19.見返したい相手
「ティアリス……遅いな……」
どれくらい時間が経ったのだろう。三十分も待ったのに、ティアリスが戻ってくる気配はなかった。
一人きりの静けさが、嫌でもさっきのやり取りを思い出させる。
『私は……ルシアの隣にいられませんか?』
震える声が頭の中で再生され、涙で滲んだ瞳が脳裏をよぎる。そして、自分が返してしまった言葉。胸の奥が、ずきりと痛んだ。
「……まさか」
嫌な想像が頭をよぎる。もしかして、古代魔法を諦めてしまったんじゃないだろうか。
いや、それだけじゃない。私に失望して、もう会いたくないと思っていたら。もう一緒に勉強したくないと思っていたら。
そんな考えが次々と浮かび、心臓が嫌な音を立て始める。
「違う……そんなはずない」
そう呟いても、不安は少しも消えてくれない。むしろ、一人でいるほど悪い想像ばかりが膨らんでいく。いても立ってもいられなかった。
「……迎えに行こう」
勢いよく椅子から立ち上がる。このまま待っているだけなんて出来ない。ちゃんと謝りたい。もう一度、ティアリスと話したい。今度こそ、本当の気持ちを伝えたい。
その一心で、私はティアリスが去っていった方向へ駆け出した。
中庭を見渡し、木陰やベンチの周りまで探してみる。けれど、その姿はどこにもない。鼓動はさらに速くなる。
「ティアリス……!」
祈るような気持ちで建物の中へ飛び込み、廊下を駆け抜ける。
教室、図書室、人気の少ない渡り廊下。ティアリスが一人になりたそうな場所を、思いつく限り探し回った。
そして、ある教室の前を通り過ぎた時――声が聞こえた。その声は、ローゼリアの声と似ていて、嫌な予感が過った。
そっと、教室の扉を開くと――ローゼリアと取り巻きたちがティアリスと対峙しているところだった。
ローゼリアは上機嫌な顔をして、折りたたんだ扇子でティアリスの顎を上げる。
「その反抗的な目……屈服してさしあげたいですわね」
ティアリスは睨みつけているが、ローゼリアはそれも楽しい余興のように振る舞う。
「あなたは何をしても駄目な王女。生まれながらに誰よりも膨大な魔力を授かっておきながら、それをたった一つも魔法へ変えられない欠陥品なのですから、周囲があなたに期待しなくなるのも当然ですわ」
ローゼリアは扇子の先でティアリスの顎を持ち上げたまま、愉快そうに笑みを深める。
ティアリスの肩がぴくりと震える。それでも唇を固く結び、一言も言い返さない。
その様子を見て、ローゼリアはさらに追い打ちをかけるように口角を吊り上げた。
「最近はルシアさんにべったりだそうですけれど、珍しく一人でしたわね。もう、見限られました?」
その一言でティアリスの表情が悲し気に歪む。それを見たローゼリアはニヤリと笑う。
「あら、図星ですの? ふふっ、お可哀そう。あなたはようやく、自分が見捨てられ始めていることに気づいたのですね。期待に応えられない王女など、いずれ置いていかれるに決まっていますわ」
ローゼリアの言葉にティアリスの表情が曇っていく。そんなの――黙ってみていられるわけがない!
「だから、今後は私の下で――」
「ちょっと、待ちなさいよ! 好き勝手に言わないでくれる!? 誰が誰を見捨てたって!?」
扉を思いっきり開けると、怒鳴り声を上げながら教室へと入った。私の登場でローゼリアたちは驚いた顔をしていたが、すぐに表情を整える。
「あなたに見捨てられた王女を、私が拾おうとしただけですわ」
「誰も見捨ててないんだけど……。私の大切な人に手を出さないでくれる?」
「大切な人? この欠陥王女が? ふふっ、笑わせないでくださいます? こんな王女になんの価値があるんですか」
私はティアリスの前へ立ち、その姿を庇うようにローゼリアを見据えた。
「価値があるかどうかを決めるのは、魔法が使えるかどうかじゃない。私は毎日ティアリスを見てきた。誰よりも知ってる。だから、あなたなんかにティアリスを語ってほしくない」
真っすぐに伝えた言葉にローゼリアが眉をひそめる。何かを言いたげに口を開こうとするが、私がそれを遮る。
「ティアリスは、一度も逃げたことがない。古代魔法は、今まで誰も成功させたことがないくらい難しい。文献は複雑で、一つの術式を理解するだけでも何日もかかる。それでもティアリスは、分からないからって投げ出したことなんて一度もない」
昨日できなかったことを、今日も挑戦する。今日できなかったことを、明日もう一度挑戦する。
何度つまずいても、何度悔し涙を流しても。ティアリスは、必ず前を向いていた。
私はその姿をずっと傍で見てきた。だから、分かる。
「誰よりも真剣に考えて、誰よりも誠実に努力してる。その姿を、私はずっと隣で見てきた。ティアリスは欠陥なんかじゃない」
むしろ、可能性の塊だ。諦めずに努力を続ければ、絶対に実を結ぶ。それだけの力がティアリスにはあるんだ。
私はティアリスに振り返りる。切なげな視線と目が合う。それだけで、あの時の後悔が蘇ってくるみたいだ。
だから、後悔はしないように、ちゃんと自分の気持ちを伝える。
「だから私は期待してる。期待しているから教えてる。期待しているから、一緒に悩んで、一緒に考えて、一緒に前へ進みたいって思ってる」
少しだけ声が震える。こんな言葉で伝わるんだろうか。もっと、他に良い言葉があったんじゃないだろうか。不安が押し寄せてきて、弱気になってしまう。
何か他の言葉を――そう思っていると、ローゼリアが邪魔をする。
「まだ結果が出ていないのではなくて? 結果が出てない以上、それは欠陥王女ですわ」
「……あんたっ」
「悔しかったら、ひと月後の魔法実力テストで私よりもいい成績を残して下さらない? まぁ、無理だとは思いますけれど」
別にその話に乗らなくてもいい。古代魔法はもっとじっくりと進めるべきだと思っていたから。だけど――。
「もし、そのテストでいい結果を出せば、ティアリスに酷い事は言いませんわ。もちろん、あなたにも」
「……それ、本当? もう、ティアリスを侮辱しない?」
「えぇ、約束ですわ。ですが、もし結果が出ないようでしたら、ティアリスには私の付き人になってもらいますわ」
「はぁ!? 何その交換条件!」
「ただでそう言うと思っていらしたの? 全く、緩い頭ですこと」
ティアリスが付き人? そんなの絶対に許さない。ティアリスの隣にローゼリアが立つなんて……。
「その話し、受けます」
その時、ティアリスの声が聞こえた。先ほどとは打って変わって、強気な顔をしてローゼリアを見ていた。
「ルシアをこれ以上侮辱されたくありません」
「そう、なら話しは決まりね。ひと月後、魔法の実力テストで私よりもいい成績を残してください。学年一位の成績を誇る、私に勝てればいいですね」
そう言って、ローゼリアは怪しく笑った。




