16.構築
「昨日は感知と収束をやったね。今日は三段階目の構築に進もう」
いつもの中庭のテーブル席に向かい合って座り、今日も古代魔法の授業が始まる。
「構築っていうのは、集めた魔力に術式を組み込んで、魔法の形を作る工程なんだ。術式は頭の中で組み立てたものを、そのまま魔力に反映させるイメージだね」
そう言いながら、鞄から一枚の紙を取り出してテーブルの上へ広げる。紙いっぱいに、文字や数字、幾何学模様のような図式がびっしりと書き込まれている。
「本来は自分で術式を組み立てるんだけど、いきなりは難しいからね。まずは先人が作った定型術式を使うところから始めよう。今日はその一つを持ってきたよ」
ティアリスは紙を覗き込むと、目を丸くした。
「これが……魔法を構築するための術式ですか? 現代魔法より、ずっと複雑ですね」
「うん。現代魔法は古代魔法の術式を極限まで簡略化して、誰でも扱えるようにしたものだからね」
私は術式の一部を指差す。
「でも、古代魔法は違う。一つひとつの術式を理解し、自分で魔力に組み込まなければならない。だから、知識と理解がなければ魔法そのものを発動できないんだ」
「だから古代魔法は、一部の人しか使えなかったんですね」
「そういうこと。逆に言えば、この術式を理解して自在に組めるようになれば、現代魔法では再現できない魔法だって生み出せるようになるよ」
そう、古代魔法には現代魔法で成し得ない魔法を作り出すことが出来る。こういうところにロマンを感じるよねー……古代魔法最高!
「えっと……意味が分からないので始めから教えてもらってもいいですか?」
「もちろんだよ! ティアリスが完璧に覚えるまで、つきっきりで教えるね!」
ここからが私の本領発揮! ちゃんと、ティアリスが分かるように丁寧に詳しく教えるんだ。
◇
「……ちょっと、休ませてください」
そう言って、ティアリスはテーブルに突っ伏した。
「えぇっ!? ここまでは基礎構造の記述だけだよ。本題はここから。魔力の性質を規定する属性定義術式と、その情報を安定化させる制御術式を組み込んでいくんだ。それに――むごっ」
早口で説明しようとすると、ティアリスの手が私の口を塞ぐ。向けてくる表情は心底困ったような顔をしていた。
「もう少し、考える時間を下さい。頭の中が整理されていない中で次々と情報を渡されても困ります」
「むご……」
そんな……一気に理解したほうが分かりやすいと思ったのに。ティアリスはそうじゃなかった?
私はティアリスの手を掴むと、そっと口から外した。
「ティアリスは自分で考える時間が欲しかったんだね。ごめんね、急に詰め込んじゃって。古代魔法を教えるのはこれが初めてだから、つい嬉しくなっちゃって喋りすぎたみたい」
「ルシアが古代魔法に凄い情熱を注いできたんだなっていうのが分かりました。ちょっと、ルシアのその気持ちを甘くみてました」
お互いに俯いて反省する。今までは気持ちが合っていたけれど、大事なところに来て合わなくなってしまった。
もっとティアリスに古代魔法を知って欲しい。そんな気持ちが強くなって、ティアリスの気持ちを考えなかった。
もしかして、引かれたかな? そう思うと、胸がズキリと痛みだす。そんな風に思って欲しくないのに、歯止めが利かなかった。これは、私の落ち度だ。
「それにしても、古代魔法って凄く細かいんですね。リンゴが一つある、っていう文章を懇切丁寧に表現しているような気がします」
「古代魔法は、魔法を願うんじゃなくて、設計する魔法なんだよ。だから、魔法を構成する考え方を一つひとつ術式に落とし込む必要がある。その積み重ねが、この膨大な術式なんだ」
「……習っていた現代魔法とは全く違いますね。少しでも似たようなところがあると思っていましたが、全然違いました。私の見込みが甘かったです」
そういって、ティアリスは悔しそうに手を握りしめた。その姿は今まで挫折してきた人のようで、胸がざわついた。
もしかして、ティアリスも古代魔法が難しくて諦めるんじゃないか。他の人が諦めてしまったように、自分の可能性を諦めてしまうんじゃないか。そうなってしまうのが、怖かった。
諦めないで、っていうのは簡単だけど、大事なのはその気持ちを繋ぎとめること。私はどうしたら、ティアリスの気持ちを繋ぎとめられる?
「……悲しい顔をさせてしまって、すいません」
「えっ、あっ……そんな顔してた?」
「はい。見たことないほどに、悲しい顔をしてました」
しまった、顔に出ていたか。焦って取り繕おうとするも、今更遅いよね……。
「えっと、もっと簡単に教えるから、その……」
「ルシアは悪くありません! 理解出来ない私が悪いんです!」
おずおずと口を開くと、ティアリスが身を乗り出してきた。焦っているのか、とても強い口調だった。
だけど、その顔が歪む。今にも泣きそうな顔をして、まるで捨てられた子猫のように悲しい顔になった。
「私……ルシアの期待を裏切るようなことをして、情けなくて。それが辛くて……」
「ティアリス……」
「今までずっと色んな人の期待を裏切ってしまったから……。もし、ルシアの期待に応えられなかったらって思うと……」
絞り出した言葉にティアリスの苦しみが詰まっているようだった。その気持ちを思うと、私も胸が痛い。私も期待を裏切ってきたから……。
すると、私の手にティアリスの手が添えられる。震える手でギュッと握ってきた。
「ルシアにだけは失望されたくないんです……。だから、私を見捨てないでください……」
「……うん、絶対に見捨てない。約束、したじゃない」
もう片方の手でティアリスの手を包み込み、ギュッと握りしめた。絶対にティアリスを見捨てない。絶対に古代魔法を使えるようにするから。




