番外編・2~dearest~
*このお話はHPの拍手小話を加筆したものです。
「ねぇ、セレ。私、いつ死ぬのかな?」
「ミルミラ?」
帝都の夏は短い。
短い夏を楽しもうと、僕とミルミラは久しぶりの休日を庭で過ごしていた。
夏の陽射しを避け木陰にシートを敷いて、ランチを済ませて横になってまどろんで……。
「突然なにを言ってるの? 君らしくないね、僕のお姫様」
仰向けになった僕の上でうとうとしていたミルミラが、突然ぱちっと大きな瞳を開けて言った言葉に、僕は驚きつつ……返答に困った。
「だって……私、セレとずっと一緒にいたいの。でも、セレのほうが年上だから、先におじいちゃんになって……父様みたいに、死んじゃうんでしょう?」
僕は泣き出したミルミラの背をさすり、髪を撫でた。
昨年、ミルミラの養父は亡くなった。
近年の竜族は、年間の出生数より死亡数が多いという種として末期な状況が続いていた。
黄泉にいる陛下が怖れた未来は、目に見える確かな数字で僕等竜族を待ち受ける。
「いや、先におじいちゃんになるほど離れてないよ?」
「歳だけじゃないもん! セレのお仕事、たまにすごく危ないじゃない! 先週郊外に鬼獣が出た時だって、セレが一人で……私、すごく心配したんだから!!」
竜騎士としての『仕事』は危険なものも多い……いや、正しくは危険なものばかりかな?
過去に殉職者が出たことだってある。
「え、あ~、うん。大型の鬼獣だったけど、あれくらいなら、僕一人で……ミルミラ?」
「だめぇ!怪我したら大変だから、団長さんとかと一緒に行って!」
「団長と? あの人、僕より弱いから連れてく意味がなっ……痛い、痛いよミルミラ」
痛かった。
とっても。
ぎゅっと握った両手でポカンポカンと僕の胸を叩くミルミラの顔が、臓腑を捻じ切るほどの痛みを僕に与えた。
こんな悲しそうな顔、させてしまった。
僕が、僕のお姫様にこんな辛そうな顔をさせてしまった。
「うう、セレの馬鹿……」
「ごめんね、ごめんねミルミラ。泣かないで、お願いだから……泣かないで」
今にも涙の大洪水を起こしそうな大きな瞳に、謝りながらキスをした。
唇にあたる長い睫が震えていて、僕は本当に反省した。
心配してくれた彼女に言うべき言葉は、一番最初に言うべき言葉は。
「ありがとう。心配してくれて、ありがとうミルミラ」
ありがとうって、感謝の言葉だったんだよね?
「ごめんね。僕、間違っちゃったんだ。許してくれる?」
「……うん。うん、許してあげる」
ミルミラは、頬を撫でる僕の手に自分の手を重ねて。
「セレが大好きだから、許してあげる」
そう言って、微笑んだ。
「ふふっ、叩いてごめんね?」
笑った目元から落ちた一粒の涙が陽の光に煌めいて、僕には宝石のように見えた。
「あのね、ミルミラ」
僕の『仕事』について、もちろんミルミラは表の部分しか知らない。
青の竜騎士として、その身体能力を生かして竜族のために危険な職務をこなす……程度の認識だろう。
竜騎士という個体についても、普通の竜族より丈夫で強いくらいにしか思っていない。
竜族のタブー……同族殺しを笑いながらできる性質を持っているため、竜帝に管理・監視されてる存在なんてことは考えもしないだろう。
ミルミラが心配するように、確かに『仕事』で腕の一本や二本吹っ飛ぶことは珍しくないし、死ぬ奴だっている……一番最近の殉職者は表向きは任務中に死んだってなっているけれど、実際は陛下の命令で僕が殺した。
主の命で、僕は<竜騎士>という獣の狂気に堕ちた『仲間』を殺してトラン火山に遺体を捨てたんだ。
「……ミルミラ、僕は……」
僕は。
<竜騎士>である僕は。
「僕は、君より先に死ぬだろう」
「セレ……?」
「僕は、君の夫は<竜騎士>だからね」
寿命で死ねるとは思っていない。
「でも、それは僕の望みなんだ」
数え切れない命を切り裂き、踏み潰してきた僕だから。
「だってね、僕には君を看取る勇気なんか無いんだよ」
「……セレスティス」
死を与える僕にも。
死が与えられる時が来る。
「できれば、君が僕を看取って欲しいな」
君の側で、その胸に抱かれて死ぬのは無理だろうけど。
願うだけなら、いいよね?
「……なんか、ずるい」
「うん、ずるくてごめん」
僕が死ぬ時は、闘って負けた時だから。
そこに、君はいない。
だって、そんな危ないところに愛しい君を連れて行けない。
お姫様はお城にいるべきだ。
血肉が舞う戦地なんか知ってはいけない、見てはいけないんだ。
「セレ……もし、もしよ?」
「うん」
「もし、私が先に死んじゃったら?」
死ぬ?
僕を置いて?
君が?
「大丈夫、待たせたりしないよ。僕はすぐに君を追うから」
有り得ないよ、そんなこと。
王子様の僕が、お姫様の君を守るんだから。
「え? 追うって?」
「アレで頭落として、死ぬ」
「なんですってぇええ~!?」
木に立てかけてある刀を流し見た僕に、ミルミラが頭突きをした。
「っ!? 痛いよ、ミルミラ」
「何言ってるのよ!? セレまで死んじゃったらカイユがっ」
「え? だって無理だよ。僕、君が居ないと駄目なんだから」
「セ、セレッ……」
僕は、駄目なんだ。
ミルミラ。
君がいてくれないと、もう駄目なんだよ。
「僕、生きていけないよ。だから、追いかけることを許して欲しい」
「セレスティス……セレ」
身重のミルミラだけど、腹部は人間の妊婦とは違い膨れてはいない。
その腹部を両手で撫で、ミルミラは言った。
「……嬉しいって思っちゃった母様を、許してね。カイユ」
小さな小さな声だけど。
確かな想いの込められた声。
「ねぇ、ミルミラ。キスしてもいい?」
「……うん」
あのね、ミルミラ。
君に出会ったあの日から。
僕は君無しじゃいられなくなったんだ。
「いっぱいしていい?」
「うん」
唇に、誓いをのせて。
僕はこの先もずっと。
「ありがとう」
僕は君に、キスをする。
これは約束じゃなく、誓い。
あの時、僕は言ったよね?
悪い魔法使いから、君を守るって。
そう言ったら、君は一緒に逃げようって言ってくれた。
ーーセレが怪我したら、嫌なの。だから、悪い魔法使いがいたら走って逃げよう? もしセレが走るの遅いなら、私がこうやってひっぱってあげるわ!
ありがとう。
ありがとう、ミルミラ。
でもね、僕は逃げない。
もう、どこにも逃げないよ。
守らせて、僕に君を守らせて欲しいんだ。
僕は竜騎士として生き、死ぬ。
最後の一太刀まで、僕は君のために振るうよ。
君が幸せになることが、僕が闘う理由。
君を幸せにすることが、僕が生きる理由。
「愛しているよ、フェルティエール」
僕の全てで。
君を守る。
僕の愛しいお姫様。




