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『7日8日9日10日(なのか?用か、9日10日)』  作者: kiseki-ryu


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第1話 Days1 中盤パート 「何もない男」

『7日8日9日10日(なのか?用か、9日10日)』

Days1 中盤パート

「何もない男」


【読者の皆様へ】

本作品はフィクションです。登場する人物・団体・場所などは、実在するものとは関係ありません。

また、本作品では、若年性アルツハイマーについて、できる限り正確な医学的情報に基づいた描写を心がけておりますが、表現や解釈に不正確な点が含まれる可能性がございます。あらかじめご了承くださいますよう、お願い申し上げます。


一 新しい暮らし

誠が美雪となのかのもとを去ったあと。

美雪は、幼いなのかを連れて、新しい暮らしを始めた。

以前住んでいた家よりも小さな家。

けれど、そこには二人の生活があった。

「なのか、こっちにお洋服をしまおうね」

「オカア、ここ、おっきい?」

「前のお家より、少し小さいかな」

なのかは、部屋の中を見回した。

そして、ふと思い出したように尋ねた。

「オトウ、いないね」

美雪は、なのかの前にしゃがみ込んだ。

「そうね……」

少しだけ寂しそうに笑う。

「でもね、なのか」

「なあに?」

「オトウはね、とっても優しい人なんだよ」

「やさしい?」

「うん。オカアのことも、なのかのことも、大好きなんだよ」

なのかは、まだ幼い顔で、美雪を見つめていた。

美雪は、なのかをそっと抱きしめた。

「だからね、オトウのことを悪く思わないであげてね」

なのかは、美雪の胸に顔を埋めた。

「……うん」

その小さな返事を聞きながら、美雪はなのかを抱きしめ続けた。

二人は、二人だけの暮らしを始めた。

一方、誠もまた、一人の暮らしを続けていた。

ただし、誠の暮らしは、美雪となのかの暮らしとはまったく違うものになっていた。

二 築六十年のボロアパート

築六十年のボロアパート。

壁は薄く、畳は擦り切れ、窓の立てつけも悪い。

雨が降れば、どこからか湿った空気が入り込む。

そんな部屋の中で、誠は一人暮らしをしていた。

五十三歳。

かつては自分の会社を持ち、家族と暮らしていた男。

今は、日雇いの仕事と生活保護を頼りに、その日その日を生きている。

借金は、まだ残っていた。

取り立てから逃げるように暮らし、まともな生活を立て直そうという気力もない。

部屋の中には、脱ぎ捨てた服が転がっている。

空き缶。

食べ終わった弁当の容器。

新聞や雑誌。

片づける気など、さらさらなかった。

誠は、そんな部屋の中で、平然と寝転がっていた。

「……あー、暇だな」

テレビをつける。

画面には、競馬の中継が映っていた。

誠は、身体を起こした。

その目だけは、妙に真剣だった。

三 勝っても負けても

誠の一日は、ギャンブルを中心に回っていた。

パチンコ。

競馬。

競輪。

競艇。

オートレース。

麻雀。

金が入れば、勝負に出る。

勝てば、また次の勝負を考える。

負ければ、取り返そうとする。

その繰り返しだった。

「くそっ! 何で来ねえんだよ!」

競馬中継を見ながら、誠が声を荒らげる。

結果は、また負け。

「……チッ!」

新聞を丸めて、畳に放り投げた。

それでも、しばらくすれば、次のレースを気にし始める。

金がない。

借金もある。

明日の生活だって、決して楽ではない。

それでも、誠の頭の中にあるのは、次の勝負のことばかりだった。

勝っても、何も変わらない。

負けても、やめられない。

ただ、時間だけが過ぎていった。

四 うるせえな、大家さん

コンコン。

玄関の戸が叩かれた。

「誠さーん。いるかい?」

大家のお婆さんの声だった。

誠は、布団の中から返事をした。

「……いるよ」

「ご飯、持ってきたよ」

「……いらねえよ」

「そんなこと言わないで。ちゃんと食べなきゃ駄目だよ」

お婆さんは、いつものように部屋を訪ねてくる。

誠がまともに食事をしていないことを、よく知っていた。

「ほら、これ。食べな」

「……ったく。毎回毎回、余計なお世話だよ」

「はいはい。余計なお世話で結構」

お婆さんは、まったく怒らなかった。

誠がぶっきらぼうな態度を取っても、いつものことだと受け止めている。

「ちゃんと食べるんだよ」

「分かったよ」

「お皿は、あとで返しておくれね」

「……はいはい」

お婆さんは、誠の返事を聞くと、静かに部屋を出ていった。

誠は、置かれた食事を見た。

少しの間、黙っていたが、やがて箸を手に取った。

「……いただきます」

誰に聞かせるでもなく、ぼそりとつぶやいた。

五 散らかった部屋

数日後。

お婆さんは、再び誠の部屋を訪ねた。

「誠さん、ちょっと入るよ」

「何だよお」

「この部屋、少し片づけようかねえ」

「はあ? いいよ、別に」

「よくないよ。足の踏み場もないじゃないか」

お婆さんは、散らかった部屋を見回した。

床には服が散らばり、ゴミもたまっている。

「まったく、もう……」

そう言いながらも、お婆さんの声には怒りがなかった。

「ほら、誠さん。そこにある服、まとめておくれ」

「何で俺が」

「自分の服だろう?」

「……チッ」

誠は面倒くさそうに服を拾い始めた。

お婆さんも、ゴミをまとめたり、床を片づけたりした。

「誠さん、昔からこんなにだらしなかったのかい?」

「うるせえな。昔のことなんか知らねえよ」

「そうかい、そうかい」

お婆さんは、くすくすと笑った。

誠は、文句を言いながらも、手を動かしていた。

やがて、部屋の床が少しだけ見えるようになった。

「ほら、少しはきれいになっただろう?」

「……まあな」

「これなら、転ばなくて済むねえ」

「俺は子どもじゃねえぞ」

「はいはい」

お婆さんは、優しく笑った。

誠は、そっぽを向いた。

六 今日も、明日も

日が過ぎていく。

誠は、相変わらずだった。

日雇いの仕事に出る日もあれば、昼過ぎまで寝ている日もある。

金が入れば、ギャンブルに使う。

負ければ、舌打ちする。

部屋は、また少しずつ散らかっていく。

大家のお婆さんは、ときどき食事を持ってきた。

ときどき部屋を片づけた。

誠が文句を言っても、怒らなかった。

「誠さん、ちゃんと生きてるかい?」

「何だよ、その聞き方」

「いやねえ。あんまり顔を見せないからさ」

「俺はここにいるよ」

「そうかい。なら、いいんだけどね」

お婆さんは、いつものように笑った。

誠は、そんなお婆さんに、ぶっきらぼうな返事をする。

「……はいはい」

それでも、お婆さんは、誠を見捨てなかった。

今日も、明日も。

誠は、何も変わらない暮らしを続けていた。

七 なのか?用か!

翌日。

誠は昼過ぎまで寝ていた。

玄関の戸を、誰かが叩いている。

コンコン。

「誠さーん。起きてるかい?」

大家のお婆さんの声だった。

誠は、部屋の中から返事をした。

「……何だよお」

「お客さんだよ」

「客?」

「そうだよ。誠さんに用があるんだって」

誠は、眉をひそめた。

「……誰だよ。俺、約束なんかしてねえぞ」

廊下に立ったまま、お婆さんが答えた。

「私も知らないんだよ。でも、待ってるからねえ」

「帰ってもらえよ」

「そういうわけにもいかないだろう?」

「何でだよ!」

お婆さんは、少しも怒らずに答えた。

「だって、せっかく来てくれたんだからさ」

「……ったく」

誠は、面倒くさそうに起き上がった。

頭をかき、よれよれの服を直す。

「変な勧誘だったら、すぐ追い返すからな」

廊下から、お婆さんの声が聞こえた。

「はいはい。分かったよ」

誠は、玄関へ向かいながら、ぶつぶつと文句を言った。

「……ったく。人の昼寝を邪魔しやがって」

「ふふっ。誠さんは、相変わらずだねえ」

「何がだよ!」

誠は不機嫌そうに玄関へ向かう。

そして、戸に手をかけた。

ガラッ。

扉が開いた。

その瞬間――。

ドゴッ!

「ぐわっ!」

誠の身体に、強烈な蹴りが飛んできた。

誠は、その場にうずくまった。

腹を押さえ、苦しそうに顔をしかめる。

「いってえ……! 何だよ、いきなり……!」

しばらくして。

誠は、ゆっくりと顔を上げた。

目の前に、女子高校生が立っていた。

制服姿。

腰に腕を組み、こちらを睨みつけている。

誠は、思わず目をぱちぱちさせた。

「あ、あのー……どちら様ですか……」

少女の眉間に、深いしわが寄った。

「……はあ?」

少女は、一歩前に出た。

「私、私だよ!」

誠は、ぽかんとしている。

少女は、さらに声を張り上げた。

「私の名前は、小林なのか!」

誠の表情が止まった。

「……なのか?」

少女は、じっと誠を睨んでいる。

誠は、もう一度、その名前を口にした。

「なのか? ……」

数秒間。

誠は、少女の顔を見つめた。

そして――。

「あ、えぇーーーっ!」

突然、声を上げた。

「なのか! なのかなのかぁー!!」

誠は、驚きのあまり、その場で後ずさった。

「お、お、お前……なのか!?」

「だから、そう言ってんでしょ!」

「えええええっ!?」

誠は、自分の顔を指さした。

「俺の……娘!?」

「今さら何言ってんのよ!」

なのかは、怒りを隠そうともせず、誠を睨みつけた。

誠は、口を開けたまま固まっている。

その様子を見ていた大家のお婆さんが、廊下から二人を交互に見ながら、微笑ましい顔でぽつりとつぶやいた。

「あらら……」

古びたアパートの玄関先に、少女の怒鳴り声と、五十三歳の男の情けない声が響き渡った。


Days1・中盤パート


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