第六話 体と一緒に「こころ」も磨こう
「え?」
紗枝はきょとんとして店長の顔をみつめた。
店長は凛々しくいった。
「確かに、第一印象の良し悪しというのは、大幅に外見から判断されるなと思います。
でもね、その先、相手といい人間関係を築くかという話になると、外見だけじゃもたないと思うんです。
長く付き合っていくとなると、『こころ』の比重が大きくなってくるんじゃないかしら」
紗枝はうなずいた。
店長は続けた。
「だからね、外見と同じく内面も大事だと私は思います。
それにね紗枝さん。両者って、実は切り離せないものなんですよね。
たとえば、昨日まで一緒にスーツを着て働いていた同僚が、ある日、ぼろぼろの、くっさいTシャツと、破れたジーンズで出勤してきたら?
みんな、『どうしちゃったの、あいつ?』って思いません?
その人を見る目が、何かしら変わるでしょう」
「うん、確かにそうです」
紗枝はいった。
「つまり、『どうしたの? 何かあったの?』と、内面について考えるんですよ」
「ああ、ほんとだ!」
紗枝は手をうった。
「みんな、内面と外見が、ある部分でつながっていることを、ちゃんと分かっているわけです。
そうすると、内面の充実度というのは、自然と外見にも現れてくるのだと私は思います。
私たちエステシャンは、お客様の外見を磨いていくのと同時に、内面を磨くお手伝いもしているんです。
そうしていきたいんです」
「はい、すごい……そう聞くと、私……」
段々と紗枝の表情に、生っ粋の明るさが戻ってきた。
「店長、なんだろう、私、とにかくもっと綺麗になりたいです!」
「えらい!」
店長がパンとひざを叩いて、ソファーから立ち上がった。
「ちょっとこっちへ、紗枝さん」
店長は左の壁の扉を開き、小部屋に紗枝を押し込んだ。
「て、店長」
紗枝はどぎまぎした。
狭い部屋で、二人は顔がくっつく位に近づいた。
―うわあ、ほんとに綺麗な肌!
紗枝は顔を赤くした。
店長の美しい顔が、紗枝の十センチ目の前にある。
―こんなに綺麗なら、男じゃなくてもときめくよ!
彼女に惚れそうな紗枝の手をとって、店長は真面目な顔でいった。
「その言葉、待ってましたよ、紗枝さん。
そんな男のことは忘れて、ドカーンと綺麗になりませんか」
ドカーンと?
紗枝は少し、引きつった笑いを浮かべた。
「えーと、つまりは?」
秘密を耳打ちするようにひそひそと、しかし興奮して、牧野店長はいった。
「集中コースを組んで、体質改善しちゃうんです」
「コース!」紗枝は小声で驚きの声を上げた。
店長が紗枝の手を強く握った。
「やる気のある人は、大歓迎です。
弟からも、熱心な子だって聞いてましたし。
店長の権限をフルに使って、あなただけの特別メニューを作っちゃいます」
そう言い切ると、牧野店長はまじめな顔になって、紗枝の顔をじっと見た。
「紗枝さん。でもね、さっきの話なんですけど。
人って絶対、もともと綺麗なんですよ」
「え?」
紗枝はきょとんとして、店長の顔を見た。
店長はにっこりと微笑んで、もう一度いった。
「人って、もともと綺麗なんです。
私たちはね、紗枝さん。エステで何をしているかといえば、生活習慣等でゆがんだ身体を元に戻す施術をしているんです」
「ゆがみを治す施術ですか?」
「そうですよ。だからもともと持っている、その人本来の綺麗な体に戻していくんです。
紗枝さんはもともと綺麗なんですよ」
「私がもともと綺麗なんですか……」
紗枝は、ドキドキしながら真摯に店長を見つめた。
店長はいった。
「私は、外見とは『外見ファクター』であって、
『視覚的コミュニケーション』だと思っています」
「そとみファクター?」
つまり、見た目因子?
すごい言葉だなぁと、紗枝は思った。
「外見ファクターを磨いて、いっそう綺麗なあなたに近づきましょう、紗枝さん」
そして紗枝の手を握っていた店長は、ついには紗枝の両肩に手をおき、きらきらとした瞳で彼女を見つめた。
「がんばりましょう!」
「……はい、店長」
紗枝は力強くうなずいた。
「決めました。
あたし一生懸命、綺麗になります!」