第八話 まるでVIPなお姫様
三日後、いよいよ紗枝のエステコースが始まった。
「こんにちは」
紗枝は、エステサロン『ビューティー』の扉を軽快に開いた。
カランカランと、扉の鈴の音が紗枝を出迎えた。
「あっ紗枝さん、こんにちは! 今日からですよね」
中島先生が受付カウンターから、オリエンタルな笑みで、紗枝を出迎えてくれた。
「はい、よろしくお願いします」
紗枝は笑顔で答えた。
―今日から始まるんだ、初めてのエステ!
紗枝はどきどきしながら、会員カードを中島先生に渡した。
「はい、じゃあこちらにお着替えください」
体験コースの時と同じように、バスタオルと紙ナプキンが渡されて、紗枝は更衣室に案内された。
「―やっぱりゴージャス」
更衣室に入って紗枝は荷物をロッカーに詰め込むと、あたりを見回した。
この前は緊張してすみずみまで見れなかった更衣室を、今日紗枝は改めてじっくり観察した。
そして改めて紗枝は、玄関から受付、そして更衣室、このエステサロンの隅々にちりばめられた美意識の高さに感銘を覚えた。
更衣室の手洗い場で、紗枝はリポーターの気分で、独り言のコメントをつぶやいた(周りから見ればかなりイタイ子だ)。
「わー、すごいですねー。この蛇口……やっぱり、金でしょうか?
この照明ライトの笠、巻貝模様でかわいいです! それに上品。
椅子なんて革ばりですよ……。
この化粧水と美容液。一本一万円以上もするのに、自由に使っていいなんて。
う〜ん、ここに来るだけで、刺激がいっぱい……誘惑も、いっぱい」
ちらりと紗枝は化粧水と美容液を見つめた。
「いや、ダメだ!」
紗枝は、化粧水と美容液を、自前の小瓶に詰めて帰りたい欲望を抑えた。
美意識の高さとは、誇りの高さでもある。
普段なら何とも思わないセコイ根性も、ここでは萎えていくのだ。
「そうよ、これよ。この気高さよ」
紗枝は握りこぶしをつくっていった。
確かに、これほど洗練された美意識の高い空間に入ると、紗枝の美意識も自然と高まってくるようだった。
そのとき、更衣室のガラス扉がノックされた。
「紗枝様、紗枝様、ご準備できましたらどうぞ」
紗枝様!
更衣室の向こうから響く、優しいスタッフの呼び声が、紗枝をますます、お姫様気分に仕立て上げてくれる。
紗枝は急いで服をすべて脱ぎ、紙ナプキンをはいてバスタオルで身体を包んだ。
「すみません、お待たせしました」
紗枝が扉を開くと、そこにはカルテをもった小柄で可愛らしい先生が立っていた。
紗枝はどきりとした。
―きゃー、可愛くて綺麗!
身長は一五〇センチくらいだろうか。
濃いブラウンの髪は背中まで伸びて、後ろで一つにくくってある。
毛先は可愛くカールしており、ケアがしっかりしているので、天使の輪ができた、瑞々しい髪をしていた。
小さな顔に、大きな二重。
淡いリップの塗られた唇の口角が、可愛く持ち上がる。
「はじめまして紗枝さん。私、横美祢といいます」
「あ、はじめまして。今井といいます」
紗枝はぺこりと頭をさげた。
すると、横美祢先生が紗枝の手を、がしっと握った。
「ひっ?」
紗枝は思わず声を上げた。ずずいと、横美祢先生が紗枝に迫った。
「聞きましたよ、紗枝さん。今回特別コースを組んだんですって?
私、とっても感動しました。
店長と同じ気持ちで、紗枝さんの美改革の応援させていただきますね!」
目をきらきらと輝かせ、横美祢先生は意気込んでいった。
「は、はい。がんばります!」
―ひえ〜。
紗枝は横美祢先生の気迫に押されて、背中をそらせた。
「あら、ごめんなさい。つい力が入っちゃって」
横美祢先生は手を離して、また可愛らしいナースの雰囲気に戻った。
「ではこちらへどうぞ」
そして紗枝を廊下の奥に招いた。
「は、はい」
紗枝はバスタオル一枚で、横美祢先生の後について歩いた。