第11話:Wikiは魔境だった
俺は今日も夜間配送をしている。
柿三個から干し柿が増え、善意を撒いたら村中に顔が売れ、今度は夜中に荷物を運んでいる。
「俺、何のゲームやってるんだっけ」
「幕末ゲーム」
「そうだった」
「忘れないでよ」
美咲に言われて思い出した。
俺がシルジェネを始めた理由は、運送業者になるためではない。
開発者の想定外を探すためだ。
ところが最近、こっちが何かすると、ゲームの方が勝手に話を広げてくる。
「⋯⋯待てよ」
「何?」
「このゲーム、十年続いてるんだよな」
「そうだよ」
「じゃあ俺が思いつくくらいのこと、古参がとっくにやってないか?」
美咲が少し考える。
「今さら気づいた?」
「今さら言うな」
選択肢を増やす。
NPCが真似する。
商売が増える。
勝手に需要まで生える。
面白い。
だが十年だ。
俺より暇な奴が、この世に何人いたと思っている。
「Wiki見るか」
「お兄ちゃん、攻略見ない派じゃなかった?」
「攻略するためじゃない」
「じゃあ何見るの?」
「先人のやらかし」
「それはちょっと見たい」
美咲も乗った。
ブラウザを開く。
SILK GENESIS攻略Wiki。
トップページから情報量がおかしい。
【初心者向け】
【幕末年表】
【藩別情報】
【生産】
【交易】
【NPC】
【検証】
【開発者発言】
【β版隔離所】
「最後は何だ?」
「押そう」
「迷いがないな」
クリック。
【β版隔離所】
【警告:現在の仕様と異なる情報を大量に含みます】
「マジで隔離されてる」
「病原体みたいだね」
目次を見る。
【ポチ袋を買わなかったら死にました】
【嫁を取ろうとしたら灌漑工事が始まった】
【三日天下した庄屋】
【初見殺し《天保の飢饉》】
【なぜ牛を買ってはいけなかったのか】
【チーフP『信頼が崩れています』発言】
「待て」
「どれ?」
「全部」
嫌な意味で全部気になる。
まず一番上。
【ポチ袋を買わなかったら死にました】
「レビューであったぞ」
「何点だったっけ?」
「そこじゃない」
内容を読む。
正月。
子供に渡すためのポチ袋を買わなかった。
そこまではいい。
問題はその後だ。
「なんで死ぬんだよ」
「読めば?」
読む。
そこには、いくつもの出来事が矢印でつながれていた。
ポチ袋を買わない。
近所の子供との関係が変わる。
親との関係にも影響。
仕事の紹介が減る。
困った時に助けてくれる人間が減る。
その先。
【数年後、病気になった際に十分な支援を得られず死亡】
「重いわ!」
「ポチ袋って大事なんだね」
「そういう教訓じゃないだろ」
次。
【嫁を取ろうとしたら灌漑工事が始まった】
「タイトルだけで意味分からん」
「嫁は?」
「まだ読んでない」
クリック。
結婚条件を満たすため、相手の家との関係を改善。
農作業を手伝う。
水不足が問題になる。
水路を直す。
隣の畑まで水を引く。
周囲の農家が参加。
規模拡大。
【最終的に村を横断する灌漑工事へ発展】
「嫁どこ行った」
「工事してる間に忘れたんじゃない?」
「目的が途中で消えてるぞ」
追記。
【なお、結婚はできませんでした】
「できてねえ!」
美咲、大爆笑。
「灌漑水路だけ残ったね」
「人生の成果物がおかしい」
さらに読む。
【橋を架けた結果、二十年後に旧宿場町が衰退】
「二十年?」
「そこまでやった人いるんだ」
「橋一本を二十年追った奴の方が怖い」
橋ができる。
人の流れが変わる。
新しい道沿いに店ができる。
旧街道から人が減る。
宿場が衰える。
「⋯⋯桶屋だ」
「風、吹いてないけど」
「このゲーム、もう風いらないだろ」
下へスクロールする。
【攻略法について】
【効率的な金策を発見しても長期間使用できるとは限りません】
「知ってる」
干し柿で経験済みだ。
【NPCが模倣する場合があります】
【市場価格が変動する場合があります】
【競合する商人が発生する場合があります】
【対策される場合があります】
最後。
【結論:攻略法を公開するな。どうせゲームにも潰される】
「Wikiの存在意義どこいった」
「攻略Wikiなのに?」
「攻略法を書いたら攻略法が死ぬんだぞ」
コメント欄を見る。
《また潰れた》
《だから書くなって》
《でも書かないと検証できない》
《チーフPがWiki見てる説》
《NPCの方が見てる説》
《それは怖い》
「こいつら十年間何してたんだ」
「楽しそう」
否定できない。
こっちは最近になって、干し柿の相場を潰した程度で喜んでいた。
先人はポチ袋を買わずに死に、嫁を探して水路を掘り、橋一本を二十年追っている。
「勝てる気がしねえ」
「何と戦ってるの?」
「古参」
「いつ始まったの、その戦争」
「今」
さらにWikiを掘る。
【チーフP発言集】
【昨日の正解が今日も正解って変じゃないですか?】
「チーフPって誰だ?」
「開発の偉い人じゃない?」
「発言集まであるぞ」
「嫌な有名人だね」
次。
【攻略法がなくなる? 毎回考えればいいでしょう】
「性格悪いな」
「お兄ちゃん、好きそう」
「プレイヤーとして遭遇する分には嫌だ」
その時。
Wiki上部に表示が出た。
【新着ページ】
【WORLD CHALLENGE】
「⋯⋯何これ」
「世界大会?」
開く。
【SILK GENESIS WORLD CHALLENGE】
【近日詳細発表】
「情報これだけ?」
「コメントなら、いっぱいあるよ」
すでに恐ろしい速度で増えていた。
《また始まった》
《チーフP案件?》
《逃げろ》
《どうせいつもの》
《十周年で何やる気だ》
《正式発表されるまで信じない》
《前にも似たようなこと言ってただろ》
「運営、信用ないな」
「十年の実績だね」
「悪い方の?」
その中に、一つだけ妙な書き込みが入った。
【名無し】《今回は本当にやります》
「ん?」
すぐに返信がつく。
《誰だよ》
《ソース出せ》
《チーフP乙》
《またお前か》
「またお前?」
「常習犯なのかな」
さらに同じ名無しから、一行。
《明日、正式発表します》
「運営じゃん」
美咲が笑った。
「名無しで何してるの」
「公式で書けよ!」
直後。
ページが更新された。
【WORLD CHALLENGE 詳細発表】
【公開まで 23:59:58】
「本当に始まった」
「明日だね」
「ああ」
古参が逃げろと言い、運営らしき名無しが公式より先に書き込んでいる。
ろくでもない奴だ。
たぶん間違いない。
「見るんでしょ?」
「見る」
むしろ、ここまで警戒されているなら見ない理由がない。
俺は攻略Wikiを閉じなかった。




