第2話:妹がクソゲー持ってきた
「お兄ちゃん、クソゲー見つけた」
翌日の夕方。
大学から帰ってきた妹の美咲は、ノックもせず俺の部屋へ入ってくるなり、そう言った。
「なぜクソゲーを俺に勧める」
「好きじゃん」
「語弊がある」
「じゃあ、変態ゲーム」
「もっと悪い」
美咲が膨れている。
「だいたい俺はクソゲーは嫌いだ。単なるバグを楽しむほど暇じゃない」
「じゃあ、多分これウケるよー、きっと」
美咲は俺の机の横まで来ると、スマホを差し出した。
まあ、見るだけならつき合ってやるか。
画面には、やたら渋いゲーム画面。
田んぼ、茅葺き屋根、桑畑。
その向こうには山。
そして中央に、やけに達筆な文字が表示されていた。
『SILK GENESIS 幕末シルク物語』
「……地味」
「でしょ?」
「褒めてない」
開発元は【からくり堂】。
聞いたことがない。
「インディーゲームだって」
美咲が画面をスクロールする。
【幕末日本を生き抜き、己だけの人生を歩もう!】
「大きく出たな」
「まだあるよ」
農業、商売、投資、恋愛、身分制度、災害、政治、戦争、歴史改変。
「全部入りゲームは、だいたい全部薄い」
「お兄ちゃん性格悪いよね」
「経験則だ」
「レビューが面白いんだよね」
美咲が画面を見せてくる。
【★★★★★ 二百時間遊んで、まだはじまりの村から出られません】
「……」
【★☆☆☆☆ 嫁をもらおうとしたら灌漑工事が始まりました】
「なんでだよ」
【★★★★★ 人生】
「レビューになってない」
【★☆☆☆☆ 武器屋でポチ袋を買わなかったら死にました】
「意味が分からん」
俺はスマホを返した。
「買わない」
「なんで?」
「匂う」
「なにが」
「地雷の」
美咲がにやっと笑った。
「じゃあ、お兄ちゃん向きじゃん」
「お前、人をなんだと思ってる」
「地雷原を歩いてから地雷の構造を調べる人」
「否定できないのが腹立つな」
結局、買ってしまった。
価格は安い。
容量も小さい。
インストールもすぐ終わった。
タイトル画面。
『SILK GENESIS』
背景では、農民らしき男が黙々と桑を刈っている。
「やっぱ地味だな」
「五分前も言ってたよ」
「大事なことだから二回言った」
ゲームスタート。
【新規人生を開始します】
「人生?」
キャラクター作成じゃないのか。
【出自を選択してください】
[農民]
[商人]
[武士]
[職人]
[僧侶]
[浪人]
[その他]
「……」
「お兄ちゃん」
「なんだ」
「絶対、[その他]押すでしょ」
「人聞きの悪い」
「押さないの?」
「押す」
クリック。
画面が切り替わった。
【その他の出自を選択してください】
「なあ美咲」
「なに?」
「これ、養蚕ゲームだよな」
「でしょうね」
「なんで養蚕農家が[その他]に入ってんだ?」
「さあ」
二人で「?」を飛ばしていてもしょうがない。
あとでWiki見て確認するか。
[養蚕農家の倅/寺男/行商人の子/船頭/猟師/木地師/旅芸人]
[孤児/博徒の倅/庄屋の妾腹/山伏見習い]
[奉公先から逃げた丁稚/流民]
「幅が広いな」
「最後の列、人生ハードモードじゃない?」
庄屋の妾腹、とか誰が考えついたんだよ。
「多いな」
「まだ下あるよ」
スクロール。
まだある。
さらにある。
「開発者、馬鹿だろ」
「褒めてる?」
「かなりな」
俺は少しだけ姿勢を直した。
こういうゲームは嫌いじゃない。
いや。
こういう、どう考えても割に合わない部分まで作り込んでいるゲームは、むしろ好きだ。
問題は、その作り込みが選択画面だけなのか。ちゃんと中身までつながっているのか。
そこが重要。
「よし」
「なに?」
「一番ろくでもない人生から始める」
「普通に遊ぶ気ないでしょ」
「普通に遊んだら、普通の結果しか出ないだろ」
一覧の下の方にある項目へカーソルを合わせる。
[無宿人の子]
美咲が画面を見てニヤついた。
「お兄ちゃん、それ難易度高そうじゃない? えいっ」
こいつ、勝手にクリックしやがった。
「どうせここでしょ?」
「俺のクリックする楽しみを奪うな」
【本当にこの出自で開始しますか?】
[はい] [いいえ]
クリアして最初からクリックの快感を味わうのもいいが、美咲とじゃれ合うのはまたにする。
俺は[はい]を押した。
その瞬間。
悲劇的人生がスタートした。
【所持金:三文/住居:なし/後見人:なし】
【村内信用度:最低/村内評判:警戒】
「……もう詰んでない?」
「まだ始まってない」
たぶん。
その時の俺は、まだ知らなかった。
このゲームでは始まって五分で詰むことなど、珍しくもなんともないということを。




