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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter2:Bloody tears & Rising smile
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ミゼラブル・テン・ディケイド・ガイスト

漆黒しっこくボロボロのローブが行く手を阻(はば9む。


「またアナタ? 用事がないなら付きまとわないでくれる? けがわらわしいわ……」


クレイントスは大げさに悲しみのこもった仕草をした。


ローブのすそから白骨化した手があらわになる。


「おお、それはそれはずいぶん分なお言葉。お嬢様はリッチーをお気に召しませんかな? フフフ……もっとも、リッチーを好き好んでいる物好きはそうそう居ないとは思いますが」


すぐにサユキもクレイントスをにらみつけて臨戦態勢に入った。


「おお……こわこわや。ですが貴女方と私は本質的に同じだと思うのですよ。何度も言うようですが殺しをたのしんでいるのでは? 私は味方みかた殺しの狂人というレッテルを貼られていますが……」


彼は骨の体をすっぽり覆うローブをヒラヒラとなびかせた。


そしてフワフワと浮きながらクレイントスはレイシェルを指差した。


何やら印を書き始めた。まるで呪いをかけるように不気味な動きだ。


「クレイントスッ!! 貴様、お嬢様に何かしてみなさい!! ただでは済まさなくってよ!!」


サユキがを声大にして荒らげ、クレイントスを牽制けんせいした。


「おやおやぁ……人間は”God bless you”って言って互いの幸運を祈るじゃないですか。それのリッチー版だと思って下さい。”Death kill you”ですよ。フフフ……」


 そう言うと彼はレイシーたちとの距離を詰めた。


「いやぁ。昔は私も貴女方あなたがたと同じような事をしていました。ただし、狩るのはモンスターや獣でなく、”人間”でしたがね。私はある時、ふと気づいたのです。私が戦う理由は東部の為でも、自分の家の為でも、戦いを終わらせる為でも、自分の名誉の為でさえもなかったことを……」


お嬢様はクレイントスがえつに入った事にまだイラつき始めた。


そして、話をぶった切りにして相手の言わんとする事を先に言い放った。


「結局、人を殺すのが一番楽しかったんでしょ……。その話は何度も聞いたわ。だから何? そのうち私が殺人鬼に成り果てるとでも言いたいの?」


少女はクレイントスを嫌悪けんおの視線でにらみつけた。


「いえ……そうは言い切りませんが”将来有望”だなと。素晴らしいことです」


クレイントスはカタカタと音を立てながら賞賛の拍手を送った。


フードの下に頭部が隠れていて、表情をうかがい知ることは出来ない。


恐らくフードの中身も頭蓋骨であるはずなので、表情もなにもあったものでないとは思うのだが。


「で、何? 私達の前に現れたという事は何か用事があるんでしょ? さっさと言いなさいよ。用事がないなら帰るわよ」


レイシェルハウトがすれ違った瞬間、目の前にローブがテレポートしてきて行く手をはばんだ。


テレポートを始めとした転移魔法は使いこなすのが難しい。


失敗すると別次元や別空間に行ったまま帰ってこれなくなる恐れがあるためだ。


その点、リッチーはすぐに戻ってくることができる。


「フフフ……お待ちください。私が貴方に用事があるっておわかりじゃないですか。ならばお付き合いしてくださいよ。今回の発明は『炎の効かない不死者アンデッド』です」


クレイントスはしばしばこうやって山に狩りに来るレイシェルを捕まえては実験を繰り返している。


彼の出してくる課題や発明は毎回なかなか手応えがあり、下手な狩りに比べてよっぽど面白い。


その新発明を聞いてレイシェルの表情が明るくなった。


「面白そうじゃない。いいわ。やってみなさい」


「お嬢様!! いけません。こんな者の戯言ざれごとに耳をかたむけては――」


静止するサユキを押しのけてレイシーは前に出た。


2人は俗にいう腐れ縁というやつで、友好とも敵対とも言えない危うい関係が成り立っている。


クレイントスが彼女の感情を逆なでするたびに「貴様を消滅させる」と警告している。


しかし、結局いつも有耶無耶うやむやになっている。


なんだかんだで良い遊び相手だと言えるのかもしれない。


「う~ん、いいですねェいいですねェ……。火力の強さ的にはお嬢様は申し分ありません。もしこれでお嬢様の攻撃に耐え切れば、実験は成功です……では行きますよ!! サモン・テン・ディケイド・ガイスト!!」


そうクレイントスが唱えると地面からスケルトンが浮き出てきた。


腕当てや脚あては無いが、剣と盾を装備している。


通常のスケルトンとは違い、やや橙色だいだいいろがかっていた。


「ううう……母さん、俺が悪かったよ。戦場に出て名を上げようとした俺が馬鹿だったんだ……」


 スケルトンは通常の不死者とは思えないクリアな発声と高度な言語で喋り始めた。


「これが試作新型スケルトン、『ネークノーク』です。ちなみにソウルは先の内戦で荒廃こうはいした古戦場からつい最近拾い上げてきたものです。あの戦いから100年も経つのに未だにこんな未練深い魂がさまよっているモンですねぇ。私も驚きましたよ」


ネークノークがカタカタ口を開け閉めしてまたなにか喋り始めた。


「背中に刺さった矢が痛い。背中だけじゃなくてあちこちに刺さっている……もう、どこが痛いのかさえわからない。誰かいっそ殺してくれ……」


「ああ……母さん、畑を手伝わずに剣の稽古けいこばかりしていた俺を許してくれ……もし無事に帰れたら一緒に畑をやろう……」


「うう……ううう……また今夜も敵兵がやってくる。暗闇の中、誰が生き残って誰が死んだかも分からない。眠ることさえも出来ない。もうここ5日間は一睡もしていない……」


「わからない。わからない。俺は何をするためにここに来たんだ。英雄になりたかったんじゃないのか。人を殺せば英雄になれるっていうのか……」


ネークノークは立て続けに苦悶くもんの言葉を一方的にしゃべり続けている。


クレイントスはそれを聞いていて吐き捨てるように言った。


「所詮は過去のソウル。記憶を掘り返してうわ言の様につぶやくだけですね。自律的な発展性が全く感じられない。ここらへんはまだ改造する余地がありそうですね。実に非生産的な存在だ」


魂の悲痛な言葉を聞いてレイシェルとサユキは愕然がくぜんとした。


サユキは同時に激しい怒りを覚えた。


「貴様ッ!! 死者を愚弄ぐろうするのも大概にしろッ!!」


食って掛かるように身を乗り出したサユキをレイシェルが体でさえぎった。


彼女は不敵な笑みを浮かべた。


レイシェルハウトはこれをゲームか何かのようにたのしんででいるらしい。


こうなってしまったらもう誰も手を付けることは出来ない。サユキはそうさとって一歩退いた。


「哀れな亡者もうじゃだこと。元通りになれないほど粉々にしてあげるわ!!」


悦殺えっさつはその様子をみて満足そうに声を上げて笑った。


「フフフ……ハハ。それでこそウルラディールの次期当主。できるだけ全力でかかって来てくださいよ」


レイシェルの表情は明らかに戦いに取り憑かれていた。


100年前の戦士との戦いで自分もかつての戦場に立っているような感覚に陥っているようだ。


我を忘れているようにも見えた。


次の瞬間、ネークノークは目を真っ赤に光らせて斬りつけてきた。


「敵兵だ!! こいつを殺して手柄を立てて、故郷ににしきを飾るんだ!!」


不死者アンデッドはそう叫びながら剣の連撃をレイシェルめがけて放った。


しかし、レイシェルはそれをヒラリヒラリと器用にかわし、逆に強烈な反撃を打ち込んだ。


「熱・拳・発・ねっけんはっぱ!! ブラスティング・ビィィィィトッ!!」


 炎を帯びた右腕の拳がクリティカルヒットした。


この一撃で相手の左半身は一気にはじけ飛ぶかと思われた。


しかし、シールドを破壊するだけにとどまった。


内側の本体に攻撃が当たった感触はあったのだが、相手の腕はびくともしていない。


今の一撃でダメージが通らないのならばわざわざ近接戦で相手をすることもないとレイシェルは考えた。


バックステップの後、後退してネークノークとの距離を開けた。


腰に差している宝石のついた小ぶりなワンドを取り出した。


「ほう、魔術杖ですか。魔法の威力を上げて一気にダメージを与えるつもりのようですねェ。おっと、さきほどの結果は……全力のブラスティング・ビートを受けて本体の損傷率30%未満。盾がなかったとすれば損傷率80%。んー、試作にしてはまずまずの結果ですねェ……」


 クレイントスはレイシェルとネークノークの戦いを脇で眺めていた。


そして改良に向けてのフィードバック内容をすらすらとリストアップしていた。


「スペル・メルティング・ポット!! ブリッツ&フレイム!! 天から注ぐ業炎ごうえんいかづちッ!! エクセキューショナーズ・ハンズ!!」


そう唱えると赤い稲光いなびかりがあちこちで起こった。


すぐに敵にめがけて炎を帯びた電撃の塊が轟音ごうおんを上げて落下した。


赤い雷はそのまましばらく地上で爆音ごうおん閃光せんこうを上げ炸裂さくれつした。


やがて四方八方にスジを残しながら消えていった。


稲妻いなづまの音が山を揺らし、やまびこのようにウォルテナ中に爆音を轟かせた。


町人はまた演習でもやっているのだろうと意にも介さなかった。


「あり……ありがとう……」


微かに声が聞こえたような気がした。


ネークノークの居た場所にはは焦げカスが残っているのみだった。


それを見たクレイントスは思わず感嘆かんたんし。再び拍手はくしゅを送った。


「おォ~。ミックス・ジュースですか。高度な魔法をお使いでいらっしゃる。ネークノークの最終損傷率は160%っと。あれだけの呪文を食らって160%はかなり好成績と言えますね……。予想より遥かに耐久率の高いアンデッドが出来そうだ……」


レイシーはまたもやマナ切れを起こし、膝に手を付いて前かがみになっていた。


額からは大量の汗が噴き出している。


レイシェルがバテたのを確認してからクレイントスは後退しはじめた。


「あ~、お嬢様、私の完敗……と言いたいところなのですが、決め手は炎属性だけでなく、雷属性も混じっていました。残念ながらレギュレーション違反で今回は”失格”です。……フフフ。これで次のリッチー学会で有意義なプレゼンができると思います。貴女のお陰ですよお嬢様。それではまたいつか。ご機嫌麗きげんうるわしゅう」


そう言い放つと悦殺えっさつはテレポートして消えた。


うわさによればリッチーは密かに会合を開き、あらゆる分野での研究を重ねているという。


今回の耐炎アンデッドの件も学会に持ち込むための話のタネだったのだろう。


レイシェルはそれを聞いて我に返り、上手い具合にそそのかされて利用されたと感じた。


おまけに未練の塊のような魂を見せられて胸糞も悪かった。


行きどころのない憤りが彼女を包んでついに堪忍袋かんにんぶくろの緒が切れた。


「ふッ、ふっざけるんじゃ、ふさけるんじゃふざけるんじゃふざけるんじゃふざけるんじゃふざけるんじゃァないわよーーーーーーーーッ!!」


彼女は我を忘れ、狂乱したかのように拳で何度も露出した地表を激しく殴りつけた。


気づくとサユキが彼女の腕を掴んで押さえ込んでいた。


目線を落とすとかすかに積もる雪に自分の拳からにじみ出た鮮血があかく、あかく染みていた。

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