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『7日8日9日10日(なのか?用か、9日10日)』  作者: kiseki-ryu


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第1話 Days1 前半パート 「七日に一度、君に会える」

『7日8日9日10日(なのか?用か、9日10日)』

Days1 前半パート

「七日に一度、君に会える」


【読者の皆様へ】

本作品はフィクションです。登場する人物・団体・場所などは、実在するものとは関係ありません。

また、本作品では、若年性アルツハイマーについて、できる限り正確な医学的情報に基づいた描写を心がけておりますが、表現や解釈に不正確な点が含まれる可能性がございます。あらかじめご了承くださいますよう、お願い申し上げます。


一 出会い

その町には、大きな木があった。

町のどこからでも見えるような、立派な木だった。

何年、何十年と、この町の人々を見守ってきた木。

春には若葉が芽吹き、夏には濃い緑の葉を広げ、秋には色づいた葉を散らす。

そして冬になると、葉を落とした枝が、澄み切った空に向かって伸びていた。

小林誠が、初めて美雪と出会ったのは、そんな木の近くだった。

当時の誠は、まだ若かった。

今のように人生に疲れ果ててもいなければ、自分の失敗を何度も思い返して、夜も眠れなくなるような男でもなかった。

不器用ではあったが、よく笑い、人を疑うことを知らず、目の前の仕事に一生懸命な青年だった。

一方、美雪は、誰もが振り返るような美しい女性だった。

けれど、彼女の魅力は、容姿だけではなかった。

人の話を聞くときには、きちんと相手の目を見る。

困っている人がいれば、自然に手を差し伸べる。

そんな、温かい心を持った女性だった。

「すみません」

ある日、誠は美雪に声をかけられた。

「あの……この辺りに、駅へ行く道はありますか?」

「あ、はい。えっと……」

誠は道を説明しようとした。

ところが、説明が下手だった。

右に曲がる場所を伝えたつもりが、左の道の話をしてしまう。

途中で自分でも分からなくなり、頭をかいた。

「……すみません。僕、説明が下手で」

美雪は、くすっと笑った。

「ふふっ。大丈夫ですよ」

「いや、本当にすみません」

「そんなに謝らなくても」

美雪は笑顔のまま言った。

「よかったら、途中まで一緒に歩いてもらえませんか?」

「えっ?」

「そのほうが、迷わずに済みそうですから」

誠は驚いた。

こんなにきれいな女性と、二人で歩く。

考えただけで緊張した。

「ぼ、僕でよければ!」

声が裏返った。

美雪は、また笑った。

その笑顔を見た瞬間、誠は思った。

――ああ、この人の笑顔は、いいな。

ただ、それだけだった。

けれど、その何気ない出会いが、やがて二人の人生を大きく変えることになる。

このときの誠は、まだ知らなかった。

二 七日に一度

それから、二人は少しずつ親しくなっていった。

偶然の再会があり、短い会話があり、やがて一緒に食事をするようになった。

誠は相変わらず不器用だった。

格好のいい言葉を言おうとして失敗する。

美雪を喜ばせようとして、かえって困らせることもあった。

それでも美雪は、誠と一緒にいる時間が好きだった。

誠の優しさは、誰かに見せるためのものではなかった。

自分が損をしても、困っている人を放っておけない。

そんなところがあった。

「誠さんって、損する人ですね」

ある日、美雪が言った。

「えっ? そうですか?」

「はい」

「そんなに損してます?」

「してます」

美雪は、きっぱり答えた。

誠は少し考えてから、困ったように笑った。

「……でも、困ってる人がいたら、放っておけないじゃないですか」

美雪は、そんな誠を見つめていた。

「そういうところ、好きです」

「えっ?」

「誠さんの、そういうところ」

誠は、何も言えなくなった。

顔が赤くなっていく。

美雪は、それを見て笑った。

二人にとって、一緒にいる時間は、少しずつかけがえのないものになっていった。

やがて、二人の間には、小さな約束が生まれた。

どんなに忙しくても。

どんなに疲れていても。

七日に一度は、必ず会おう。

会えない時間が長くなると、寂しくなる。

だから、七日を越える前に、必ず顔を見よう。

それが二人の約束だった。

「七日に一度、ですね」

美雪が念を押す。

「はい。絶対に」

誠は、力強くうなずいた。

「忘れないでくださいね」

「忘れませんよ」

「本当ですか?」

「本当です!」

美雪は笑った。

「じゃあ、約束です」

二人は、その約束を大切にした。

会える日が近づくと、誠は落ち着かなくなった。

何を話そうか。

どこへ行こうか。

美雪は喜んでくれるだろうか。

そんなことばかり考えていた。

そして、待ち合わせの日。

美雪の姿を見つけると、誠の顔には自然と笑顔が浮かんだ。

美雪もまた、誠を見つけると、嬉しそうに手を振った。

たった七日。

けれど、二人にとっては、待ち遠しい七日だった。

三 二人の約束

ある冬の夜。

町の大きな木は、いつもとは違う姿をしていた。

枝には、色とりどりのクリスマスの飾りが取り付けられていた。

まだクリスマスには少し早い時期だったが、その木だけは特別だった。

夜空には星が輝き、飾りの灯りが木を彩っている。

その光景を、美雪は黙って見上げていた。

「きれいですね……」

「ああ」

誠も、木を見上げた。

しばらく、二人は何も言わなかった。

やがて、美雪が口を開いた。

「誠さん」

「はい?」

「私、誠さんといると、すごく安心するんです」

誠は、美雪を見た。

「一緒にいると、何でもない日が、特別な日になるんです」

美雪は、少し照れたように笑った。

「七日に一度、会えるでしょう?」

「はい」

「でも、本当は……毎日会いたいんです」

誠は、息をのんだ。

美雪は、まっすぐに誠を見つめていた。

「これからも、ずっと一緒にいてくれますか?」

誠は、すぐには答えられなかった。

嬉しかった。

信じられないほど、嬉しかった。

けれど、自分がこの人を本当に幸せにできるのだろうか。

そんな不安が、胸の奥をよぎった。

それでも、誠は美雪の手を握った。

「……僕でよければ」

美雪は、首を横に振った。

「誠さんがいいんです」

その言葉に、誠の目が潤んだ。

「……ありがとうございます」

「ふふっ。どうしてお礼なんですか」

「いや……だって……」

うまく言葉にできなかった。

美雪は、そんな誠の手を、そっと握り返した。

誠は、改めて口を開いた。

「美雪さん」

「はい」

「僕と、結婚してください」

美雪は、笑顔になった。

そして、静かに答えた。

「はい」

その瞬間、二人の間に、新しい約束が生まれた。

七日に一度、必ず会うという約束から始まった二人の時間。

これからは、同じ家に帰り、同じ食卓を囲み、同じ未来を歩いていく。

大きな木の下で、二人は結婚を決めた。

夜空の星と、木を彩る灯りが、二人を優しく包んでいた。

四 小さな家族

結婚してからの生活は、決して何もかもが順調だったわけではない。

誠は不器用だったし、美雪だって、いつも笑顔でいられたわけではなかった。

けれど、二人には、お互いがいた。

それだけで、乗り越えられることがたくさんあった。

そして、二人のもとに、小さな命がやってきた。

娘だった。

生まれたばかりの赤ん坊を抱いた誠は、固まっていた。

「……ちっちゃい」

「そうですね」

隣で美雪が笑った。

「壊れそうなくらい、ちっちゃい」

「大丈夫ですよ。もっとしっかり抱いてあげてください」

「こ、こうですか?」

「もう少し、優しく」

「はい……!」

誠は、緊張で汗をかいていた。

美雪は、その姿を見て、くすくす笑った。

「誠さん、そんなに緊張しなくても」

「いや、だって……父親ですよ、僕」

誠は、腕の中の娘を見つめた。

小さな手。

小さな指。

すやすやと眠る顔。

そのすべてが、愛おしかった。

「……守らなきゃ」

誠は、ぽつりとつぶやいた。

「この子も、美雪さんも」

美雪は、誠の横顔を見つめた。

そして、優しく微笑んだ。

「一緒に守っていきましょう」

「……はい」

二人は、娘の名前を考えた。

そして、美雪が口にした名前は――

「なのか」

「……なのか?」

誠は、少し不思議そうに聞き返した。

美雪は、うなずいた。

「七日に一度、必ず会える」

誠は、美雪を見た。

「私たちの、大切な約束でしょう?」

美雪は、眠っている娘を見つめた。

「七日ごとに会える日を、私はいつも楽しみにしていました。誠さんに会える日が、待ち遠しくて……」

少しだけ、目を細める。

「この子にも、そんなふうに、誰かとの出会いを大切にできる人生を歩んでほしいんです」

誠は、娘を見つめた。

「……なのか」

もう一度、その名前を口にした。

不思議な響きだった。

けれど、二人の大切な約束が込められた名前だった。

「いい名前ですね」

誠が言うと、美雪は嬉しそうに笑った。

「でしょう?」

「はい」

誠は、娘の小さな手に、そっと指を差し出した。

すると、なのかは、その指をきゅっと握った。

誠は驚いた。

「おお……!」

美雪が笑う。

「お父さんの指、握ってくれたんですね」

「……すごいな」

誠は、泣きそうな顔で笑った。

「なのか。お父さんだよ」

その声は、少し震えていた。

「お父さんが、ずっと守ってあげるからな」

美雪は、そんな誠を見ていた。

この人と結婚してよかった。

この人の子どもを産んでよかった。

心から、そう思った。

五 少しずつ崩れていくもの

誠は、家族を幸せにしたかった。

だから、仕事に打ち込んだ。

自分の会社を持ち、家族に不自由のない生活をさせたい。

なのかが成長していく姿を、ずっと見守りたい。

美雪に、苦労をさせたくない。

誠は、そう考えていた。

会社を始めた頃は、希望があった。

忙しくても、疲れていても、誠は前を向いていた。

月日がたち、なのかはスクスクと成長した。

仕事が終わって家に帰ると、なのかが小さな足で駆け寄ってくる。

「オトウ!」

その声を聞くたびに、誠の疲れは吹き飛んだ。

「おお、なのか!」

誠は娘を抱き上げた。

「今日は何してたんだ?」

「オカアと、あそんだ!」

「そうか、そうか!」

美雪が、台所から顔を出した。

「誠さん、ご飯ですよ」

「おお!」

誠は、なのかを抱いたまま、食卓へ向かった。

三人で囲む食卓。

何気ない会話。

笑い声。

それが、誠にとって何よりも大切な時間だった。

しかし、仕事の状況は、次第に悪くなっていった。

思うように売り上げが伸びない。

支払いが重なる。

資金繰りが苦しくなる。

誠は、何とかしようとした。

もっと働けばいい。

もっと頑張ればいい。

自分が努力すれば、きっと何とかなる。

そう信じていた。

だが、現実は、誠の思いどおりにはならなかった。

ある日、誠は会社の机に座り、手元の書類を見つめていた。

数字が並んでいる。

何度計算し直しても、答えは変わらない。

従業員に最後の給料を渡し、会社を辞めてもらった。

もう、どうにもならない。

誠は、両手で顔を覆った。

「……どうすればいいんだ」

誰もいない事務所に、声が落ちた。

会社は倒産した。

残ったのは、返しきれない借金だった。

誠の生活は、一変した。

電話が鳴るたびに、胸がざわつく。

玄関の外で人の声がすると、身体がこわばる。

家族の前では、何でもないような顔をした。

けれど、一人になると、何も考えられなくなることがあった。

それでも誠は、家族に心配をかけまいとした。

美雪に、これ以上苦労をさせたくなかった。

なのかに、怖い思いをさせたくなかった。

何とか立て直さなければ。

何とかしなければ。

その思いばかりが、誠の頭の中を埋め尽くしていった。

六 守るということ

借金の問題は、簡単には解決しなかった。

誠は働いた。

仕事を探し、金を工面し、何とかしようとした。

しかし、どれだけ動いても、状況は好転しなかった。

いつしか、誠は家族と過ごしている時間にも、笑顔を作ることが難しくなっていた。

美雪は、それに気づいていた。

「誠さん」

ある夜、美雪が声をかけた。

「少し、休んだらどうですか?」

「大丈夫だよ」

誠は、笑おうとした。

「何とかなるから」

美雪は、黙って誠を見つめていた。

「……一人で抱え込まないでください」

その言葉に、誠は目を伏せた。

一人で抱え込んでいる。

そのとおりだった。

けれど、どうしても言えなかった。

自分の失敗で、家族を苦しめている。

その現実を認めることが、怖かった。

美雪は、誠の手に自分の手を重ねた。

「私たち、家族でしょう?」

誠は、顔を上げた。

「苦しいときこそ、一緒にいたいんです」

美雪の声は、穏やかだった。

「誠さんがどんな状況でも、私は誠さんと一緒にいたい」

誠は、何も言えなかった。

本当は、嬉しかった。

何よりも、救われる言葉だった。

それなのに。

自分は、美雪を幸せにできない。

なのかに、何不自由のない生活をさせてやれない。

借金取りに怯えながら暮らすような人生を、二人に背負わせていいのだろうか。

誠の胸の中で、さまざまな思いが渦巻いていた。

美雪は、誠の手を握ったまま、静かに言った。

「私、誠さんと結婚できて、幸せですよ」

誠の目が揺れた。

「……美雪」

「なのかも、誠さんのことが大好きです」

その言葉に、誠は顔を伏せた。

なのかの笑顔が浮かんだ。

「オトウ!」

小さな手で、自分にしがみついてくる娘。

あの笑顔を、失いたくない。

美雪を、苦しませたくない。

誠は、そう思った。

だが、その思いは、いつしか別の考えへと変わっていった。

自分がいなければ。

自分さえ離れれば。

二人は、もっと穏やかに暮らせるのではないか。

借金に追われる自分と一緒にいるよりも、離れたほうがいいのではないか。

それが、本当に二人のためになるのか。

誠には分からなかった。

ただ、そう考えることでしか、自分の苦しさに向き合えなくなっていた。

七 別れ

誠は、美雪に離婚を切り出した。

「……別れてほしい」

美雪は、すぐには言葉を返せなかった。

「……え?」

「僕と、離婚してほしいんだ」

美雪は、誠を見つめた。

「どうして……?」

誠は、答えられなかった。

「私、誠さんと一緒にいたいです」

「……」

「苦しくてもいいんです。二人で頑張りたいんです」

美雪の声が、震え始めた。

「なのかと三人で、一緒に暮らしていきたいんです」

誠は、唇をかみしめた。

分かっていた。

美雪が、どれほど自分を愛してくれているか。

どれほど一緒にいたいと願っているか。

だからこそ、苦しかった。

「……ごめん」

誠は、それしか言えなかった。

「ごめん……美雪」

美雪は、首を横に振った。

「謝らないでください」

涙が、頬を伝った。

「私、誠さんを責めたいわけじゃないんです」

誠は、顔を上げられなかった。

「ただ……一緒にいたいだけなんです」

その言葉が、誠の胸に突き刺さった。

本当は、自分だって一緒にいたかった。

朝、目を覚ませば、美雪がいる。

家に帰れば、なのかが駆け寄ってくる。

そんな日々を、失いたくなかった。

けれど、誠は自分の弱さを認められなかった。

借金を抱えた自分。

家族を守れなかった自分。

それでもなお、二人のそばにいたいと願う自分。

そのすべてを受け入れることができなかった。

誠は、美雪の前で、何度も頭を下げた。

「……ごめん」

美雪は泣いていた。

それでも、誠を責めなかった。

誠が、どれほど苦しんでいるのかを知っていたから。

誠が、自分たちを大切に思っていることを、知っていたから。

けれど、愛していることと、別れを受け入れられることは、同じではなかった。

美雪は、最後まで誠を愛していた。

誠もまた、美雪を愛していた。

二人は、愛し合っていた。

それなのに、別々の道を歩むことになった。

幼いなのかには、何が起きているのか分からなかった。

ただ、大好きな「オトウ」が、家からいなくなる。

それだけは分かった。

「オトウ……?」

小さな声で、なのかが呼んだ。

誠は、娘を見た。

抱きしめたかった。

ごめんな、と言いたかった。

大好きだよ、と伝えたかった。

けれど、言葉が出てこなかった。

誠は、娘の小さな手を握った。

「……なのか」

声が震えた。

「元気でな」

それだけ言うのが、精いっぱいだった。

なのかは、誠を見上げていた。

なぜ、オトウがいなくなるのか。

なぜ、もう一緒に暮らせないのか。

幼い娘には、分からなかった。

誠は、家族のもとを去った。

愛する妻と、愛する娘を残して。

二人を守りたかった。

苦労させたくなかった。

その思いに、嘘はなかった。

けれど、誠が選んだ道が、本当に二人を守ることになったのか。

それは、まだ誰にも分からなかった。

ただ一つ、確かなことがあった。

あの日から、三人の時間は、別々に流れ始めた。

そして、誠はまだ知らなかった。

この別れが、いつか自分自身を深く苦しめることになるのを。


Days1・前半パート


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