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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter1:群青の群像
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荒地抜け 枯葉にまみれ 季節越ゆ

「こんなところになんで人が居るんだ?」

 

少年は距離を詰めてギョッとした。


そこに居たのは人間ではなく、ズタボロの服を着たゾンビがだったからだ。


連中は集まって池の水を飲んでいる。


水源からは異臭がし、明らかに邪悪じゃあくな雰囲気を放っている。


「げーっ……ゾンビじゃないか!! できれば会いたくなかったなぁ……」


3匹のゾンビは一斉に立ち上がった。


「おまえ……水、ずぁまずる。ゆづさなィ……」


「ニク……ニィグ……ィきだニンゲン」


「イキタァイ……シぢだクナイ……」


ファイセルは後ずさった。


ゾンビたちはむらさきがかった色の肌をしていた。


全身が腐っており、悪臭を放ちながら腕をだらりと下げている。


動きは遅く、足を引きずってこちらににじりよってくる。


頭には毛がまばらに残り、目玉のれ下がった者も居る。


他のやつも目が白濁はくだくしていたり、視点の焦点がさだまらない様子だ。


目玉がグリグリ動いていたり、既に眼球が無かったりとその様子はまるで”個性”のようだった。


ゾンビ達には知能はわずかしか残っていない。


しかし、引っかかれたりまれたりすれば毒に感染する。


引っ掻きやパンチなども強力で、大人を絞め殺し食らうのも彼らにとってはそう難しくはない。


「まずいな……リューンで仕留めるならバラバラにする気で戦わないとならない」


リーネが声をかけた。


「私を池にらして、チェックが終わるまでゾンビから逃げ回ればいんじゃないですか? そんなに時間はかかりませんから大丈夫だと思います」

 

ファイセルはすぐに池に妖精をらした。ゾ


ンビは足を引きずりながら近寄ってくるが、走れば余裕で巻くことが出来そうだ。


「うわぁ……相変わらず匂いはキッツいし、気持ち悪いしイヤだなぁ……」


明らかな嫌悪感けんおかんを顔に出しながらファイセルは池の周りを小走りで走った。


のろまな不死者アンデッドが追いかけてくる。

「おぼっ、おぼぼぉ」


くさった死体ががさんを吐いた。


結構飛距離があるが、ここまでは届かない。


そのままゾンビを引き付けながら池の周りを3周くらいした頃にリーネがビンに戻ってきた。


「お待たせしました。中部に入ってからこの手の水は多いですね。物を溶かす性質のような水が。きっとこういう水源の水が雲になって雨を降らして森を削り、荒れ地を作る元凶なんでしょう。湧き水もこの水と同じ性質のものが多いですしね」


言われてみればこいつらも池の水を飲んでいたからか、肉体の損傷が激しい。


体のあちこちがただれて溶けている。吐いてきた酸も池の成分が関係しているのだろう。


「よし、とっととずらかるよ!!」


ファイセルは一気に走る方向を変えて切り返しゾンビたちを振りきった。


そのまま荒れ地も一直線に駆け抜けた。


「ハァ、ハァ……おっと、コインをくのを忘れるところだった」


再び小銭を撒き出した。すぐにツネッギィたちが降ってきて小銭をあさり始める。


拾い終えると満足そうにずば抜けたジャンプ力で樹上に戻っていく。


その調子で周辺の水質チェックをしながらこの森を無事に抜けた。


途中の村で軽く食堂によって昼食を取り、さらに夜7まで水質チェックを続けた。


更に南下して次の村の宿に泊まった。宿でリーネとあれこれ話した。


「凶暴なアテラサウルスに、モンスターがはびこる森に荒れ地、ゾンビのいる水源。こりゃ魔法局の人が助けを求めるのもわかる気がするよ。あと少しで南部のラーグ領に入るんだ。そうすれば一安心かな。ラーグ領はなんにもないけど、豊かな農産物と治安の良さは他の地域とは別格だからね」


 リーネが感慨深かんがいぶかそうに目を閉じた。


「ああ……すごく懐かしい感じですね。故郷の湖が近づいてくるのをラグランデ川の質の変化から感じます。まぁ懐かしいと行ってもまだ半月も経ってないのですけれどね」


「今日でミナレートから旅立って10日目くらいかぁ。ラーグ領は無駄にだだっ広くてね。でもあと数日で故郷のシリルに着くかな。それにしても水源に寄り道したり、リーネが休眠したりしてしまったのに意外とタイムロスがなかったなぁ」


ファイセルは苦労を思い出しているようだった。


「4年前は足を引きずりながら旅をしたし、歩けなくなって日が高いのに宿に泊まった事もあったなぁ。でも今回の旅は毎日、時間を許す限り歩いても足が痛いってことはなかったし。思わぬ能力が成長してるのかもね」


「スタミナが成長したんですか?」


ファイセルはうなづいた。


「まぁね。さすがに僕のチームの肉体強化の得意な女の子の足元には遠く及ばないけど。多分彼女が全力疾走したら水質チェックしながらでもこの半分くらいの日数で着くんじゃないかなぁ。夜とかもモンスターを振りきってノンストップで走り抜けられると思うよ」


リーネは”エンプ”と呼ばれる全く魔法の使えない人達の基準でしか人間の力を知らなかった。


「リジャントブイルは水道しか知らなかったので、どんな人達が通ってるのか知りませんでした。ファイセルさんの能力にも驚いていたのに……」


 ファイセルは笑いながら首を横に降った。


「僕なんかで驚いてなんかいたらコロシアム見て心臓飛び出ると思うよ。あ、リーネには心臓ないか」


 リーネが複雑そうな顔を浮かべて手を胸に当てた。


「それがですね、最近になって私にも心臓がある気がしてるんです。いや、心臓が”出来た”ですかね? 人体の中に潜って以来、自分にも血の巡りや鼓動のような物を感じているんです」


 まさかのリーネの変化に今度はファイセルが驚いた。


「人間に近づいてる……? それって成長しているって言えるのかな?」


 まじまじとリーネを見つめるが、特に外観に変化は無い。


「まぁきっと僕と同じでリーネも成長してるってことさ。お互いこの調子で頑張っていこう!!」


「はい!!」


 2人はまた一層、冒険の意思を一つに固めて眠りについた。


少年は朝に一面が鮮やかな赤や黄色に紅葉した枯れ葉の森、スラジュの森を抜けていた。


「ここがラーグ領との境目さかいめ付近だよ。この森さえ抜ければあとは一気に温暖になって行くはずだから、旅が楽になるね」


ファイセルの吐く息も白く、この旅一番の寒さを迎えていた。


裏亀竜の月になれば、今まで歩いてきた中央部は冬季に入る。


この森は気候の中間地点にあり、例外的に晩年紅葉が見られる秋の気候が一年中続く。


美しいスポットだが自力で訪れる観光客はほとんどいない。


モンスターがあちこちに潜む危険な森でもあるからだ。


「あれ、落ち葉に見えるだろ? 皮膚にくっつかれると吸血されちゃうんだよ。だ・か・らっ!!」


ファイセルは剣を抜き、振り回して葉っぱ状のモンスターを散らしながら走った。


体についた分をすぐに払いのける。


「剣も意外に持っとくべきもんだな……」


この辺りは極端に水源の少ない水分不足の土地だ。


チェックする水源も無いので寄り道せずに街道沿いに歩いて行く。


森の真ん中くらいで街道の脇から子供の泣き声が聞こえてきた。


「え~んえ~ん……グズッ……え~んえ~ん」


リーネが全く歩みを止めないファイセルを呼び止めた。


「ちょっと、ちょっとファイセルさん! 小さい子の泣き声がしますよ。様子を見に行かないんですか?」


「うわ~ん!! え~んえ~ん!!」


そのまますたすたと歩いて行くと一層泣き声が大きくなる。


ファイセルは一旦立ち止まってリーネに解説しだした。


「あれは本物の子供じゃないよ。”デコイ・アングラー”っていってね、触角の先に人間の子供によく似た囮をぶら下げて普段はその巨体を枯れ葉の下の地中に潜って隠してるんだ」


ファイセルは解説を続けた。


「で、囮から人間の子供ソックリな鳴き声をあげて、近づいた獲物をパクリと食べるという恐ろしいモンスターさ。ツネッギィ同様に知ってさえいれば恐るるに足らないんだけど、同情心に負けてうっかり近づいたらパックリいかれるね……」


妖精は自分の無知を恥じているようだった。


「なに、気にすることはないよ。誰だって初めは知らないもん。冒険の基本はこまめな情報収集。これ鉄則ね! 僕だって近所の村の人から話を聞いていなければここも、ツネッギィの森も突破出来てなかったろうし。さぁ、ラーグ領に入るよ」


紅葉の森がある地点を堺に緑の森へと変わる。


その明るい色から暗い色へとうつるコントラストはとても美しかった。


緑の森に入ってしばらく歩くと早くも気候が変わり始めた。


さきほどまで白い息を吐いていたのが嘘のように暖かく、春の陽気の様になった。


マントが厚着に感じるほどの気温だ。


「リーネは生まれて間もないからわからないかもしれないけど、ラーグは一年中、春の気候なんだ。季節が無いのを寂しがる人もいるけど、今まで通ってきた旅路を見れば暑くも寒くもないってのがいかに恵まれてるかって話だよね」


ファイセルはマントを脱ぎながら勝手を知ったように森の中を進んだ。


「まぁ理想を言えばみんなミナレートの気候に憧れるんだけど、あそこまで気候を人為的にコントロールするには都市の魔力技術が高く無いといけないから、そんじょそこらの村や街は過ごしにくくても我慢するしか無いんだけどね」


歩きながら久しぶりに感じる故郷の空気を味わう。


むせ返るような緑の匂いが彼らを出迎えた。


森の真ん中にも関わらず、モンスターの気配がほとんどしない。


今までの中央部がいかに不毛な土地だったか思い知らされるほどだ。


「ファイセルさん、嬉しそうですね?」


ニコッっと笑いながらリーネが声をかけてきた。


「ああ、久しぶりの帰郷だしね。まだ森の中だけどここはもう庭のようなもんだから。そりゃ気も楽になるよ。リーネだって師匠に会うのは久しぶりだろ? 成長した姿を見せられるんじゃない?」


リーネは照れくさそうに髪の毛をいじった。


「そ、そんなぁ。私は出発した時から何にも成長してないですよ~」


「またまた~」


二人はすっかりリラックスして木漏こものさす街道を歩いていった。


深い森ではあるが、何か危険があるわけでも無いため、水源チェックも問題なく進んだ。


やはりこのあたりの水はオルバの管理下にあるためか、清く美しく飲用に適した水源が多かった。


オルバが成分を調整した雲をラーグ領内に飛ばし、その雨が大地や池、川や沼を清めているのだ。


街道沿いに流れているラグランデ川も美しさを更に増していた。


ファイセル達は農村と森林を交互に歩き、一日に2~3つの集落や村を抜けて故郷のシリルの目前に近づきつつあった。

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