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079:乱れ狂い咲く寄生種の花


 ユズリハとレインが白い階段の元までやってくると、最上段から複数の爆発音が聞こえてくる。


「やっぱりッ、もう始まってるッ!」

「むしろ好都合です。可能な限り気配を殺し、首を斬り落としましょう」

「物騒だけど、それが確実かな」


 手短にするべきことを口にしあい、二人は階段を駆け上がっていく。


「ライラッ、何度も言うけど、あいつに花術(フーラ)を直接ぶつけちゃダメよッ!」

「うんッ!」


 上から聞こえてくる大声に、ユズリハとレインは顔を見合わせ、足を止める。

 今すぐにでも飛び込みたいが、それがかえって上の二人の足枷になりかねない。

 そう判断した二人は、再び言葉を交わしあう。


「これから飛び込むには、ちょっと情報が足りてない」

「直接、花術(フーラ)を当ててはいけないというのは何なのでしょうか」


 しかし、突風や爆風は何度も巻き起こる。


花術師(フルーラー)にしか分からない何かがあるんだと思う。

 その上で、花術(フーラ)を直接ぶつけることは出来ないけど、花術(フーラ)によって発生した余波でならダメージが通る。そんなところかな」

「そうなると、背後から首を斬り落とすのも可能かどうか」

「それと、葉術(フィーユス)が通るかどうかだね」


 そう。最後のが一番重要な部分だ。

 ユズリハにしろレインにしろ、切り札が葉術(フィーユス)なのだ。


「うああああッ、……やっぱキモいッ!」

「焼き払ってるのにぃぃぃッ!!」


 なにやら上から泣き言が聞こえてくる。


「キモい……?」

「私たちの認識しているヒースシアンと何かが違う……?」


 この短時間で何かがあったのは間違いなさそうだ。


「少し、上を覗くべき――だね」

「余波で焼かれないようにしませんと」


 そうして、二人が動こうとした時――黒い水滴のようなものが、目の前のに数滴落ちてきて、ぴちゃりっと粘着質な音を立てる。


「なんですか、これ?」


 レインが首を傾げるなり、その黒い水たまりの中央から、うねうねと何かが顔を出してきた。


「なるほど、これは気持ち悪い……」

「攻撃を加えるたびにこれが飛び散っているようですね」


 触ってもよいことは何もなさそうなそれに、ユズリハはふと思うことがあって、暗器の一つを取り出す。大人の中指ほどの長さをした鉄串のようなもの――投針だ。


 それに葉術(フィーユス)を用いて、オドを纏わせ、水たまりの触手へ向けて投げ放つ。


 投針に貫かれた小さな触手は、さらに小さな水滴となって弾け、地面に飛び散る。

 だが、飛び散ったところからは触手は生えてくることはなく、素早く乾くように消滅していった。


 それを見て、レインも別の触手に向けて投げナイフを投げると、同じように消滅する。


葉術(フィーユス)が効くのか、葉術(フィーユス)の効果をもった飛び道具が効くのかまでは分からないけど」

「ええ。充分な結果と言えるでしょう」


 そうして、二人は残る階段を一気に駆け上がっていった。



     ♪



「其は原初の怒りを担う者ッ!!」


 三つの詠唱(コール)を重ね、ユノが花銘(ワーズ)を告げる。

 掲げた手を中心にして、空気が愉快な音を立てながら圧縮されていく。その空気の塊はユノの手から解き放たれて、ヒースシアンのすぐ近くの地面に着弾すると、圧縮された空気ともども炎をまき散らす。


 着弾点の周囲にあった触手は焼き払われ、ヒースシアンは炎を含む暴風に吹き飛ばされる。


 ヒースシアンは地面に叩きつけられ、転がりながら、周囲に黒い雫をまき散らしていく。


「あー……もうッ! 鬱陶しいッ!!」

「ユノお姉ちゃん、わたし……そろそろマナが無いよ……」

「そりゃあ、プリマヴェラから連戦だしね……」


 ユノも余裕があるわけではない。

 最悪、地底湖の浄化は後日に回すしかないかもしれないが――


(後手に回れば回るほど、異形黒(ナイトメアライズ)化する虫や小動物が増える可能性があるのよね……)


 自分が関わった部分しか目に見えてないが、王都サッカルムだけでなく、他の街などでも、異形黒化した生き物が暴れている可能性はあるのだ。


(知っちゃった以上は、放っておけない。

 だって、花噴水(この子)は、この土地を清める為に作られたのよ。そんな子を使って、逆に大地を穢すマネをさせるなんて我慢ならないッ!)


 だから、一秒でも早く、地底湖を浄化したいのだ。

 ユノが胸中で歯ぎしりしていると、ファニーネの穏やかな声が耳朶に響く。


《ユノ、ライラ……あともう少し時間を稼いで。

 できれば、あの邪精となった者の背を階段に向けさせて》


 その言葉の意味を即座に理解し、ユノの口元に笑みがこぼれる。


「ようやく来たのね」

《はい。

 それと、肉体とつながりのないオドでなら、浸食されずに攻撃できるようです》

「やってみるッ!」


 ファニーネの情報に、ライラはうなずいて葉術(フィーユス)を放つ。


「蒼刃キュウカンバーッ!」


 ライラはキュウリに見えなくもない形のオドの刃を撃ち放つと、刃は蠢く触手を切り裂いた。


「よし。お姉ちゃん。まだ戦えそうだよッ!」

「ええ。見てたわ。でも無理はしないで」


 周辺に漂うマナを、肉体が無意識に取り込んでいく。

 取り込まれたマナの一部はオドに変換され体内を巡る。

 つまり、どちらも生き物の体内に自動的に補給されていくものともいえる。


 だが、それにだって限度はある。

 今回のように、消費する速度が供給を上回ればおのずと限界が来るのだ。

 ましてや、周辺のマナ濃度は、ヒースシアンが来てからどんどん低下していっているように感じる。

 それに加え、自分たちも花術(フーラ)を使う時に、自前のマナだけでなく周辺のマナを利用している。


 本来、闇の精霊の聖域が近いため、マナが濃いはずの白い廊下は、今や一時的に世界で一番マナが薄い場所と化していると言えよう。


 それでも、ここで負けてやるつもりはない。


花導品(フィーロ)が関わってる限り、あたしは結構諦め悪いのよね」


 だから――もう一踏ん張りするとしよう。


(目の前のバカを叩きのめすッ、花噴水の不具合の原因も取り除くッ!)


 ユノは立ち上がるヒースシアンを見据えながら、気合いを入れなおした。



     ♪



 階段を登り切らず、上の様子が伺える位置で待機しているユズリハとレイはが思わず顔をしかめた。


「気持ちが悪い上にほんと面倒な……」


 ユノに吹き飛ばされ、地面を転がるヒースシアンが黒い液体をまき散らし、そこから触手が生えてくるのを見ながら、ユズリハの顔がひきつる。


「よくもまぁ、二人であれを凌いでますね」


 起きあがったヒースシアンは両腕ともに肘から先が破裂して、細く縮れた無数の触手に変化した。

 その両の触手を伸ばして、ユノとライラに攻撃している。


「しかし、いつの間にか人間をお辞めになられたようで」

「遅かれ早かれ、こうなってたと思うけどね」

「そこは否定しません」


 ユノも二重詠唱(ダブルコール)が増えてきているし、ライラに至っては花術(フーラ)を使わずに葉術(フィーユス)をメインにしはじめているようだ。


「さすがに、二人とも限界のようですね……」


 まだチャンスは来ていないものの、そろそろ支援に回るべきかもしれない。

 レインがそう呟くのを耳にし、ユズリハが動こうとするレインを手で制す。


「まだ早い」

「それはどういう……?」


 何かを伺うように、目を細めているユズリハの横顔を見、レインは再び戦場へと目をやった。


 ユノとライラは、チラりチラりとこちらを見ながら立ち回っているように見える。

 さらに注意深く観察していれば、徐々に徐々に、二人とヒースシアンの立ち位置がズレていっていた。


 花術(フーラ)は余波でしかダメージが通らないという状況を利用して、余波でヒースシアンの動きを制しているのだろう。

 そこにライラが葉術(フィーユス)を飛ばす。ある程度、逃げ道を塞がれてのライラの攻撃に、ヒースシアンは逃げ道のある方へと動かざるを得ない。


 しかも、そればかりを繰り返すのではなく、時折逆方向への逃げ道などを作ることで、可能な限り狙いに気づかせないようにしているようだ。


「気づいたなら、チャンスを逃さないようにするよ」

「はい」


 かなり、限界が近いだろう二人が、こちらに気づいてチャンスを作ってくれているのだ。

 例えそのチャンスをつくるのが、大して面識のない相手であったとしても、ここで無闇に動くなど具の骨頂。


(一流とは、時にわだかまりを越えてでも、主の為に最上の結果をもたらすよう動くべきですしね)


 レインは一流の侍女だ。あるいは、それを目指している。

 だからこそ、するべきことを見失わない。


 そしてついに、ヒースシアンの背中が正面に来た。


 ユズリハとレインの間に合図はない。


 ただ、これこそがチャンスだと――そう判断したから、同時に階段を駆け上がる。


 レインは左右の指の間に三本づつナイフを挟み、オドを巡らせた。


雨天(レイニーブルー)六連(・シックスデイズ)


 葉銘(ワーズ)とともに、アクアブルー色の光が六条、彼女の手から解き放たれる。

 青く輝く六振りのナイフが、ヒースシアンの背に次々と突き刺さっていく。


 続けて、ユズリハがコダチを構えて踏み込んだ。


赤纏(しゃくてん)


 彼女が纏うオドが徐々に赤くなっていき、それは手にした刃へと収束されていった。


雷花(かみなりばな)天蓋彼岸沙華(てんがいひがんしゃげ)ッ!」


 ユズリハのコダチは赤い剣閃をたなびかせ、何度も無数に振り抜かれる。

 目にも止まらぬ速度で振られる刃は、細い花弁をいくつも残し、やがては彼岸花(リコリス)の花のような形を作り、ヒースシアンに襲いかかる。


 一瞬で作り出された剣閃の彼岸花。

 まるで全方位から襲いかかるようなその技に、ユズリハに背を向けていたヒースシアンでは躱しようがない。


 誰の目から見ても、決着の一撃だ。

 これを受けて無事にすむはずがない。


 ――そのハズだった。


 だが、ユズリハのコダチから飛び出した剣圧のどれもが、まだヒースシアンに届く前に、その背中に縦一文字のスリットが入る姿を、レインは見た。


 そのスリットはガバっと開くとそこから黒い液体が濁流の吐き出される。


「あ」


 漏れた声は誰のものだったのか。

 穢れた黒液の濁流に飲み込まれなたユズリハは、その勢いのまま白い床の外へと放り出された。





 短くなってしまいましたが、本日はここまで。


 プライベートの方も落ち着いてきたので、来週からは通常運行に戻れるかと思います。

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