第5話:このNPC、学習がうまいな
翌朝。
目が覚めて最初に思い出したのは、昨日のゲームだった。
田口村を追放され、腹を空かせ、仕事も見つからず、最後には見ず知らずのNPCから仕事と握り飯二個をもらった。
我ながら、ろくでもない初日である。
それでも気になるのは、仁助が最後に言った言葉だった。
『明日も仕事探してんのか?』
そこで俺は[もっと稼げる仕事がいい]を選んだ。
仁助は「分かった。なんか探しとく」と答えた。
あれが単なる会話用の台詞なのか。
本当に翌日まで覚えていて、仕事を探してくれるのか。
朝飯を食いながらそんなことを考えていると、美咲が俺の顔を見た。
「朝からゲームのこと考えてるでしょ」
「なんで分かる」
「顔」
失礼な。俺はもっと高尚な物思いにふける表情をしていたはずだ。
改めてそういう表情を作りつつ、味噌汁を飲み干した。
美咲は先に食器を片づけに行き、しばらくして戻ってくると、椅子に座るなり妙なことを聞いてきた。
「お兄ちゃんって、リアルに友達いたっけ?」
「いる」
「じゃあ高校の昼休み、誰とご飯食べてたの?」
「一人」
「友達は?」
「昼休みは別行動だ。時間を拘束されるのが面倒だ」
「毎日?」
「毎日」
美咲が少し黙った。
なんだ、その気の毒な生き物を見る目は。
「どこで食べてたの?」
「高校には、俺専用みたいな個室があった」
「個室?」
「静かで良かったぞ。鍵もかかるし、一人になれる」
美咲が数秒考えた。
「それ、トイレじゃない?」
「あそこは充実した食事空間だった」
「お兄ちゃん、それ世間では便所飯っていうんだよ」
「一人用個室レストランと言え」
「言わないよ」
失礼な。
昼休みに誰にも邪魔されず飯が食える。無料。個室。鍵付き。
しかも、知り合いと目が合って「一緒に食おうぜ」となる危険もない。
優良物件だ。
「だからゲームの中で初めて友達できて嬉しいんだね」
「誰が友達だ」
「仁助さん」
「NPCだろ」
「昨日、お腹すかせてたお兄ちゃんに仕事くれて、握り飯までくれた人」
「握り飯は報酬だ」
「今日の仕事まで探してくれるんでしょ?」
「そう言ってたな」
「それを友達っていうんじゃない?」
「言わない」
「はいはい」
絶対に納得していない返事だった。
食器を片づけ、自室へ戻ると、まずはパソコンを起動。
シルジェネにログインした。
昨日ログアウトした村外れ。
少し先に、人影がある。
「⋯⋯いる」
仁助だった。
荷車の横に立っている。
近づくと、向こうから声をかけてきた。
『遅かったな。仕事、見つけといたぞ』
「本当に探してた」
「ほら」
美咲は、いつも俺に無断で置いてある自分用のワーキングチェアに腰掛けて覗き込んでいる。
「何が」
「友達」
「単なるNPCだ」
依頼が表示される。
〖依頼:桶の運搬〗
〖報酬:二十文+昼飯〗
「昨日よりいいじゃん」
「ついに貨幣経済へ復帰したぞ」
「友達のおかげで?」
「NPCのおかげで」
仁助はすでに荷車へ桶を積み始めている。
どうやら昨日の「なんか探しとく」は、会話を締めるための台詞ではなかったらしい。
俺も荷車の後ろへ回った。
◇◇◇◇
昨日と似た道を進む。
仁助が前、俺が後ろ。
桶が多いせいか、昨日より重い。
しばらく進んだところで、仁助が曲がった。
「ん?」
昨日、俺が勝手に見つけた細道だった。
クエストで指定された道ではない。
俺が「こっち通れないのか」と試して、たまたま荷車でも通れると分かった道だ。
今日は俺が何もしていないのに、仁助の方からそちらへ入った。
『こっちの方が早い』
「美咲」
「昨日の道だね」
「覚えてる」
「NPCなんだから、そのくらい覚えててもいいんじゃない?」
「覚えてるだけじゃない」
昨日は俺についてきただけだった。
今日は、自分で選んでいる。
細道を抜ける。
《移動時間が短縮されました》
「理由まで分かって使ってる」
「便利でいいじゃん」
「お前、こういうところ雑だよな」
「ゲームなんだから便利ならいいでしょ」
それはそうなんだが。
少し気になった。
こいつ、どこまで覚えるんだ?
最初の荷を届け、次の桶を積む。
大きさがばらばらだった。
重そうな桶が端に寄っているせいで、少し押すだけで荷車が傾く。
「これ、真ん中に置いた方がよくないか?」
独り言を言いながら、重い桶を中央へ移した。
軽いものは外側。
押してみる。
さっきより安定した。
仁助が俺の手元を見る。
『そう置くのか』
それだけだった。
そのまま次の家まで運ぶ。
さらに別の荷。
今度は俺が触る前に、仁助が動いた。
大きな桶を中央へ。
小さい桶を外側へ。
「⋯⋯」
「動かしたね」
「動かしたな」
さっき一度見ただけだ。
それを次の荷で使った。
「こいつ、学習してないか?」
「そう見えるね」
なら、何でも覚えるのか。
試してみよう。
俺は荷車の周りを一周した。
「何してるの?」
「検証」
もう一周。
仁助がこっちを見る。
三周目。
『何してんだ?』
「反応した」
「呆れられてるんだよ」
次の荷車。
仁助は当然のように一周しなかった。
「⋯⋯やらない」
「そりゃやらないよ」
「何でも真似するわけじゃないんだな」
「そこに感心する?」
近道は使う。
積み方も使う。
意味のない一周は使わない。
ただ動きを記録してコピーしているわけではないらしい。
使えるものだけ選んでいる。
「面白いな」
「またその顔してる」
「どの顔だよ」
「ろくでもないこと思いついた顔」
「失礼な」
この仁助というNPC。なんか奥が深い。
◇◇◇◇
最後の荷を届ける。
〖依頼達成〗
〖二十文を受け取りました〗
〖昼飯を受け取りました〗
「二十文」
「昨日より人間らしくなったね」
「昨日が握り飯現物支給だったからな」
仁助が荷車の縄を締め直しながら言った。
『明日はもう少し割のいい仕事があるぞ』
俺は止まった。
昨日選んだ、
[もっと稼げる仕事がいい]
あれまで覚えていた。
昨日俺が見つけた近道を使い、今日見せた積み方を取り入れ、昨日の希望まで仕事選びに反映している。
単に前回の会話ログを保存しているだけでは説明しづらい。
「こいつ、ちゃんと考えてるのか?」
「いいNPCじゃん」
「いいNPC、ね」
画面の端に表示が出た。
《仁助との関係が深まりました》
続いて、
《拡張機能の解放条件が進行しました》
「また出た」
「昨日のやつ?」
「たぶん」
詳細は、まだ開けない。
仁助はもう次の仕事の話をしている。
美咲が俺の横から画面を覗き込んだ。
「お兄ちゃん、そのNPC気に入ってるでしょ」
「性能がいいだけ」
「はいはい」
たぶん性能がいい。
少なくとも、こっちが何かすれば、ちゃんと見て、考えて、次に使う。
なら、こいつ相手なら、もう少し変なことを試しても面白そうだ。




