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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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丘犬は魂をも導く

 やがてアシェリィは森の小道を抜けて家に帰り着いた。彼女の家は小さな木製の一階建てだ。とても粗末な家で、雨漏りはするし、床が抜けそうな箇所がいくつもあるボロ屋敷である。

 いい点といえば年がら年中森林浴を楽しめる立地にあるというところだろうか。森のど真ん中にある家と言えばそれまでなのだが。

「ただいま!!」
「おかえりなさい」「おかえり」

父、バルドーレと母、アキネが仕事をしながら娘を労う声をかけた。アシェリィは両親と本人の三人で生活している。

 少し変わった家庭環境で、身分の格差のために結婚を両方の両親から猛反対された結果、駆け落ちしてこの村に移り住んだらしい。

 そのため父は西部出身、母は東部出身という珍しい夫婦である。詮索しにくい雰囲気が漂っているのでアシェリィは祖父母に関して詳しく聞いたことがないが、どちらの両親も存命しているらしい。

 バルドーレは横に長く浅い浴槽のようなものにローブを浸して力を込めている。その浴槽にはパステルカラーのライラック色の液体がなみなみと張られている。

 浴槽の前に立ち、父は両手を液に浸し左右に往復させ、満遍なくローブをエンチャントしていた。その手元はぼんやりと光っている。その大きなが玄関にあることによって居間のスペースを大きく圧迫していた。

 その脇でアキネは布を縫い合わせ、ローブを作っていた。フード付きのベージュ色のローブが何枚も積み重なっておいてある。

 繊維の元となっているのはタルネイボクという樹木の繊維である。タルネイ木は表皮の内部がびっしりと詰まった頑丈な植物性の繊維によって構成されている。

 その細かい繊維を引き抜いて丁寧によじった糸を編んでローブは作られている。元々、まっすぐ水を吸い上げるためにこのような樹木の構造になっているため、繊維と液体との親和性は抜群である。

 アシェリィは自分の部屋にかばんを置いてからすぐ居間へと戻り、新しく染めなおした愛用のライラック色のローブに袖を通しながら両親に声をかけた。

「じゃあ、ライラマ摘みに行ってくるね」

 バルドーレは汗だくになりながら言った。

「気を付けてな。暗くなる前に帰るんだよ」

 アキネもそれを聞いて声をかける。

「お夕飯はオオカタバサミザリガニのフライですからね。いってらっしゃい」
「ザリガニフライ? やった~。いってきま~す!!」

 アシェリィは玄関近くの大きなカゴを持つと手を振りながら玄関のドアを開けて外出していった。このあたりは凶暴なモンスターはいないが、夜になると獣が徘徊する。

 少し肉体エンチャントができれば撃退可能な、なんともない獣だが、アシェリィにとっては脅威となりうるのだ。そのため彼女は外出するときは常にフード付きで足元まで伸びるパステルカラーの紫色のローブを身に着けているのだった。

 このローブには投げられた石が当たったり、獣に噛み付かれたくらいでは痛みを感じない程度の強度があった。

 他の村人は少なからず肉体強化が可能なので遠出以外ではローブを着る必要はなかった。いつも紫のローブを着ているのはアシェリィだけだった。

――ライラマ摘み、それが彼女の仕事だ。
 ライラマとはこの地方に自生する花で、紫色の小さな花をスズラン状につける花だ。食用とするには苦すぎて利用価値が無いように思われがちだが、生えているうちはマナを大気中に放出するという特殊な性質を持つ植物である。

 アシェリィ一家、クレメンツ家の稼業はこのライラマを加工し、少しだけ物理、魔法抵抗のあるローブを作る事だった。これはこの村の特産品であり、アルマ染と呼ばれている。資源や特産品の乏しいアルマ村にとっての貴重な収入源である。

 ライラマは鮮度が落ちるとマナを一気に放出してしまうので民家のすぐそばに群生地のあるアルマ村でしか出来ない染料として知られている。

 ライラマの性質上、しばらくすると徐々に効果が薄れていくため、マジックアイテムの中ではほとんど価値がなく、市場価値は低い。それでもなけなしの売り物である事に変わりはなかった。

 例に漏れず、アルマ染めしか拠り所のないクレメンツ家もまた貧乏な生活を送っていた。クレメンツ家だけではなく、村全体が等しく貧乏だった。本当にアルマ染めくらいしか金銭的に村を支える要素が無いのだ。

 もっとも、村の外に出ない一家にとってはこの程度の収入でも十分だったし、今の生活に家族は全員満足していた。それは他の村人たちもおおむね同じであった。

 アシェリィは裏の小高い丘の上に広がるライラマ群生地て花の根本付近をカマでひたすら刈っていく。彼女は昼間、学校に行っては夜にライラマを刈り、休みの日もライラマを刈っていた。

 この作業は非常に単調で頭を使う必要が無かったため、この時間は物思いにふける事が多かった。

 彼女は漠然と冒険や旅に憧れていた。幼い頃、病弱で友達がいなかった頃、唯一彼女に会いに来てくれた年上の少女がいた。

 ”世界中を巡ってどちらが多くのお宝を集められるか競争しよう”それがその初めて出来た友達との約束でもあった。

 冒険者の中でも”トレジャーハンター”と呼ばれる部類の者達である。しかし今の自分はどうだろうか。退屈な学校に行っては単調なライラマ摘みを繰り返すばかりで、彼女が憧れる理想とは程遠い。

「はぁ・・・自由に世界を冒険できたら楽しいんだろうなぁ。」

 ライラマを摘みながらまだ見ぬ世界に思いを馳せるのもまた彼女の日課であった。彼女は特にトレジャーハンターに憧れていたが、別に財宝を見つけて大金持ちになろうとは思っているわけではない。

 珍しいものを見てみたいという純粋な知的好奇心から来る動機であった。もちろん財宝発見によって発生する副次的な利益で家計を手伝えればいいななどと思っているのだが。

 薄暗くなったため、帰ろうと慣れた所作で山盛りのライラマが乗ったカゴを持ち上げた。両手で頭の上にカゴを乗せた後、軽く片手を添えて器用に持ち上げながら家に帰った。

 アシェリィがライラマを取り、それを煮詰め浴槽に張る。そしてアキネが布をエンチャントをし、その布にバルドーレがライラマのマナを擦り込む。これによってクレメンツ家でのアルマ染めは成り立っていた。

 ほかの家ではもっと効率よくやっているようだったが、彼女の家ではそれが限界だった。限界とは言っても完全に新規参入であったクレメンツ家からすれば出来過ぎているほどである。ひと段落ついて家族の団欒が始まった。

「学校の本はもう読んじゃった。今度隣町のシリルへ連れてってよ」
「そうだな、今回の出荷分は今日出来上がったから近いうちにシリルへ行こう。村長さんにウィールネール車の使用許可を得ないとね」

 アシェリィは成績優秀な努力家ではあったが特別、学問に熱心というわけではなく、どちらかといえば冒険譚や探検手記などの方を好み、心から旅や冒険に憧れて、まだ見ぬ世界、風景、財宝、そして色々な人に会ってみたいと常日頃から思っていた。

 病弱だったころの反動からか彼女の好奇心は人一倍強かった。なにより病弱で寝たきりだった彼女に会いに来てくれた少女が楽しそうに冒険の話をしてくれたのが大きく影響している。

 アキネは大体どんな本を借りてくるのかわかったように笑みを浮かべアシェリィに言った。

「また勇者ご一行様の本?本当にアシェリィは旅が好きなのね。いつかお金をためてガードマンでもつけて三人で旅行にでも行きましょうか!」

 クレメンツ家の収入からこの類の旅の計画が実行に移されたことはなかったが、金銭的不便に一家がめげることはなかった。

 アシェリィが元気になってからというもの、一家の雰囲気は一気に明るくなり、三人は身の丈にあった幸せな生活を送っていたからだ。

 三人でにこやかにオオカタバサミザリガニのフライを味わっていたその時、ドアを強く叩く音が居間に響き、家族は驚いた。普段、こんな時間に来客が訪ねてくることはまず無い。

 しかもドアの叩き方から、何かしらただごとでない雰囲気が漂ってくる。バルドーレがそれに応じて返事をしてからドアを開けた。

「た、大変だ!! 学校が火事に!! 燃え上がっていて、このままじゃ村長の家や森に燃え移るぞ!! しかも話しによればまだ中にレンツさんが!!」
「!!」

 村人が酷く狼狽しながら言った。走って来ただろうかひどく呼吸が乱れ、汗をかいている。平穏な家族の団欒は一瞬にして崩れた。バルドーレもアキネもアシェリィもあまりの突然の出来事に戸惑いを隠せなかった。

「私も行きます! みんなは家で大人しくしていなさい! 火の手を感じたらすぐに逃げるんだ!! 頼んだよアキネ!!」

 そういうと父は村人と共に走り出していった。クレメンツ家の灯りから伸びる人影を残しながら、漆黒の夜道の中に消える。バルドーレは肉体エンチャントも少し出来るのでアシェリィの半分くらいの時間で学校前広場まで到着できるはずだ。

連絡に来た村人と共に木々の間の林道を走り、広場に抜ける。

「ほっ、本当に、本当に学校が……!!」

 バルドーレは唖然として思わず火のゆらめきに見入ってしまった。すぐに我に返り周囲を見渡すと大人に混じって一人だけ子供が居た。おそらく悪ガキと評判のダンだ。

「お、俺は、おれぁこんな……センコ……先生を殺すつもりなんてなかった!! 無かったんだよぉ!! 火だってつけるつもりじゃ無かった!! あんな激しい炎なんて俺に出せるわけなんてない。ない……ない、ない、ない!!」

 少年は完全にパニックに陥っており、まともな受け答えが出来そうにない。ただ、喚いている内容からすると中にレンツ先生が取り残されているらしい事は分かった。

「小僧、邪魔だ! どけッ!!」

 ガタイの良いひげ面の中年男性に彼は跳ね飛ばされ、少年はそのままへたり込んだ。もう声さえ出ないようだ。足をガクガク震わせて自分を抱きしめるように体を抱え、下を向いたまま動かなくなった。

 学校の周りには消火に参加できそうな村人が集められていた。すぐにその輪にバルドーレも加わった。

 広場の中央にある広い円形の井戸に肉体エンチャントのできる人々が集まり、とても大きい樽に水をすくい、井戸から直接離れた校舎に向かって水をかけ続けた。中には女性も混じっていた。

 バケツリレーをするのではなく、井戸から組み上げた樽を一人一人が持ち上げて建物にかけている。

「どうしたんだ!! 全然火の手が収まらないぞ!! それどころかますます炎の勢いが上がっていく!! これじゃぁレンツさんは……」

 アシュリィの”今日は良く火が燃える”という予想は的中した。不運にも燃えるのは風呂の薪で無く、学校だったのだが。

 村人たちは全力で水をかけ続けたが汲み上げ式の井戸だったため、燃え上がる火の勢いに追いつかない。バルドーレはこのままでは森全体に燃え広がりかねないと家族を心配した。大汗をかきながら必死に樽から水を撒き続ける。

 4~5人の村人たちは必死に続けたが、徐々に動きが鈍くなりへたり込んでしまった。村人たちは祈った。どうか「創雲のオルバ」の加護があることを。

 その場に居たあらかたの村人が鎮火を諦めて力なく水をかける手を止めてしまった次の刹那、森の中から巨大な狼が飛び出してきて広場の中央に割り込んできた。地面を爪で擦りながら減速する。周りの村人達は驚きと恐怖で散り散りになった。

「いやまて、丘犬様だ!! 丘犬様が来て下すったぞ!!」

 丘犬様と呼ばれた狼は大人の男性2人分程度の大きさはあるように思えた。混乱する村人をよそに口からものすごい勢いで大量の水を吐き出し始めた。

 火があっという間に鎮火していく。不思議なことに丘犬は自身の体の体積より明らかに多くの水を噴出している。井戸から水を供給する事もなくだ。

 村人たちが棒立ちになっている間に炎は姿を消し、校舎の無残な焼け跡が姿を現した。

 丘犬はすぐに焼け跡に顔を突っ込んで何かを探り始めた。焦げ臭い臭いがあたりに漂う中、特定の臭いを拾おうと集中しているように見えた。「スンスン」という鼻息を立てながら焼け跡をそろりそろりと歩いて行く。

「レ、レンツ先生だ。レンツ先生の遺体を探してるんだ……」

 村人がそうつぶやくと皆、伏し目がちになったり、顔を焼け跡からそむけた。泣きだしている者も入る。

 そうこうしているうちに丘犬に動きがあった。真っ黒に焦げた柱を噛み、脇へ放り投げた。その後、すぐに頭部を地面に突っ込み、何かを咥えた。

 光源は応急的に焚かれたかがり火のみだったが、遠巻きに見ても丘犬が咥えているのは人間の形をしているのがわかった。

それを確認したその場の全員が沈痛な面持ちになり、各々がレンツ先生の死を確信し、冥福を祈った。

 レンツを発見した丘犬は目的を達成したとばかりにレンツを甘噛みしたまま持ち上げ、そのまま夜の森の中めがけて弾丸の様に疾走して去っていった。

 一連の出来事を見守っていた長老は悲しげにつぶやいた。

「きっと、オルバ様が彼の魂を迷うことなきよう、導いてくださるのじゃろう。あんな亡くなりかたをしたんじゃ。正直、我々では弔いきれん……」

 バルドーレはとぼとぼと家に帰った。帰って何も言わないまま、ススの付いた顔を流しで洗った。

 普段、滅多に塞ぎこむことのない父がそんな態度を見せたことによってアキネとアシェリィは不穏な空気をピリピリと肌に感じていた。流水をしばらく頭にかぶったバルドーレは一息ついてから語り始めた。

「丘犬様のおかげで無事に火事は鎮火できた……。だけど、学校に残っていたレンツ先生が……」
「レンツ先生……レンツ先生!? レンツ先生がどうしたの!?」

 思わず声を荒らげてアシェリィは迫るように父に問いただした。まさかそんな馬鹿な事があってたまるかと言わんばかりだ。だが、彼女自身も理不尽な現実に直面してしまったのではないかと心のどこかで思っていた。

「火事に巻き込まれて……亡くなったよ」

 バルドーレは流しに手を付いて窓の方を見たまま、諦めをつけたようにそう答えた。アシェリィの顔はとてもではないが見ることが出来ない。

 大人は聞き分けよく現実を受け止め、物事を諦観することも出来る。だが、まだたかだか10年程度しか生きていない子供にそれが出来るわけがないというのは火を見るよりも明らかだった。

「嘘……嘘よそんなのッ!!」

 アシェリィはそれを聞いて頭が真っ白になって気が動転した。無意識にテーブルを叩きながら立ち上がり、自室に篭ってしまった。中途半端に手を付けられた食事が虚しくテーブルの上に残るだけとなった。

「アシェリィ……」

 夫妻は娘の事をとても心配したが、今は何もしてやることができないと悟り、無力さを痛感した。きっと彼女の傷を癒してくれるのは時だけだろうと自分たちに言い聞かせる事しかできなかった。
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