挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

93/233

第91話「裏口とか詳しそうだから」

 職員室の前の貼り紙を、まっすぐ立って見上げているクラスメートの姿を見て、武藤(むとう)貴美(たかみ)はデジャヴらしきものを感じた。ちょっと前に、同じような光景に立ち会ったような気がする。
 彼女は、背伸びするでもなく、首を左右に振り向けながら何か探しているそぶりだったが、すぐにあきらめて踵を返す。

弥生(やよい)さん?」

 貴美が声をかけると、内海(うつみ)弥生は、いきなり不審者に肩を引っ張られたみたいなオーバーな反応で、貴美のほうを振り返った。そこにいたのがクラスメートだとわかって、彼女は露骨にほっとした様子で胸をなで下ろす。

「貴美さん……びっくりした」
「どうかしたの? バイトでもするの?」

 前のことを思い出して貴美が訊ねると、弥生は目をぱちくりさせる。

「バイト?」
「いや、違うならいいけど。何探してたの?」
「うん……貴美さんなら知ってそう」
「何?」

「バイクの免許って取っていいのかな?」

「……バイクと来たか」

 貴美は唇を指で隠すように、顔に右手を添えた。口元だけにこもる低い声で、彼女は胸中の感慨をあふれさせる。

「どうしてうちのクラスの子は、こう、微妙なラインをついてくるのかな」
「何の話?」
「いや、ごめん、ひとりごと」

 1年撫子組の生徒は総じていささか自由な傾向があり、どことなく、翠林女学院の伝統の幅に収まりきっていない。
 その中でも、弥生はかなり正統派なほうだと思っていたので、貴美にとって彼女の言葉はなかなか意外ではあった。好奇心をおさえつつ、貴美は生徒手帳の内容を思い出して告げる。

「免許は先生の許可を取らないと駄目だね。条件はその都度検討だけど……遠隔地からの通学とか、そういう特殊事情がないと通らないんじゃないかな」

 貴美も各自のケースを正確に把握しているわけではなく、クラス委員の集まりの際に、何となく聞いたことがある程度だ。都度検討、といえば柔軟にも思えるが、実際はそうとうちゃんとした条件を揃えなくてはならないらしい。

「通学に不自由はないでしょう? それとも二学期から引っ越しでもする?」
「ううん、そういうわけじゃ」
「じゃあ、無理だと思った方がいいと思う」

 バイク通学をしている生徒なんて、高等部では見たことがない。大学のほうにさえ、どれだけ駐輪スペースがあるかわからないくらいだ。徒歩か、せいぜい自転車くらいが、翠林の空気を乱さないぎりぎりの線であろう。
 貴美の言葉に、弥生は露骨にがっかりした様子だった。

「そうか……貴美さんなら、と思ったんだけど」
「何で?」
「裏口とか詳しそうだから」
「人聞き悪いこといわないでよ」

 さすがに聞き捨てならなくて、口調がきつくなった。弥生はその剣幕にもきょとんとした顔で、首をひねる。

「褒めたつもりだったんだけど……融通が利く、って」
「言い方」

 憮然として、貴美は弥生の顔をじっと見つめる。いつも誰より早く学校に来ているまじめな優等生、という感じの彼女だが、心の底ではどこかへんてこなところがあるのかもしれない。
 さすが、あの初野(はつの)千鳥(ちどり)と親友でいられるだけはある、ということか。

「ひょっとして、千鳥さんと関係ある?」

 思いついて貴美が口にすると、弥生はまた激しくまばたきして、貴美をじっと見つめてきた。あまり特徴のない顔立ちだが、よく見ていると、ころころと表情が変わっておもしろい。驚いた弥生は、目がきゅっと開いて、街角に突っ立っているマスコットの人形のような顔になる。

「……よく気づいたね」
「なんとなくね。千鳥さんに対抗したいの?」
「対抗、っていうか」

 ぺたん、と頬に手を当て、弥生はむにゅむにゅと唇を波打たせて、言葉を選ぶ。
 そうして、ようやく告げた言葉は、どこか照れくさそうな小声だった。

「……同じような景色を見れるところまで、届きたい」

 健脚自慢の千鳥は、街を隅から隅まで歩き回り、しばしば街の北側を区切る山にものぼっている。リュックとカートでキャンプ用品を持ち歩いては、野外活動をも楽しんでいるらしい。物理的にいえば、いちばん翠林の枠を外れているのは彼女だろう。
 見るからにおとなしくて、あまりスタミナもなさそうな弥生だ。彼女にほんとうについて行こうと思えば、エンジンの助けくらいは借りたくもなろう。

 貴美は、納得しながらも、すこし笑ってしまう。

「だからっていきなりバイク?」
「悪い?」

 ぴょん、と弥生の眉の端が跳ね上がった。やっぱり、どこか子どものおもちゃみたいな、極端な感情表現だ。

「一足飛び過ぎじゃない?」
「だって、千鳥さん、自分でテントとか担いで運んでるんだよ。私じゃそんなの、持てっこないし、だったらバイクか原付は」

 息を吐いて、貴美は、まじめな顔をして弥生と向き合う。じっと真正面から、弥生と目線を合わせると、彼女はぐっと息を呑むようにして押し黙った。

「そんな重いもの持って、慣れない乗り物運転してたら、転んじゃうよ。そしたら、それこそ自分ひとりじゃない大損害じゃん」
「……でも」

 あからさまに気落ちして、弥生はうつむいてしまう。
 こういうときに、うっかり感情のコントロールを間違えて、相手を過剰反応させてしまうのが、貴美の悪い癖だ。
 貴美はとっさに、笑顔を作る。

「無理に荷物抱え込まなくても、だいじょうぶだよ」
「……そうかな」
「いきなりバイクじゃなくても、自転車とかさ。ママチャリじゃなくて本格的な奴」

 貴美の提案を聞いて、弥生は、ちいさく息を吐きながらうつむいた。内側に気持ちが入り込んでいくと、だんだん、彼女の表情が消える。そうして突っ立っている弥生は、古い家の客間に飾られる日本人形にも似ていた。
 そして、その沈黙の奥から、か細い声が漏れてくる。

「……ありがとう、貴美さん」
「ん」

 たいしたアイディアでもなかったが、とりあえず、役には立てたらしい。貴美は弥生に背を向け、その場を去る。
 買いかぶられて、怒られて、最後は放っておかれて、少々損な役回りだ。でも、そういうのも、嫌いではない。
 二学期になって、弥生と千鳥が、自転車で並んで登校してくるかもしれない。そんな姿を見れば、たぶん貴美は今日のことを思い出して、ひとりで笑うだろう。長い夏休みの先のことを想像して、貴美はすこし、おかしくなった。
貴実の思い出したエピソードは75話ですね。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ