11.町で息抜き
通りを走っていくと、王城の門が見えてくる。そこに視線を向けると、見知った姿を見つけた。
「ティアリス!」
声をかけると、ティアリスがこちらを向いた。その姿を見た瞬間、思わず足を止めてしまった。
いつもは背中まで流している銀の髪は、緩やかなウェーブを描きながら後ろで上品に結い上げられている。陽の光を受けるたびにさらりと輝き、柔らかな髪が頬を優しく彩っていた。
身に纏っているのは、鮮やかな青色のワンピース。装飾は決して派手ではなく、町娘が着るような質素な服だ。それなのに、不思議とティアリスが着るだけで品のある一着に見えてしまう。
姿勢はいつものように美しく、控えめに両手を重ねて立つだけで、まるで絵画の中から抜け出してきたお姫様のようだった。
……綺麗。なのに、可愛い。気づけば、その姿に見惚れていた。
「ルシア? どうかしましたか?」
不思議そうに首を傾げられて、私は慌てて我に返る。
「えっ!? あっ、いや、その……」
何か言おうとしても言葉が出てこない。普段なら何でも思ったことを口にできるのに、今日は違った。胸が少しだけ落ち着かなくて、鼓動が速くなっている気がする。
「その服……すごく似合ってる。綺麗だし可愛い」
ようやく絞り出した言葉に、ティアリスは一瞬きょとんと目を丸くした。
「……本当ですか?」
「うん。いつもとは違う、感じっていうか……いつもと違うから凄く良いっていうか……。ごめん、何言ってんだろう」
そう言うと、ティアリスは照れくさそうに頬を染め、小さく微笑んだ。
「ありがとうございます。そんなふうに褒めてもらえたのは初めてです」
その柔らかな笑顔を見て、また少しだけ胸が温かくなる。……やっぱり、その笑顔の方がずっと好きだな。
「ルシアも、とても似合っていますよ。綺麗な黒髪に合う白いブラウスに、模様が綺麗な紺色のスカート。ふふっ、私たち青色でお揃いですね」
「なんか、改めて言われると恥ずかしいな……。少しはティアリスと釣り合う……かな?」
「一緒にいて、可笑しくはないですよ。それどころか、その……お似合いだと、思いたいです」
ティアリスが照れ臭そうに少しだけ俯いた。その言葉にむずむずとした嬉しい気持ちがこみ上げる。お揃いっていうだけでこんなに嬉しいなんて、初めての経験だ。
「こ、こんなところで時間をかけるわけにはいかないよ! さっ、時間は有限だから町を楽しもう?」
気持ちを隠すように無理やり元気に見せると、ティアリスの手を掴む。そして、引っ張って歩き始めた。今日はティアリスにとことん楽しんでもらうんだ!
◇
二人並んで町を歩く。
休日の大通りは大勢の人で賑わい、焼き立てのパンの香ばしい匂いや甘い果物の香りが風に乗って漂ってくる。威勢のいい呼び込みの声や、楽しそうに笑い合う人々の声が町中に響き、歩いているだけで心まで弾んでくるようだった。
露店を一軒一軒覗いては、色鮮やかな雑貨や職人が作った細工、可愛らしいぬいぐるみを並んでいるのを眺める。気になるものを見つけるたびに自然と足を止め、お互いに顔を見合わせて微笑み合う。その穏やかな時間が、とても心地よかった。
歩きながら交わす他愛もない会話も尽きることがない。古代魔法の話、学園での出来事、町で見つけた珍しいもの。話題は次々と移り変わり、そのたびにお互いの笑顔も増えていく。
中でも、ティアリスの笑顔は今まで見たどの笑顔とも違っていた。誰かに見せるために作った王女の微笑みではない。
肩の力を抜き、心から楽しそうに笑う自然な笑顔。その柔らかな表情を見るたび、思わず足を止めそうになるほど見惚れてしまう。
笑うたびに胸の奥がじんわりと温かくなり、その笑顔をもっと見たいという気持ちが膨らんでいく。だから、気になる店を見つけては足を運び、広場へ向かい、小道へ入ってみたりと、町中を歩き回った。
ティアリスが新しい景色を見るたびに目を輝かせ、そのたびに自然と笑顔を浮かべてくれる。それだけで十分嬉しくて、もっと色々なものを見せたい、もっと楽しんでもらいたいという思いが止まらなかった。
ティアリスが気になった屋台を指さすと、すぐに屋台に近寄って食べ物を買った。それはクレープで、ティアリスは手に持って食べるクレープが初めてだったから、とても興味津々だった。
二人で手に持ってクレープを食べる。甘いクリームと瑞々しいフルーツが美味しい。ティアリスはどんな反応なのか見ていると、目を輝かせてもぐもぐと食べていた。
だけど、食べ慣れないのか、クリームを口の端につけている。……なんか、可愛い。
「クリームが付いているよ」
そういって、指で拭ってあげると、手に付いたクリームを舐めた。
「えっ、あっ、ルシア……」
「ん? どうしたの?」
「……な、なんでもありませんっ。……そういうことを無意識にするのは反則です」
「ん? なんか言った?」
「……もう、いいです」
すると、顔を赤くしてティアリスが戸惑っていた。その不可解な様子に首を傾げていると、ちょっと怒ったようにそっぽを向いた。私、なんかした?
ティアリスの機嫌を取りつつ、さらに町を散策していく。すると、可愛らしい店構えの店舗を見つけた。それを見たティアリスは目を輝かせたから、手を引っ張って店内へと入って行った。
店内へ足を踏み入れると、思わず感嘆の息が漏れた。
壁一面には色とりどりの髪飾りが並び、木製の棚には花を模した髪飾りや宝石をあしらった簪、繊細な刺繍が施されたリボンが整然と飾られている。窓から差し込む陽の光を受け、小さな宝石や硝子細工がきらきらと輝き、まるで宝箱の中に迷い込んだような光景だった。
「わぁ……」
自然と声が漏れる。こんなにも沢山の髪飾りを見るのは初めてだ。どれも可愛らしくて、綺麗で、見ているだけで胸が弾んでくる。
隣を見ると、ティアリスも目を輝かせながら一つひとつを丁寧に眺めていた。花を模した飾りの前で足を止めたり、小鳥の羽をあしらった髪留めを手に取ったり。そのたびに表情がころころと変わり、本当に楽しそうだった。
そんな姿を見ているだけで、私まで嬉しくなる。二人で並んで棚を見て回り、綺麗だね、可愛いねと感想を交わしながら店内を歩く。
その時だった。
「あっ」
棚の片隅に置かれていた二つのリボンが目に入る。どちらも澄んだ青色をしたリボンで、大きさも形もまったく同じだった。
並べられた二つは、まるで最初から一緒になるために作られたように寄り添っている。思わず足を止め、そのリボンへ手を伸ばした。
「それ、同じですね」
「えっ、あっ……うん。なんか、揃っているだけで可愛いよね」
ティアリスは並んだ二つのリボンをそっと見つめ、どこか愛おしそうに目を細めた。
「……お揃いって、いいですよね」
小さく零れたその声は、どこか切実だった。
「同じものを持っているだけで、自分は一人じゃないって思えるんです。離れていても、どこかで繋がっているような気がして……。昔から、そういうものに少し憧れていました」
その言葉に、私は思わずティアリスの横顔を見る。王女という立場だからこそ、誰かと気軽にお揃いの物を持つ機会なんて、きっとなかったんだろう。
だから、その何気ない願いが胸にじんと響いた。
「……うん、分かる気がする。今日だって、服の青色がお揃いって言われただけで、なんだか一日中嬉しかったし」
そう言うと、ティアリスが少しだけ驚いたようにこちらを見る。それはまるで、同意をしているように見えて、嬉しかった。
「一緒って、それだけで特別なんだよね。だから……」
私は二つ並んだリボンを手に取った。
「これ、二人で付けない?」
「えっ……?」
「同じリボンを付けて過ごしたら、もっと楽しい気がする。ほら、今日のお揃いは服だけだけど、これもあればもっと気分が上がるかなって。ほ、ほら! 魔法の練習だって捗るかもよ!」
言い終えてから、少し照れくさくなる。勢いで言ってしまったけれど、嫌だっただろうか。っていうか、最後はちょっと言い訳臭かったかもしれない。
お揃いが嬉しかったからって、私って単純だ。ティアリスを楽しませるために来たのに、これじゃあ私が楽しんでいるだけだ。……やっぱり、嫌かな?
恐る恐るティアリスを見ると、彼女は頬をほんのり赤く染め、胸の前で両手を重ねていた。
「……はい。私も、その……ルシアとお揃いなら、とても嬉しいです」
はにかむように笑ったその表情は、さっきまでよりもずっと柔らかかった。
その笑顔を見た瞬間、凄く嬉しくなった。飛び上がりたいほどの高揚感で体中がうずうずする。だけど、こんなところではそんなことはしない。
「じゃあ、決まり!」
私は思わず笑顔になり、二つの青いリボンを店員のもとへ持っていった。並んでいた二つのリボンは、これからは私たち二人のものになる。そう思うだけで、不思議なくらい胸が弾んだ。




