどうにもならなかったんだよね。だから、その……しばらくは私のベッドで一緒に寝ることになるんだけど、大丈夫?」
「えっ……ルシアと、一緒に……?」
すると、ティアリスの頬がみるみる赤く染まっていく。
「や、やっぱり嫌だった?」
「い、嫌じゃありません! むしろ――」
「むしろ……?」
「っ……な、なんでもありません」
慌ててぶんぶんと首を横に振ると、ティアリスは耳まで真っ赤にしながら視線を逸らした。
「その……よろしくお願いします」
「う、うん。よろしくね」
私もつられるように頬が熱くなる。たった一緒に寝るだけ。そう思うのに、どうしてこんなに意識してしまうんだろう。
ティアリスもどこか落ち着かない様子で指先をもじもじと動かしていて、その仕草が可愛らしくて、余計に胸がどきりとした。
なんだか部屋の空気まで熱くなった気がする。
……私、どうしちゃったんだろう。ティアリスと一緒にいるだけで、こんなにも胸が落ち着かなくなるなんて。
「と、とにかく! しばらくよろしくね、ティアリス!」




