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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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●それはまるでおままごとのような

 レイシェルの運命の歯車が大きく動き出した頃から遡ることおよそ二年。もう一人の少女の運命の歯車も既に回り始めていた。それは首長蛙の月の下旬の出来事だった。

「うわ、寝坊しちゃった!早く学校いかなきゃ!!」

 すらっとした体形の少女が勢いよく木のドアを開いて飛び出した。鮮やかな緑色のツヤツヤとした長いポニーテールを可憐に風になびかせながら、大地を蹴って走る。

 走りながら半身をひねって飛び出してきた方の自宅の方を向いて母親に向けておもいっきり手を振った。

「行ってきまーす!!」
「待ちなさい、ご飯ぐらい持っていきなさいなー!!」

 それを聞いて少女は慌てながらも一旦、自宅の玄関前まで走って戻った。

 少女の母親はこの地方で主食とされているラクダミの草だんごを大きめのハンカチに包んで少女に2つ渡した。その草だんごはまん丸で深緑色をして、テカテカと光沢のある見た目が特徴的だ。

「お母さん、ありがとう!!」

 少女は笑顔を浮かべ、トンボ返りして家を飛び出していった。母もそれを笑顔で見送った。少女は小ぶりな団子を少しずつかじりながら森のなかの細道を全力で走った。

 草だんごの味わいのある苦味が舌に広がっていく。森の中に差し込む暖かい日光と溢れかえる緑、香るマナに少女は包まれる。心地よい風を身に感じながら少女はガッツェ杉の並木を教科書の入ったかばんとポニーテールを揺らしながら走っていった。

 高い木々の間の林道を駆け抜ける。道は細く、延々と森が続いている。街道というよりは獣道に近い。この道を利用するのは彼女や、彼女の家族、そしてたまの来客くらいのものである。

 ある程度、開けていて陽は当たるが、夕方になると木の陰になり真っ暗だ。大きく息を吸い込んで続けて走って行くとむせかえるような緑のマナを感じる。

 道端にパステルカラーの紫色をした鮮やかな色合いの花が風にそよいでいる。群生したその花はまるで絨毯のように草原と丘を覆っていた。

 緑に紫のパステルカラーが混ざり、単調になりがちな森に彩りを添えている。走りながら脇目で眺めても心が癒やされていくような穏やかな風景だ。

「学校までは……あと半分!」

 少女は息を切らしながら学校へと走った。履いているスカートがはためいた。小走りで休憩なしに走り続けていた少女は息は上がっていたものの、走って登校することはしばしばあったので余裕があった。

 運動神経は悪くない方だと思っているが特に優れているわけでもないと本人は思っている。徐々に深い森が開けて数軒の民家が見えた。それの脇を通り過ぎてゆく。

 やがて村の中央広場についた。ここはライネンテ最南端の小さな村、アルマ村である。シリルから歩いて4時間ほどの距離にあり、交易路と多く外れた森のなかにあるとてつもない田舎の村である。

 一応、アルマ染めやライラマといった特産品があるのだが、名前が知られるばかりでこの村を訪ねてくる外部の旅人はほとんどいない。外部との交流とえいば隣町のシリル間とのやりとり程度である。

 アシェリィの到着した広場は井戸を中心として、それを囲むように民家が数件向かい合っている。その中でも少し大きめの建物が目立つ。一見、少し大きい程度の民家だがれっきとした学校である。

 あたふたしながら学校のドアの取手を引いて開けると生徒が全員席に座って授業はもう始まっていた。

「アシェリィ、寝坊ですか?席に着きなさい」

 黒い服に白い線上の装飾がついた服を着た冴えない顔をした中肉中背の教師はそういうと飛び込ん来た彼女に落ち着いてから席につくよう促した。

「ハァ・・・ハァ・・・は、はい。レンツ先生」

 アシェリィと呼ばれた少女は息を切らしながら席に座った。それを確認したレンツ先生と呼ばれた男性教師が授業の続きを始めた。

「はし。アシェーリィー・クレメンツ。君は今月2回目の遅刻です。早く教科書を用意しなさい。えーっと、続きはどこからだったかな?自然界には『マナ』と呼ばれるエネルギーが存在し、それは我々の生活に大きく影響しているのはみなさんも知っていることかと思います。マナは我々の命の元である「魂」の元であるとされ、体中にもマナがめぐっています」

 レンツ先生は教壇に戻って出席簿に記入した後、教室中を巡りながらテキストを読み上げていった。使い古された参考書はボロボロで、生徒たちが使っている教科書も相当年季物である。

「えー、そのため、マナを術に使ったり、何かを強化したり、効果を与えるのに使いすぎると最初は汗がではじめ、めまい、だるさ……”けんたいかん”というやつですね。他にも熱が出る、病気にかかりやすくなる、そして更に使いすぎると気絶したり、最悪死んでしまいます。まぁ、普通の術や強化ではまず死んでしまうことはありませんので皆さんは心配しないように」

 アシェリィは息を整え終わり、教科書を出して今読んでいるページをひらいたが、内容はごくごく単純なもので、暗唱すら出来そうなくらいの内容しか載っていなかった。

 授業の内容も大抵何度か聞いたことのあるような内容ばかりで知的好奇心を満たす要素が殆どなかった。彼女は今日も窓枠の外の緑あふれる風景を眺めていた。

(先生には悪いんだけど退屈だなぁ……)

 彼女は勉強熱心で学校にある大抵の本を読みきってしまっていた事も講義の退屈さに大きく影響していた。彼女自身、単に真面目だったというのもあるが、他の生徒との遅れを取り戻そうと強い焦燥感を抱いていたからでもある。

 アシェリィリィは幼少期の子供の5%程度が羅患するとされる風土病、バイル熱を患っていたため、なかなかベッドから起き上がることが出来ず、学校に通えるようになったのもほんの3年前の話だ。

 不幸にも通常より重い症状に悩まされ、9歳までは全くベッドから思うように出られなかった程である。そのため、来月の満月クラゲの月に13歳になる彼女が学校で勉強した期間は実質4年程度しかないことになる。

 他の生徒たちは4~6歳程度から学校に通い始めているので、それに比べればあらゆる面で大きなハンデを抱えていた。

 だがそれも昔の事だったかのように今はレンツ先生から学業優秀で運動神経も良いと評されている。”ある点”を除いてだが。

 レンツ先生は授業を続けつつ、アシェリィがよそ見をして上の空なのに気づいた。隣の女子生徒に関しては堂々と爆睡している。

 7人しか生徒がいない教室では一人一人の挙動が一目で手に取るようにわかる。生徒は幼い少年少女からアシェリィのようにある程度の歳の生徒まで幅が広かった。

 幼い子供は子供で貴重な学校の備品である机に落書きをしていたりする。これがこの学校の日常である。なんというか非常に規律が緩く、ゆったりとしているのだ。悪く言えば締まりのない学校とも言える。

(ん、またアシェリィはよそ見、ハンナは居眠り、ルーカスは落書きかぁ。仕方がないな……)

 レンツ先生ははアシェリィの真面目な性格を知っているし、たゆまぬ努力も見てきた。なので彼女を咎める気は起きなかった。

 さすがに爆睡しているハンナを見過ごすわけにもいかず、無言でポンポンと頭を叩いてさり気なく起こした。ハンナはよだれを垂らしながら薄目で体を起こしたが、そのまま再び眠りにおちてしまった。レンツはため息をつきながら授業を続けた。

 教える内容が単純かつ一定水準に達していないのがこの学校の致命的な欠点である。それはこの村の規模が小さく、教育水準も低いため仕方のない事ではあった。

 加えて年少の生徒が混じっている事が授業内容の浅さに拍車をかけていた。正直言って、村には教師を雇う余裕さえ無く、この学校唯一の教師であるレンツはルーンティア教会から慈善事業として派遣されているに過ぎない。

 それに学校自体の設備や備品も非常に貧小であった。一軒家としては広いが生徒を抱える学校としては狭く、参考書や教科書、その他書籍の取り揃えも良くない。

 マジックアイテムなどという高級な教材があるわけもなく、生徒たちはおままごとの魔術を勉強しながら毎日を過ごしていた。

 教室にかかった古時計が授業の終了時間をさしたのを確認して、レンツはパタンと教科書を閉じた。

「はい。では一時間目終わり。二時間目はエンチャント、自分や物を強化する授業です。いったん休み時間です」

 生徒たちは席を立ったり、本を読みだしたり、思い思いに動き始めた。寝ていた少女、ハンナも授業が終わった気配を察し、ムクリと起き上がりアシェリィの机に腕を付いて元気に挨拶した。

「やっほー!まぁ家があんな森の中だし、遅刻してもしょうがないっしょ」

 満面の笑みで橙色の髪の毛をして体格の良い勝気な印象を持つ少女がアシェリィの机に腰かけた。

「あは、あはは……寝てたし、てっきり遅刻したのに気づいてなかったんじゃないかと思ってたんだけどな……。ハンナおはよう。今日はたまたま寝坊しちゃってね」

 アシェリィは目をつむりながら額に手のひらを当てて「やっちゃった」と言わんばかりの仕草と表情を見せた。徐々にその表情は苦悩に満ちたものへと変化していった。

 典型的優等生であるアシェリィにとって、遅刻はいかなる状況でも回避すべき禁忌である。それを月に2回も犯してしまったのだ。憂鬱にもなる。

 対するハンナは遅刻常習犯な上に、居眠りの常習犯でもある。アシェリィから蔑視されても文句の言えないような態度だったが、アシェリィは自分に厳しく他人に優しい心根の持ち主であったため、成績がお世辞にも良くないハンナを見下すようなことはなく、親友として対等な付き合いをしてきた。

 そういった人の欠陥を意識せずに交際していける事もアシェリィの長所の一つだった。

「全く、よくあんな距離を走ってくるよね。体力馬鹿だわアンタ。そんな毎日走りこんでるとふくらはぎとかパンパンに太くなっちゃうんじゃない?」

 アナはニヤニヤしながらアシェリィを茶化した。

「もー、ヒドいなぁ……。いくらなんでも体力バカはないよー! それじゃまるで男の人みたいじゃん!!」

 アシェリィは微笑みながらハンナを肘でつついた。長い間、閉じこもりきりで右も左も分からなかったアシェリィが学校にすぐ馴染めたのは気さくなハンナが真っ先に声をかけてくれたおかげだった。今ではお互いにかけがいのない親友だと思っている。その後もたわいのない会話は続く。

「ねぇねぇ、この間、お父さんが街のおいしいお菓子をね……」
「それって甘いお菓子?」

 ハンナがお菓子を取り出そうとズボンのポケットに手を突っ込んだ瞬間、アシェリィやハンナと同年代の少年が教室中に響く大きな声でアシェリィを詰りはじめた。

「やーい、このマナ無し女!! ペチャパイ女!!」

 クラスの悪ガキ、ダンだ。短い茶髪をして、頭の脇には剃りこみが入っている。頬には絆創膏が貼られており、体のあちこちに小さな傷があった。いかにもあちこちでヤンチャをしている風貌の少年である。

「よぉ、次はマナを使う授業だぜぇ!! 出来損ないがよぉ!!」

 ダンは振り向いてこちらを見ているアシェリィを指さしてそう煽った。他の生徒達は居心地が悪そうに教室の隅へと移動していった。ガキ大将とはいえ、そのあまりの荒々しさから彼の味方につくものはおらず、子分はいなかった。

「ダン!!いい加減にしないとぶつよ!!」

 ハンナがすぐにダンめがけて突っ込んでいった。「いい加減にしないとぶつ」と言いながら、既におもいっきり腕を振りかぶって殴る姿勢をとっていた。

「あんだと!? やるかこのゴリラ女!」
「ゴッ・・・!」

 ハンナの怒りは一瞬で沸騰しマグマのように煮え立った、思いっきりダンの頭をグーで殴り飛ばす。全力で肉体エンチャントされた拳の一撃をモロにくらってダンは教室の端に吹っ飛んだ。

 すぐさまハンナが追撃をかけんと飛びかかったが、突然ハンナが後ろに飛び退いた。なぜだか振り上げた腕を引っ込め、その腕を押さえている。

 対するダンは手のひらをこすり合わせて小さな火花を散らしていた。

「あ~、痛っっってぇ~。この怪力女、手加減無しで殴りやがって。鉄みてぇなゲンコツだぜ……。だがな、ざまぁみろ。油断して近づくからだゼ。俺より痛い思いするのはテメェの方だよ!!」

 ダンがニタニタと笑いながら火打ち石の様に拳をぶつかり合わせると更に大きめの火花が散った。これを腕に受けてハンナは火傷を負ったようだった。

「チッ。な、なんで……? アイツあんなに強い火花は散らせないはず。クソッ!!」

 一触即発で二人は見合った。次の衝突がまさに起ころうとした時、教室の隅にある教材倉庫から出てきたレンツが騒ぎに気づき、怒号をあげた。

「ダン! いい加減にしなさい!! 君は文字通り火遊びが過ぎるな。 少し反省することだ!!」

 レンツは目をつむりささやきだした。

「小雨はやがて川の流れとなり、大いなる大河へと移り、やがて母なる大海へと属する。その小雨に命ずる!! やがて汝の属する大河へすぐさま飲まれよ、と。 マナ・スポイト・トゥ・インフェイリア!!」

 次の瞬間、ダンは膝をついてへたり込んだ。顔色は一気に真っ青になり、額からは大粒の汗が垂れている。ダンの体内のマナがレンツに吸われたのが誰の目に見てもあきらかだった。皮肉なことに、これがさきほどの授業の内容を強烈に記憶に刷り込むような結果となった。

「全く何度目だ。火遊びは危ないからやめろと常々言ってるじゃないか」

 ダンはその場にへたり込んで額の汗を必死にぬぐいながら言った。腕に力を入れて立ち上がろうとしているが、足はガクガク震え、崩れるように四つん這いになった。それでも強がりを言っている。

「ヘン。センセーは戦いで使える魔法が使えねーから俺に嫉妬してやがるんだろ?」

 レンツは呆れたが、ダンのこのような振る舞いもいつもの事なので淡々と受け流した。

「ダンは放課後まで教材倉庫で反省しなさい。反省文を完成させるまでは家に帰さないので心しておくように。ハンナは反省室に入らなくていいが、自分を戒めなさい。どんな理由があろうと暴力はいけない」

 ダンはすぐさま腕をレンツに抱えられ、教材倉庫に押し込まれた。抵抗しようとしたが、ダンにはとてもではないが暴れるほどの力が残っていなかった。

 レンツはダンを放り込んでから倉庫の引き戸を閉め、つっかえ棒をかけて手をパンパンと払った。あたかもゴミをゴミ箱にすてたかのような態度で何事もなかったように振り返った。
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