第1話:敵は運営!
ラスボス、魔王ヴァルガディス。
六枚の黒翼を広げたそいつが、大剣を振り上げた。
『よくぞここまで辿り着いた、人の子よ! だが、運命の奔流はもはや誰にも止められぬ!』
低く響く声。
燃える城。
世界滅亡を告げる鐘。
ラスボス戦としては百点だ。
俺は聖剣を構え⋯⋯ない。
「よし。最後の検証だ」
ここまでに十四日。
普通に倒すだけなら勝てる。
でも俺が知りたいのは、攻略法じゃない。
その正解の外へ行きたいんだ。
「検証一つ目!」
【祭囃子の笛】を取り出す。これは状態異常【踊る】を発生させる。
魔王は魔王らしいセリフを轟かせた。
『我が前で踊れ! 滅びの舞を!』
「わかったよ。じゃ、お前が踊ったら俺も付き合うからさ!」
ぴーひゃらら。
荘厳なボスエリアの中に、ひょうきんな笛の音が響き渡る。
〖RESISTされました〗
大剣が来る。
「だめか」
横へ飛んで回避。
ガガ――ン!
床が砕けた。
「次! 敵対対象への回復!」
『この身に刻まれた傷こそ、千年の憎悪の証!』
「じゃあ治してやる。 《ヒール》!」
〖対象が不適格です〗
「治す気ないのに傷アピールするな! このメンヘラ魔王め」
炎弾。
俺は走ってかわす。
「次! 停戦交渉!」
『跪け、人の子よ!』
「降参します。命だけはお助けを」
聖剣を捨てて、その場で土下座エモ。
『その魂ごと灰燼に帰すがいい!』
「勇者が降伏すると言ったんだぞ! ちょっとでも躊躇しろよ」
ズドォン!
聖剣を拾いながら転がって逃げる。
「交渉決裂! 敵対勢力、捕虜を取る意思なし!」
立ち上がり、間合いを取る。
ゲームの穴を見つけるプレイ、それが俺の楽しみなんだよ。
攻略法を知らない奴が変なことをするのは、ただの迷子だ。
だが俺は違う。
普通にクリアできる。
ただそれは運営が想定している枠の中でのプレイ。
もう用意された遊び方ではもの足りないんだ。
「よし! ここから和平工作!」
所持品欄を開く。
ショートカットでパンをチョイス。
『我は千年の孤独と空腹に耐え――』
投擲スキル使用。
俺の手からパンが魔王へ飛んでいく。
ぽすん。
魔王の足元にパンが転がる。
『――今ここにある!』
「お前、今からでも遅くないぞ! まだ三秒経っていないから」
魔王、パンを無視。
大剣で反応。
「腹減ってるんだろ? 食えよ! 食ってくれ! 頼むよ」
避ける。
「ほっかほかでまだうまいんだから」
「次!」
『すべての富は、我が手に!』
「この宝石やる」
譲渡操作。
かーん。
宝石は魔王の胸に当たって砕けてポリゴンへ。
「宝石無視して突っ込んでくるなよな!」
ガスッ!
魔剣で柱が割れた。
「次!」
『我が愛しき姫の無念さを⋯⋯!』
「【王女の花飾り】を捧げてやれよ!」
譲渡。
魔王の顔面に当たって落ちる。
大剣、ガガ――ン!
「とむらう気ゼロッ!」
「次! 酒!」
『我は千年の苦杯を舐め⋯⋯』
パリン!
瓶が割れて酒が飛び散る。
「惚れ薬!」
『あらゆる魔術を極め⋯⋯』
ドガンッ!
「マリオネット」
『魔物を操り⋯⋯』
ズガガガーン!
「エロいイラスト」
「サキュバスを解き放って人類を⋯⋯」
バリバリバリッ!
様々なアイテム投擲と贈与で床を埋め尽くしてみたかったんだが、全部ポリゴン化して消えた。
ボス部屋の汚部屋化作戦も失敗か。
残念だ。
クソ。
なにも起きない。
「強情だな、お前」
ここまでやっても、こいつはずっと格好いいことを喋っている。
でも、一度も「俺に返事」はしていない。
今まで俺は、ゲームが返事をしてくれないか考えつく限り試してみた。
極悪な老婆の魔女に求婚できるか指輪を贈与してみたが、何度やっても受け取り拒否された。
本来倒す敵の好感度をどこまで上げられるかやってみたが、仲間にできなかった。
食料をどこまで食えるか、収入をすべて飲み食いに使ってみたが、HP上限アップもAGI減少もなかった。
何をやっても、このゲームは用意された道へ俺を押し戻した。すべて想定した反応しかしないのだ。
なら、一番作り込まれているラスボスならどうだ?
一つくらい、開発者の用意していない反応を返してくれるんじゃないか、と思ったんだ。
最後に残ったアイテム、聖剣。
これを頭上に突き上げる。
『その聖剣こそ、我が宿命を断つ唯一の刃!』
このセリフはたぶん、聖剣を突き上げた時の用意された反応だろう。
「じゃあこれが最後!」
聖剣を逆手に持つ。
「最終作戦フェーズ! 戦略兵器供与!」
投擲スキル発動。
聖剣は石床を滑り、ヴァルガディスの足元で止まった。
「その聖剣、魔王が使ってくれ!」
『だが何をしようと貴様は死の宿命から逃れることはできぬ!』
「いや、今かなり俺の方が死の宿命から逃れにくくなったぞ!」
拾わない。
台詞も変わらない。
「⋯⋯やっぱ駄目か」
別に、このゲームが嫌いなわけじゃない。
攻略するのも好きだ。
勝つのも好きだ。
だからたった十四日でここまで来た。
でも最近、それだけじゃ足りない。
物足りないんだよ。
いかにもバグというものを見つけても面白くない。
ゲームの向こう側にいる誰かに、一度でいいから言わせたいんだ。
――そんなことする奴、想定してなかった。
ってな。
俺は魔王の隙をつき、スライディングして聖剣を拾い直した。
「悪いな。戯れは終わりだ」
『「来い、人の子よ! その魂、その意志、そのすべてを我に示せ!』
今度はちゃんと構える。
六枚翼が広がった。
最後の必殺技を出そうとしている。
だがな、俺がしたいのはお前のHPを削ることじゃないんだ。
俺はな。
開発者の想定以外の反応が見たい。
つまり俺が倒したいのは、運営なんだ!
◇◇◇◇
三分後。
〖CONGRATULATIONS!〗
魔王は倒れ、モニターの中の世界は救われた。
「普通には倒せるんだよなあ⋯⋯」
ヘンドフォンを外して、PC机の前のゲーミングチェアへもたれる。
十四日間。
削った睡眠時間、九十時間。
結果。
ゲームは最後まで、俺の悪ふざけに何も返してくれなかった。
「次は、もう少し付き合いのいいゲームがいいな」
俺が変なことをしたら、
――じゃあ、こうなるけど?
と、世界の方から返してくるような。
「まあ、そんなゲーム、そうそうないか」
この時の俺は、まだ知らなかった。
俺の悪ふざけに、本気で返事をしてくるゲームがあることを。




