第6話:選択肢が作れるようになった
「⋯⋯プリンがない」
俺は、昨日帰りがけに買ったプリンを食べようと、冷蔵庫を探索した。
しかしプリンは索敵に引っかからなかった。
索敵範囲を部屋中に広げると、難なく発見できた。
「美咲。その持っているプリンは誰のだ」
「え、私のだよ」
「俺のプリンがない」
「だって私のプリン置き場に置いてあったよ」
冷蔵庫には美咲の買ってきたデザート置き場があるが、そこのものを手にしただけで世界大戦が始まるので領土侵犯はしない。
まさか俺のプリンが、そんな危険地帯に侵入してしまったのか?
「だがそれは俺のだ。返還を要求する」
「もう半分食べたよ」
「だったら買ってこい」
「美味しいなぁ、これ」
残りを口に運んで、既成事実を拡大している。
くそ、復讐してやる。領土、いや、プリンの恨みは恐ろしいのだ。
だが、いまはプリン奪還作戦より優先しなければならない敵がいる。
修論だ。
◇◇◇◇
パソコンには、昨夜から開きっぱなしの原稿がある。
タイトルだけなら結構格好いい。
『分散型システムにおける局所判断と自律協調』
問題は中身だ。
それぞれが中央から細かい指示を受けなくても、周囲の情報をもとに判断し、その判断が他へ影響して、最終的に全体がそれなりに機能する。
簡単に言えばそんな研究だ。
たとえば災害で中央との通信が切れても、各地域が自分たちで判断して動ければ全部は止まらない。
物流でも同じ。
配送拠点が一つ止まったからといって、全国の荷物まで止まったら困る。
だから一か所の司令塔へ全部を集中させず、それぞれにある程度考えさせる。
文章にすると簡単だが、それをモデルにすると難しい。
勝手に動かせばいいというものでもない。
全員が勝手な方向へ走れば、それは自律分散ではなく、ただの学級崩壊だ。
教授から返ってきたコメントを見る。
『各主体が何を参照し、どの段階で自身の判断を修正するのか、もう少し具体化してください』
「そこなんだよなぁ」
俺は椅子の背にもたれた。
昨日の仁助を思い出す。
俺が勝手に見つけた近道を覚えて、次から自分で使った。
桶の積み方も、一度見ただけで取り入れた。
しかも俺が荷車の周囲を意味もなく歩き回った時は、真似しなかった。
情報を受け取って、使えるかどうかを自分で判断しているように見えた。
「⋯⋯まさかな」
ゲームのNPCを修論の参考にしました、などと教授に言ったらどうなるだろう。
意外と喜ぶかもしれない。
あの教授ならあり得る。
だからこそ言わないでおこう。
何が起きるかわからん。
俺は修論を進めた。
五行。
昨日より進歩した。
シルジェネを起動する。
「もうゲームするの?」
美咲がプリンの空容器を捨てながら聞いてきた。
「頭を切り替える。研究には適度な休息が必要なんだよ」
「どのくらい進んだの?」
「五行だ」
「五行書いた人が言うと説得力あるね」
「この五行は小さな一歩だが、人類にとっては偉大な進歩だ」
「それってきっと誰かのパクリでしょ」
こいつ、さっきから俺の所有物を略奪した犯罪者のくせに態度がでかい。
さっさとシルジェネにログインしよう。
◇◇◇◇
仁助は今日も勝手に仕事を見つけていた。
『今日は二か所だ。昨日より銭もいいぞ』
〖依頼:荷運び〗
〖報酬:三十文+昼飯〗
「三十文。順調に成り上がってるな」
「村を追放されたのに?」
「そこは忘れろ」
今日も美咲はモニターを覗いている。
荷車を確認すると、仁助は大きな荷を中央へ、小さい荷を外側へ積んでいる。
昨日、俺が試した方法だ。
出発すると、当然のように例の細道へ向かう。
ここまではもう驚かない。
昨日覚えたことを今日使う。
普通のNPCより賢い気はするが、そういう設定なんだろう。
ところが途中で仁助が止まった。
『こっちを先に届けるか』
地図を見る。
昨日までとは順番が逆だ。
だが細道を使うなら、この方が確かに近い。
「⋯⋯なるほど」
「どうしたの?」
「覚えたことを組み合わせてる」
美咲が画面を覗き込む。
「近道と、荷物を運ぶ順番?」
「そう。俺は近道しか教えてない。届け先を変えろなんて一度も言ってない」
仁助はそのまま先へ進む。
一か所目を終え、その位置から近い二か所目へ向かった。
これなら無駄な往復がない。
「本当に便利だね、仁助さん」
「便利なのは認める」
ただ、便利だけでは片づけにくくなってきた。
これ、心当たりがあるな。
見て覚え、使えるか判断し、それを別の状況へ応用する。
今朝まで修論で悩んでいた内容そのものである。
「⋯⋯本当に教授に見せたら喜びそうだな」
「ゲームを?」
「なんでもない」
面倒なことになる未来しか見えない。
二か所目の荷を届け終える。
《依頼達成》
《三十文を受け取りました》
予定より早く仕事が終わった。
帰り道。
荷車は空。
道沿いの商家には、縄を掛けた荷物がいくつも置かれている。
俺はキャラクターを止めた。
「これ、もったいなくないか?」
「なにが?」
「荷車。行きは荷物満載だったのに、帰りは空だぞ」
前橋から田口まで戻るなら、その間に何か運べばいい。
仁助もいる。
荷車もある。
あとは仕事だけだ。
画面を見る。
[田口へ戻る]
[休憩する]
「⋯⋯ない」
「何が?」
「帰り荷を探す、がない」
荷車は空なのに、目の前には荷物がある。
人手もある。
なのに選択肢だけがない。
ゲームを始めた時にも思った。
選択肢を使ったRPGじゃ、想定を越えるのはムズい。
結局、用意された選択肢しか押せないなら、どれだけ変なことを思いついても、その外には出られない。
この前は、薪を庄屋へ届けず、そのまま店まで持っていったら売れた。
選択肢になくても、キャラクターを動かせばゲームが拾うことはある。
「なら、こっちも反応するか」
俺は商家の前に積まれた荷物へキャラクターを近づけた。
荷物の横で止まる。
仁助もついてきた。
『なんだ。あれ運びたいのか?』
その瞬間、画面の端に見覚えのある表示が出た。
《拡張機能の解放条件を満たしました》
「来た」
「前にも出てたやつ?」
美咲が椅子を寄せてくる。
続けて、新しい表示。
《選択肢メイキング機能が解放されました》
「⋯⋯なんだこれ」
説明を開く。
《NPCとの会話に、新しい選択肢を一つ作成できます》
その下に、今まで一度もなかった白い入力欄が現れた。
《新しい選択肢を入力してください》
「文字入力?」
「今までなかったの?」
「NPC相手にはない。ずっと選択肢だけだ」
名前を付けたり検索したりする入力欄ならある。
でもNPCとの会話中に文字を打ち込める場所は、これが初めてだ。
俺はしばらく画面を見た。
用意された選択肢しか選べないから、その隙間を探していた。
薪を売った時みたいに、操作で無理やり外へ出ることもできる。
でも今度は違う。
足りない選択肢を、自分で増やせる。
「⋯⋯これ、かなり遊べるんじゃないか?」
入力欄へ文字を打つ。
【帰り荷も探してみる】
《この内容で選択肢を作成しますか?》
決定。
いつもの画面に戻る。
[田口へ戻る]
[休憩する]
[帰り荷も探してみる]
「おお」
「本当に増えたね」
さっきまで存在しなかった選択肢だ。
俺が文字を打って、ゲームの中へ追加した。
こういうのを待っていたんだよ!
>[帰り荷も探してみる]
仁助は商家の方を見て、少し考えた。
『分かった。聞いてくる』
そのまま仁助は歩いていく。
美咲が俺の横から顔を覗き込んだ。
「お兄ちゃん、楽しそうだね」
「そりゃそうだろ。ようやく見つけたんだぞ」
「何を?」
「運営が用意してない選択肢」
俺は画面に残っている《選択肢メイキング》の文字を見る。
帰り荷を探すなんて、たいしたことじゃない。
だからこそいい。
こんな地味な一行をゲームがどこまで拾うのか。
そして、もっと変な選択肢を作ったら何が起きるのか。
考え始めたら止まらなくなってきた。




