第1話 Days1 — Flashback (ちょっとだけ…巻き戻し)
『7日8日9日10日(なのか?用か、9日10日)』
Days1 — Flashback
(ちょっとだけ…巻き戻し)
夜の街は、静まり返っていた。
頭上には、星空が広がっている。
街灯が、道の端をほんの少し照らしていた。
人通りはほとんどなく、車の往来もまばら。
そんな夜道を、二人の親子が歩いていた。
いや、正確には――。
歩いているというより、勢いよくアパートを飛び出したものの、行き先も決めずに立ち尽くしている二人だった。
誠は、真剣な顔でなのかを見た。
「な、なのか……」
「……何?」
「ところで……どこに行ったらいい……???」
なのかは、ピタリと足を止めた。
「…………は?」
「いや、だから……どこに行ったらいいのかな、と……」
「ハァァァァ~~~~!?」
なのかの声が、静かな夜道に響き渡った。
「なんか考えがあって飛び出したんじゃないのかよ!!」
「いや、まぁ……あれだ……その……なんちゅうか……」
誠は、なぜか得意げに胸を張った。
「本中華……」
「…………」
「…………」
「……は?」
「いや、違う! そうじゃなくて!」
誠は慌てて両手を振った。
「オカアが心配で心配で、急いで捜さなきゃと思ってな! もう、居ても立っても居られなくなって……気がついたら、体が勝手に動いてたんだ!」
「…………」
「……つまりだな」
誠は、頭をポリポリとかいた。
「なんの考えもなしに飛び出してきちまった!」
「な、なんてな!?」
なのかの顔が、みるみる引きつっていく。
「こ、こ、こ、こ、こ、この――」
「な、なのか……さん?」
「クソ親父ぃぃぃぃぃっ!!」
バチィィィィィン!!
なのかの平手打ちが、誠の頬に炸裂した。
「ぐわぁぁぁぁっ!!」
続いて――。
ドンッ!!
「ぐはっ!!」
誠の腹に、なのかの蹴りがめり込んだ。
「お、おま……! ちょ、ちょっと待て……!」
「何が待てだ!!」
「俺はただ、オカアを心配して……!」
「だったら少しは考えろぉぉぉっ!!」
「い、痛ぁぁぁ……!!」
誠は腹を押さえ、その場にうずくまった。
夜空には、相変わらず星が輝いている。
静かな街に響くのは、誠の情けないうめき声だけだった。
「ううっ……。娘って……こんなに怖い生き物だったのか……」
「聞こえてるぞ!!」
「ひぃっ!!」
誠は、慌てて背筋を伸ばした。
そして、頬をさすりながら、恐る恐る口を開いた。
「ご、ごめんよ……悪かった……」
「…………」
「と、とりあえず、あれだ!」
誠は、急に思いついたように指を立てた。
「今日はもう夜も遅い! こんな時間に、なのかを連れ回すわけにもいかないだろ?」
「……だから?」
「だから、一旦アパートに帰ろう!」
「…………」
「それで、明日の朝一番から捜そう! なっ?」
なのかは、唇を噛んだ。
本当は、今すぐにでも母を捜しに行きたかった。
一分でも、一秒でも早く。
美雪が今どこにいるのか。
寒い思いをしていないか。
一人で困っていないか。
考えれば考えるほど、じっとしてなどいられなかった。
それでも――。
なのかは、夜の街を見回した。
人影はない。
車も、ほとんど通らない。
美雪となのかが住んでいる場所でもない所で、この暗い街で、何の手がかりもなく捜し回ったところで、母を見つけられる保証などなかった。
「……明日の朝一番だからね」
なのかは、誠を睨みつけた。
「絶対だからね!」
「お、おう! もちろんだ!」
誠は、勢いよく頷いた。
「任せとけ!」
――この男に任せて、本当に大丈夫なのだろうか。
なのかの顔には、そんな疑念がありありと浮かんでいた。
それでも、ひとまず帰ることにした。
ところが。
アパートへ向かって歩き出してすぐ、誠が思い出したように口を開いた。
「……あっ、なのか」
「今度は何だよ!」
「と、言うわけで……一旦帰って寝るぞ!!」
「…………」
「寝るところもないし、泊まるところもないだろうから……俺の部屋で……いっしょ……に……」
誠は、途中で言葉を止めた。
なのかの顔が、恐ろしいほど冷たくなっていたからだ。
「…………誰が?」
「え?」
「誰が、おまえと寝るって?」
「い、いや……だから、部屋が……」
「ふざけるなぁぁぁぁぁっ!!」
ドコォォォン!!
「ぐはぁっ!!」
バキィィィッ!!
「ぎゃあぁぁぁっ!!」
バチィィィィン!!
「ひ◯ぶっ!!」
バコォォォン!!
「お、お助けぇぇぇぇぇっ!!」
夜の街に、誠の悲鳴がこだました。
星空の下、父親は娘にボコボコにされていた。
これが、感動の親子再会から数時間も経っていない二人の姿である。
……何とも、先が思いやられる。
ようやく攻撃が止んだとき、誠は腹を抱え、足を引きずっていた。
「ううっ……。娘に会えたのは嬉しいが……」
誠は、涙目でつぶやいた。
「……こんなに痛いとは思わなかった……」
「何か言った?」
「い、いえ! 何も!!」
誠は、即座に背筋を伸ばした。
そして、なのかの少し後ろを、ひょこひょこと歩き始めた。
まるで、主人に叱られた犬のようだった。
******
アパートに戻ると、階段を上る二人の足音が、夜の静けさに響いた。
ドタ……。
ドタ……。
ズル……。
「……おい、なのか。ちょっと歩くのが速くないか……?」
「うるさい。早く歩け」
「いや、こっちは腹が……」
「何か言った?」
「いえ! 何でもありません!」
そのときだった。
階段の音を聞きつけたのか、隣の部屋の扉が開いた。
「おや、まぁ……」
出てきたのは、あのお婆さんだった。
お婆さんは、目の前の二人を見て、首をかしげた。
「勢いよく飛び出して行ったと思ったら……帰ってきたんかい?」
誠は、気まずそうに頬をかいた。
「あぁ……まぁ、ちょっとな」
「ちょっと、ねぇ……」
お婆さんの視線が、誠の赤くなった頬と、ぎこちない歩き方に向けられた。
「……誠さん、あんた、何をやらかしたんだい?」
「い、いや! 何もやらかしてねぇよ!」
「じゃあ、その顔は何だい?」
「これは……その……夜風が……」
「夜風でそんな顔になるもんかねぇ」
「…………」
誠は、何も言い返せなかった。
なのかは、そっぽを向いている。
お婆さんは、二人を交互に見てから、ふっと笑った。
「それで? 何かあったのかい?」
誠は、少し真面目な顔になった。
「婆さん……悪いんだけどよ」
「何だい?」
「なのかが、俺の部屋で寝るのはイヤだって言うんだよ……」
「当たり前だろうが!!」
なのかの怒声が飛んだ。
「ひぃっ!」
誠は、反射的にお婆さんの後ろへ隠れかけた。
「そ、それでだな……」
誠は、恐る恐る続けた。
「今晩、ひと晩だけ……婆さんのところで寝かせちゃもらえねぇかなぁ?」
お婆さんは、なのかに目を向けた。
「そうかい。わかったよ、誠さん」
「……いいのか?」
「こんな夜遅くに、女の子を外に出しておくわけにもいかないだろう?」
お婆さんは、優しく微笑んだ。
そして、なのかに向き直った。
「なのかちゃん。初めてお婆さんと会ったのに、知らない家に泊まるのはイヤだろうけどね」
なのかは、少し戸惑ったようにお婆さんを見た。
「今晩ひと晩だけ、うちにお泊まり」
「…………」
「遠慮なんかしなくていいんだよ」
お婆さんの声は、穏やかだった。
なのかは、すぐには返事ができなかった。
本当なら、今すぐにでも母を捜しに行きたい。
こんなところで休んでいる時間などない。
お母さんは、今どこにいるのだろう。
寒くないだろうか。
怖い思いをしていないだろうか。
もし、どこかで困っていたら――。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。
けれど、なのかはお婆さんの優しさを無下にすることもできなかった。
「……ありがとうございます」
小さな声で、そう答えた。
「いいんだよ。今夜はゆっくりお休み」
お婆さんは、なのかを部屋へ招き入れた。
その後ろ姿を見送りながら、誠は、ほっと胸を撫で下ろした。
「いやぁ、助かったよ、婆さん!」
「まったく……あんたも、もう少ししっかりおしよ」
「はい……」
誠は、しゅんとうなだれた。
「……明日は、ちゃんと捜すんだよ」
お婆さんの言葉に、誠の表情が変わった。
「あぁ……もちろんだ」
今度は、ふざけた様子もなかった。
「絶対に、美雪を見つける」
誠は、静かにそう答えた。
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その夜。
なのかは、お婆さんの部屋で横になっていた。
見知らぬ部屋。
見知らぬ布団。
聞こえてくるのは、時計の針が刻む音だけだった。
目を閉じても、眠れなかった。
母の顔が、何度も頭に浮かんでくる。
最後に見た母の姿。
母が自分に告げた言葉。
そして、今もどこかで一人きりかもしれない母のこと。
「……お母さん……」
なのかは、布団の中で小さくつぶやいた。
今すぐにでも、捜しに行きたい。
一分でも、一秒でも早く。
けれど、今は待つしかなかった。
明日の朝になったら、必ず捜しに行く。
絶対に、お母さんを見つける。
なのかは、胸の中で何度もそう繰り返した。
窓の外では、星が静かに輝いていた。
夜は、まだ長い。
そして――。
母を捜す二人の本当の一日が、これから始まろうとしていた。




