挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter1:群青の群像

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

25/185

神童の帰還

 遠くに見えるなだらかな高台の上に建物が見えた。太陽がパルム鉱で出来た白い建物に反射してキラキラきらめいている。

「やっぱりラーグ領に入ってからは楽勝だったね。今まで一難去ってまた一難だったけど。全く、北部中部の苦労が嘘のようだよ。さて、もうシリルが見えるね。この小さな高台の上にあるんだ」

 なだらかな斜面を登り、街に入るとすぐにクワを抱えた農家風のおじさんに出会った。おじさんはこちらを確認するや否や、大きな声を張り上げた。

「あ、お! おーい!! 神童ファイセルが帰ってきたぞーッ!!」

 民家の窓やドアが一斉に開き、街人たちがこちらを見つめてくる。すぐに人がファイセルの前に集まり始めた。

 店の人までも店番をほったらかしにして近づいてくる。村の入口のそばに居たほとんどの街人が集まった。皆が”神童”の帰還を喜んだ。

「これ、これェ。ファイセルものんびりしたいじゃろうてェ。皆の者散るんじゃァ」

 懐かしい顔ぶれをかき分けて町長がやってきて街人を解散させた。

「ファイセルやァ。ようかえってきたェ。その調子じゃァオルバ様のところへ用事があるんじゃろォ? 家族には伝えておくから先に行って来んさい」

 ファイセルはとりあえず町長にだけ挨拶して、後で実家に帰ろうと街に入ったが、町長自ら出向いてくれたので手間が省けた。町長に一礼してシリルの街を後にした。

 この周辺では数年に一度、必ず才能のずば抜けた”神童”が輩出されるという言い伝えがある。言い伝えとは言っても本当に実際に神童が生まれるので、もはや地元ではお決まりとなっているのだが。

 ファイセルも神童と呼ばれるうちの1人で、かつては師匠のオルバも神童と呼ばれていたらしい。

 ファイセルはむやみやたらにおだてられるのが好きではないので神童と呼ばれるのには未だに若干抵抗がある。

 リジャントブイルでは成績が悪い生徒でも一般では神童と呼ばれそうなくらいの才能があるので違和感を感じているというのもあるのだが。

 街の人達に手を振られ、ファイセルは交易路から外れ更に南下を始めた。

 ここから先の道にある集落はもうアルマ村しか無いのだが、シリルとアルマ村の中間に脇道があり、それが丘の上の塩湖「ポカプエル湖」につながっている。

 雲の賢人オルバは丘の上の湖畔に住んでいるとされているが、詳しい住所はほとんどの人が知らない。

 ファイセルの様にオルバから教えを受けたものや、オルバの作り出す迷いの霧を突破できる能力を持つ者だけが彼の住処にたどり着くことができる。

 にもかかわらず、彼の住居を尋ねることが出来たということは魔法局のババールという人物はかなりの腕利きだったというわけだ。

 シリルから歩いて2時間ほど経って、ファイセルはポカプエル湖のほとりについた。山の中ということもあって人影はほとんどないと思われたが、2人ほど人影が見えた。

 緑の長く艶のある後ろ髪を垂らして、釣りに熱中している少女が1人、かつてお世話になった釣り好きのおじさんの2人だ。湖は結構大きく、対岸の釣り好きおじさんが小さく見えるほどだ。少女は割と近くに居たので声をかけてみた。

「こんにちは。何を釣ってるのかな? 調子はどうだい?」

 少女はファイセルの顔を見返した。田舎っぽさはあるが顔立ちは整っており可愛らしい少女だ。どうやら少女は地元では有名なファイセルの顔を知らないようだった。おそらくアルマ村出身者なのだろう。

 普通、少女がこんな村から離れた湖まで1人で来られるとは思えないのだが、そばに地表から少し浮いて滑走する木の板、マナボードがおいてあることから、それを愛用しているように見えた。

 ファイセルもマナボードで遊んだことがあるが、乗っているとすぐにマナが尽きてバテてしまい、交通手段としては実用的でなかった。

 それは他の子供達や大人でさえそんなものであって、本来はオモチャにすぎないのだがもしこれを乗りこなしているとすればかなりのマナの量を持っていることになる。

 少女は珍しい来客に少し意外な表情を見せたが、狙っている魚を語りだした。

「"コパガヴァーナ"を狙ってます。あ、ある人から聞いたんですが、オルバ様に会うにはこれが狙い目だと……」

 ファイセルはわざわざこの湖で釣りをしている時点でもしやと思っていたが、この少女もかつての自分のように賢人に会いたくて湖に来ているのだとわかって、とても懐かしい気持ちになった。昔の自分を見ているようで、ファイセルは思わず彼女に語り始めた。

「コパガヴァーナは決まった餌は食べてるわけじゃないと思う。生き餌、練り餌とかルアーとか何でもかかるチャンスはあるんじゃないかな。逆になんでも食べるっていうのは狙うときに難しくもあるんだけど」

かつての自分と少女を重ねるようにして熱を込めて解説を続けた。

「どの深さに居るかとか、湖のどこにいるかとかはサッパリわからない。かといって釣り以外では網を投げたり、罠をかけてもすべて回避してしまうほど用心深い魚だから捕まらない。昔、僕が釣り上げた時もそうだったな……結局あれこれ試してみるしか無いんだ」

 ファイセルはそう語り終えた後、熱を込めすぎたかと我に返った。大して役に立ちそうもない話で余計なお世話だったかと思ったが、予想とは裏腹に少女は目を輝かせてコパガヴァーナの話に夢中になっている。

 理由はよくわからないが、よっぽど賢人に会いたいのだろう。

 オルバの所在を知っている身としてはこの少女に教えてあげたいところなのだが、オルバは秘密主義……というよりは余計な訪問者に応対するのがものぐさなので、普段は姿を隠して隠居している。

 俗世を離れ、隠居を好む賢人は数多く、ハーミット・ワイズマンと一部から呼ばれていたりする。

 オルバもそれなりに神経質に隠れ住んでいるのだが、シリルの出身なのである程度歳をとった人は若い頃のオルバを知っていて、どんな人となりなのか大体知られている。

 そのため素性まで隠す完全な隠遁生活とは程遠い。そんな事を考えているうちに少女から声をかけられた。

「『僕が釣り上げた時』ってあなた、もしかして神童のファイセルさんですか!?」

 さすがにコパガヴァーナを釣り上げた武勇伝は有名らしく、少女がそれに大きく反応して食いついてきた。

「あ、紹介が遅れましたね。私、アルマ村のアーシェリィーって言います。アーシェリィー・クレメンツです」

 ファイセルも少女に対して名乗り返した。

「そうだよ。噂に聞いているかもしれないけど、僕が例のファイセル・サプレだよ。よろしくね」

 名乗り終わると不思議な顔でアーシェリィがこちらを見てくる。

「それはそうとお兄さんの腰のビン、なんで妖精さんが隠れているんですか?」

 ファイセルは驚いてすぐにリーネのビンを見たが、水が入っているだけでリーネは姿を現していない。別に姿を現させてもいいのだが、彼女の能力が気になってはぐらかして答えてみた。

「妖精? 何のことかな? ただの水の入ったビンだよ」

 ビンを腰のベルトから抜き、彼女の前に近づけてみた。

「私、他の人が見えないものが見えることがあるんです。変なことを言ってると思われるのが嫌で黙ってるんですが……」

 ファイセルはなんだか意地悪をしたような気分になってしまい、リーネと目配せして姿を現させた。リーネが驚きの表情を浮かべてつぶやいた。

「すごい……感覚が鋭いというには出来過ぎています。これはサモナーの素質があるかもしれません」

 アーシェリィはサモナーという言葉の意味がわからず首をかしげたのでファイセルがフォローした。

「魔物や妖精を呼び出す魔法のことだよ。普段リーネは隠れてて見えないはずなんだけど、それが見えるってことはその魔法の素質があるかもってこと。もしかして賢人様に会えれば教えてもらえるかもね」

 アーシェリィはますます興味津々に聞いている。

「まぁ、コパガヴァーナを釣り上げるのはとても難しいけど、諦めなければ必ずチャンスは来る。粘り強く取り組むことだね」

 ファイセルは腰のベルトにビンを挿し、中腰から体を起こした。

「さて、僕は湖の周りを散歩してから帰るよ。釣り、頑張ってね!」
「はい!」

 アーシェリィの気力にあふれた様子からするとそう遠くないうちにコパガヴァーナを釣り上げることができるだろうとファイセルは思い、手を振りながら別れた。

 そのまま湖の畔を歩き、湖はずれの森に入る。少し森に入り込むと霧がファイセルが包んだ。一気に視界が悪くなり、どちらから来たかもわからなくなった。

 もっともいつでも振り返れば森の出口が見え、出る分にはすぐ抜けられるようになっているのだが。森の中に響くようにファイセルは叫んだ。

「おーい!! カッゾ!! 僕だよファイセルだ。師匠のとこまで通してくれないか?」

 そう叫ぶとすぐに足元にボールのような物があたった。

「うるせェなぁ。そんな大声上げずにも聞こえてるってんだよ」

足元に転がってきたのは硬いボールのような丸い殻だった。殻には複数の穴が空き、そこから霧が吹き出している。殻は転がり始めて森の奥へと進んでいった。

「ひさしぶりだな坊主、こっちだ。さっさと来な」

 カッゾはぶっきらぼうにファイセルを労った。霧の中を歩いて行くとやがて開けた森の一角に大木に空洞を開けて加工したこじんまりとした家があった。

 霧を作り出している主、幻魔のカッゾが道案内をしてくれなければここにたどり着くことはまず不可能だ。ただ、100%突破されないかといえばそうでもないのだが。ファイセルは木の扉をノックして扉を開けた。

「師匠、お久しぶりです」

 椅子に座りながら青色のお茶を飲んでいた男性が振り向いてこちらを見た。彼がファイセルの師匠、創雲そううんのオルバだ。まだ若いのにも関わらず、賢人の後を継いでいる。

 くたくたになったアルマ染めのローブを纏い、少しとぼけたような顔つきで無精髭を生やしている。

「おお、ファイセル君じゃないか。良く無事に帰ったね。今回はなかなか大変だったみたいじゃない」

 ファイセルはオルバの座っているテーブルに近づいて椅子に腰をおろし、ビンをテーブルの上においた。すぐにリーネが水面に姿を現す。

「マスター、報告します。今回の冒険でラグランデ川沿いの水源の75%をチェックすることに成功しました。特に課題であった中央部のチェックは抜かり無く行うことが出来ました」

 オルバはリーネをまじまじと観察し始めた。

「うんうんよしよし。ファイセル君はなんだか勇ましくなったし、リーネ君にいたっては大躍進だね。喜ばしいことだ」

 オルバは直接名前を聞かずとも妖精になんという名前をつけたのか既に把握しているようだった。

 せっかくオルバの元に来たのだし、色々と報告や雑談をしていこうとファイセルはカバン2つをテーブルの上においた。オルバが不思議そうに問いかける。

「あまり肉体エンチャントが得意でない君が重い荷物を背負ってるってのは珍しいね。今回は入念に用意してきたのかな? そのセカンドバッグとか」

 ファイセルは笑いながらリーリンカから受け取ったバッグに手を置いて学友の女の子から借りたものだとオルバに説明した。

「ガールフレンドかい? ま、まず君に限ってそんな事はないだろうけど。どんな薬が入ってたのか教えてくれないかい?」

 さりげない嫌味を無視し、ファイセルはうなづいてバッグの中身を再確認し始めた。残っている薬はほとんど無く、空のビンが詰めてあるだけだ。

「いや~、まさかここまで彼女の薬に助けられるとは思いませんでしたよ。多少重くても次回からしっかり準備するべきだと痛感しましたね」

 そう言いながらファイセルが空のビンをかき分けているとカバンの底に隠すように手紙のようなものが見えた。薬が入っていた時は目に止まらず、全くその存在に気づきもしなかった。さっと取り出し、封を開ける。

「それにしても、それだけ用意するのは大変だったんじゃないかな。ファイセル君、これをくれた女の子にはしっかりお礼を言うんだよ?」

 リーネのコンディションチェックをしながらオルバがそうファイセルに言い聞かせている横で、ファイセルは手紙を読みはじめていた。

 ――親愛なるファイセル・サプレ殿へ

 “唐突ではあるが、お前に謝らなければならないことがある。一つはこの手紙を見つけにくい場所に隠しておいた事だ。

 もし、お前が早くこの手紙を見つけてしまった場合、お前の帰郷に水を差す事になってしまうのでこのような形をとった。この手紙をいつお前が見つけるかはわからないが……

 いや、まぁそんなことはどうでもいい肝心なのは二つ目に謝らなければならないことだ。“

 ファイセルはここまで手紙を読んでとても嫌な予感がした。リーリンカが手紙で何かを伝えてくるというのは今まで経験したことがない。

 この年代の少女の手紙というにはあまりにも不器用で手紙など書き慣れていないといった感じの文章だ。おまけにいきなり謝ることがあるだなんてますます彼女らしく無い。

 特に謝られるような心当たりも無かったので余計に不安が加速していく。ファイセルはすぐに続きに目を通した。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ