053:ユズリハ先生の葉術講義
「そういえばユノ。葉術を見てみたいとか言ってたっけ」
夕食の時間、雑談の流れからユズリハがふとそんなことを口にした。
それに、ユノも改めて思い出したかのようにうなずく。
「言ってたわね。見せてくれるの?」
「そうだね。ライラに教えるついでになるけど、良い?」
「……ライラに教えるのね」
「だって、誰かから中途半端な使い方を教えて貰ったっぽくて……変なクセでもついちゃったらむしろ危険かなって」
「ユズ、アンタもか……」
「……え? それって……」
ユズリハが数度目を瞬いてから苦笑する。それに、ユノは似たような顔をして首肯した。
「花術使えるようになったっていうから見せてもらったんだけど、危なっかしくって……」
そうして、二人はやや沈黙して、嘆息しあう。
「ライラ……狙ってやってるのかな? 天然かな?」
「どっちだろうと恐ろしいコトには変わりないわ」
♪
カイム・アウルーラ北部。草原地帯・青絨毯の巣。
「…………」
「どうしたのユノお姉ちゃん」
「いや、なんか――最近、ほんとココに良く来るなって」
ライラの問いに、ユノが苦笑すると、ユズリハは仕方ないよとのんびりとした笑みを浮かべる。
「実際、花導具の実験や、技の実験とかに便利だもの、ここ」
大きめな岩がぽつぽつと点在しているが、障害物としてはその程度で、緩やかな傾斜は多少あれど、基本は平坦な草原。
街道や農地からは外れた場所にあるので、人や作物・家畜などを誤射する心配もない。
足下のグリーングラスも丈夫でしぶとい草なので、多少燃やしたり凍らせたりしても、すぐにそこへ新しいものが芽吹く。
土質は堅いものの、グリーングラスが土地の名前の通り絨毯になってくれるので、多少転んだりしても大怪我になりづらい。
確かに致せり尽くせりで、便利な土地ではある。
「さて、ユノに軽く教えながらにもなるから、ライラはおさらいというコトで」
「はーい」
「悪いけど、よろしく」
そうして、ユズリハが簡単に説明を始めた。
身体を使って覚える前に、まずは基本的な知識の話をする。
「ユノにもライラにも今更な話ではあるんだけれども」
そんな前置きをして、ユズリハは本当に基本的な話を始めた。
精霊はマナを生む。
花を宿として、宿代として花の中にマナを残していき、花が吸収しきれなかったマナは外へと放射され大気を舞う。
大気を舞うマナを、ほかの生き物たちは呼吸などで体内へと取り込み、取り込まれたマナは霊臓器へと一時保管される。
花と違い、人間は保管されたマナはそのままでは吸収できない。なので、オドへと変換し、それらは命臓器へと移されていく。
そして人間は、命臓器に保管されたオドを生命力に変換し、命核の維持にあてがう。
だが、一度に変換できる量は、マナであれオドであれ、ある程度決まっているので、変換仕切れなかったマナとオドはそれぞれの力門から吐き出されるのだ。
「ずっと考えてたんだけど、吐き出されたオドってどうなるの?」
ライラの素朴な疑問に、ユズリハもそう言えば……と首を傾げる。
二人からの視線を受けて、ユノは軽く肩を竦めた。
「精霊たちが取り込んでマナに変えてると言われてるわね。精霊たちが人間とは逆の変換能力を持っているという仮説が一般的よ」
「一般的って言い回しってコトは、ユノは別の仮説を知ってるの?」
「まぁね」
ユズリハの言葉にうなずいてから、ユノはどこまで口にするかを軽く逡巡する。
「精霊が食事として体内に取り込んでいるのは、レイと呼ばれる第三のチカラよ」
「レイ……?」
「そんなのがあるの?」
ライラとユズリハに首肯し、厳密にはチカラではないのだけど――と前置いて、ユノは続けた。
「マナやオドの抜け殻がレイと呼ばれる存在ね。
精霊はマナやオドを強引にレイへと変えるコトもできるみたい。まぁマナをレイへ変換するのは、統括精霊クラスじゃないとできないらしいけどね。ついでに言うと、自分たちが生み出したマナを無理矢理レイに変えて食べても美味しくはないらしいわ」
この辺りのことは、直接アクエ・ファニーネから聞いたことだ。
「だから一度、別の存在に取り込ませてから放出させたマナが望ましいらしいの。もっと言うなら、取り込んだ生き物にあわせ変質したモノが望ましいんだとか。
そういう意味ではオドはそれの極地のようなモノで、マナのままであるよりも変換しやすいから、精霊が好むらしいわね」
ついでに言えば最近は、守護剣に宿る精霊リリサル・ガディナとも契約したので、この辺りの情報がかなり得やすくなっている。
研究のしがいがあるというモノだ。
「そして、人間の使う花術や葉術はマナをレイに変換する行為でもあるんだって。
だから精霊たちは、花術を使う時に喜んでチカラを貸してくれる。言ってしまえば詠唱なんてのは、『お小遣いをあげるから手伝って』ってお願いなワケよ」
葉術に関しては人間が勝手にレイを撒き散らしてくれる大変ありがたい行為なのだとか。
それらの話を聞いた結果、ユノは独自研究によって、花術を応用し自分のマナやオドをレイに変換して精霊に分け与えることができるようになった。
そのせいか、最近自分の周囲に目に見えない下級精霊がやたら増えている気もしている。
精霊を餌付けしているようで、何とも言い難い気分である。
「……ねぇユノ。それって最新の精霊学研究成果なんじゃ……」
「でしょうね。精霊から直接聞いた話なんていう反則技ではあるけど」
「そういうのって、発表したりしないの?」
「レイに関してはしばらく発表する気はないわね」
精霊に微塵も敬意を持たず花導技術を動かす為の存在――今の花導協会の上層部は特にそう思ってる連中が多いので、ユノとしては慎重にならざるを得ない。
精霊は人間と違って純粋なのだ。嘘や罠にとても弱い。
強い自我のある統括精霊たちや、リサのような例外精霊たちならともかく、自我の乏しい下級精霊はレイで簡単に寄ってくる。
あの連中がこの性質を利用しないハズがない。
「まぁレイのコトはいいわ。
ちょっと脱線がし過ぎたから、葉術の話に戻ってくれる?」
「ごめんね、お姉ちゃん。脱線させちゃったのわたしだ」
「謝らなくていいわよ。当然の疑問だろうしね。
とにもかくにも、続きお願いねユズ」
「りょーかい」
ユノの言葉にユズリハがうなずいて、続きを口にする。
「命臓器なんかの基礎を押さえた上で、葉術とはって話なんだけどね。
花術と同じく、命臓器に保管された、生命力に変換される前のオドを用いたチカラのコトなワケ」
花術が、言葉とともに霊力門から外へとマナを放射することで発動するチカラだとすれば、葉術は言葉とともに命力門から身体の内側へとオドを駆け巡らせるチカラである。
その為、葉術というのは身体強化を主として、そこから派生した術が多い。
故に白兵戦向きの技術とされており、近接戦闘では無類のチカラを発揮するのだが、花術と比べると破壊力や効果範囲が乏しい。
「……ってところまでは良いかな?」
「ユズの話を踏まえると、花術を使うのに自分の内側のマナを認識するのが必要なように、葉術も体内のオドを認識する必要があるワケね。
自分自身の身体を、オドを使うための花導具にするイメージかな」
ユズリハがうなずくと、ユノが苦笑した。
「……たぶんあたし、葉術使えるわ」
「はい?」
精霊から、オドの方がレイに変換しやすいと聞いてから、ユノはオドをレイに変換する方法を考えて編み出していた。
体内のオドを認識して、レイに変換させるのだ。その流れは、葉術を使う流れとほぼ同じである。
独自に作り出したその技法は、考えてみれば、葉術だったわけだ。
「なるほど」
ユノの説明に、ユズリハは納得した。
確かに言われてみれば、それは葉術といっても差しさわりないだろう。
「しつもーん」
二人のやりとりの横で、ライラがピシっと手を挙げる。
「花術の花銘は、詠唱とセットで自分の集中力やイメージを高めて術の方向性を示しつつ花や精霊にそれを伝達するモノだけど、葉術の葉銘はどういう意味があるんですか?」
それに、ユズリハは良い質問だね――と嘯いた。
確かに花や精霊のチカラを借りることなく発動する葉術の葉銘というのは不思議だろう。
「一つは花術と同じで、集中力やイメージを高めるモノかな。葉銘と効果を結びつけて置けば、それを口にすると同時にオドの巡らせ方を即座にイメージできるでしょ?
もう一つは自己暗示。例えば葉術で身体を鉄のように硬くしても、飛んでくる武器や拳が怖いのは確かだからね。葉術を使ってるから平気だって自分にしっかりと意識させる為に口にするんだよ」
例えば――葉術によっていくら剣で斬られても平気な身体になれても、剣で斬られる痛みと恐怖を知っている限り、剣を向けられることは怖い。だが、怖がっていては、せっかく発動させた葉術の意味がない。
なので、この場合であれば、平気な身体になる為の言葉として、葉銘を口にするのである。
術が発動している間は平気であると自分に言い聞かせる為に、わざとしっかりと言葉を口にするのだ。その言葉を口にすれば、大丈夫なのだと言い聞かせるように。
やがて、葉銘と効果がしっかりと結びつけば、自己暗示とイメージも結びつき、より素早くより確実に発動し、より正しい使い方ができるようにもなる。
「その辺りの話を聞くと、葉術ってほんと武術寄りの技術よね」
説明を聞き終えてユノが独りごちると、それを聞いていたらしいユズリハが同意した。
構えや型などと組み合わせれば、花術以上に体系化しやすい。ユノが知らないだけで、もしかしたら葉術を用いた武術流派などもすで存在している可能性もある。
「まぁ効果が効果だしね。実際、故郷でも文官より武官に人気がある技術だったし」
「なら、わたしは両方覚えて、文字通り文武両道になっちゃおう!」
「良い気合いだねライラ。でもライラの場合本当にできるだろうから、ユズお姉ちゃんとしてはちょっと怖いよ?」
快活なライラの決意に、ユズリハは苦笑する。ユノもユズリハと同じ気持ちである。
ユズリハとライラのやりとりを聞き流しつつ、ユノは自身の内側に意識を向けた。
思い出すのは、ユズリハが使っているのを二度ほど見た、剣圧にオドを乗せて、遠間の敵を切り裂く葉術。
花術はより綿密に、より効果的に、そのチカラを発揮させるには詠唱を重ねていく必要がある。だが、それではどれだけ詠唱の言葉を縮めても、ユズリハのような高位の白兵戦闘能力者を相手取るのには、明確な隙となってしまう。
故にユノが葉術に求めるのは、切り札たる水精笑姫召喚の為の詠唱をする時間を作るための牽制。
それなりに威力があってハッタリを利かせやすく、融通と応用が利く技。
鞘に入れて持ってきていた『陰も日向も護るべき居場所』を抜き、意識をする。
武器を用いた葉術。
その考え方は、手にした武器を肉体の延長と考えて、指先より得物へオドを巡らせる――というものだろう。
目を伏せて、自分の内側のオドを指先から剣へと伝播させていく。うまくいっていることを認識しながら、ユノは意識の裡で、剣の精霊に問いかける。
(リサ。オドが流れてくるのに不快感とかない?)
この剣に関して、色々試していて気づいたことの一つだ。握っている場合に限り、話しかけることを意識しながら胸中で話しかければ、心の中だけでやりとりできる。
《問題ありません、主。
それに不快感よりも嬉しさを覚えます。まるで主と一つになったかのようで、武器冥利に尽きるといいますか……》
返ってくる嬉しそうな思念に、ユノは小さな笑みを浮かべた。
剣の精霊に問題がなさそうなら、これでいけるはずだ。
ゆっくりと目を開くと、守護剣に赤い輝きが灯っている。
「武具纏化……教えてもいないのにねぇ、まったく」
どの口でライラに嫉妬するの――と、ユズリハが嘯いているのはさておいて、ユノは膝を曲げ腰を落とし、その切っ先を地面に触れるか触れないかまで下げた。
視線の先にある小さな岩を見据えながら、これから行う技をしっかりとイメージして、軽く息を吸う。
そして――
「行けッ!」
剣を振り上げながらオドと共にイメージを解き放つ。
瞬間、振り上げられた剣から赤く輝く衝撃波が発生し、地面を削りながら滑るように直進していく。
それは目標の岩にぶつかると炸裂するように周囲へと衝撃をまき散らした。
ぶつかった岩は、斬れるというよりも棒状のモノを縦に押しつけたかのような凹みができており、そこを中心にヒビが広がっている。
「あれ……? ユズのマネして斬るつもりだったんだけど……」
「充分じゃない?」
「想定以上に速度がでてないわ」
「遅いなりに使い道はあるでしょ?」
「うーん……」
イマイチ納得のいっていない様子のユノに、ユズリハは困ったような表情を浮かべた。
それから、僅かに逡巡して、告げる。
「葉術ってね。花術と違って、どれだけイメージが鮮明でも、その人の命核の在り方に引っ張られるんだって。だから同じ技でも、性能が大なり小なりズレるって話だよ」
「命核の在り方?」
ユノが聞き返す前に、ライラが首を傾げる。
ユズリハがうなずくと、右手の人差し指をピッと伸ばして、自身の顔の前に持って行く。
「詳しい原理は知らないけどね。生き物には――命核には、それぞれの色がある。オドはその影響を受けやすいから、ただ発動するだけだと、命核の色になるって言われてる」
言ってユズリハがその指先にオドを灯す。それは、紫色をしていた。
「でもアンタって色を変えられるわよね?」
「あれはそういう技、かな。纏う密度と強度によって色が変化するイメージを持って使ってたらああなっただけ。本来の色は紫ってコト」
「じゃあユノお姉ちゃんは赤なんだ」
「そういうライラは何色なの?」
「こんな色ッ!」
言われて、ライラもユズリハのように人差し指に鮮やかな黄緑色のオドを灯した。
「なんともライラらしい明るい色ね」
「ユノお姉ちゃんの赤も、お姉ちゃんらしいカッコいい赤だったよ」
えへへーと笑うライラに、ユノは思わず視線を逸らす。
「?」
突然視線を逸らしたユノに、ライラが首を傾げる。
その理由に即座に気づいたユズリハは、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「カッコいいって言われてちょっと照れてるでしょ?」
「ユズ……うっさい」
見透かされたユノは、やや顔を赤くしながら、ユズリハを睨みつけて、低く唸るような声でうめく。
「顔真っ赤にしちゃって、かわいいよー?」
「ユズリハッ!」
すかさずからかいにかかるユズリハに、ユノは剣を振り上げる。
「ちょッ!? 照れ隠しに葉術とか危ないからッ!」
「普段から花術ぶちかましてるから同じでしょッ!」
「つまりは普段から危ないってコトだよそれッ!!」
「危険が怖くて花術も葉術も使ってられるかッ!!」
「それッ、言葉の使いどころ間違ってるからッ!!」
ぎゃーぎゃー言い合いながら、葉術と花術が飛び交い始める。
そんな中でも、ライラに流れ弾が当たらないように注意しあっているのは流石というべきだろう。
そんなユノとユズリハのやりとりに、ライラは仲が良いなぁ――と羨ましそうに眺めていると、視界の端に珍しいものが移って、意識をそちらへと向けた。
「丘鯨だ。実物も可愛いんだなぁ……」
ダンディライオン孤児院にある抱き心地の良い大きな丘鯨のぬいぐるみを思い出して、ふにゃっと笑う。
街道から結構な距離があるここから見ても姿を認識できるのだから、かなりの大きさなのは確かだろうが。
「どっかのお貴族様かな?」
丘鯨が引いている鯨車はかなり豪華なものだ。
一般人が気軽に乗れるようなものではない。
「あの鯨車のデザインはハニィロップの貴族様式ね」
「豪華だけど見せかけの豪華さって感じだから、見栄張ってるタイプと見た」
ライラが鯨車を眺めていると、喧嘩を止めたらしいユノとユズリハが並ぶ。
そんな二人に、ライラが訊ねた。
「二人とも、もう喧嘩はいいの?」
「不毛だって気づいたからね……」
「そもそもユノが照れ隠しに葉術なんて使ったからでしょ?」
「何よ、文句あるわけ?」
「文句しかないよッ!」
そうしていがみ合いを再開した二人に、さすがのライラももう気が済むまで喧嘩してください――と思いながら、鯨車に視線を向けた。
「お姫様が乗るような豪華な鯨車や馬車には憧れるけど……」
よくよく見ると、無駄にキンピカしてて、豪華ではあるけどセンスが無い装飾をしていることに気づいて、残念そうに嘆息する。
「あれに乗るくらいなら、普通のでいい気がするなぁ……」
などと呟いていると、再び背後で爆音や衝撃音が聞こえ始めた。
「お姉ちゃんたち、この草原がダメにならないように、ほどほどにするんだよー」
「分かってるわッ!」
「そこまでバカじゃないから平気だよッ!」
こちらへと返事をしながら、赤と紫のオドが交差しあう。
見るものが見れば、とてつもなく高度な花術と葉術の応酬なのだが、当事者の二人の口からでる言葉は、割と低レベルな口喧嘩である。
「お姉ちゃんたち、ほんと仲が良いなぁ……」
いつか自分もああやって気軽に花術や葉術を撃ち合って喧嘩できる友達が出来ると良いな――と、ライラを青空を見上げるのだった。
天気は快晴。まばらな白い雲あれど、雨も降ってくる様子はない。
「二人は気が済んだら、ちゃんとわたしの練習につきあってくれるのかな?」
その疑問は、空を見上げていても答えはでない。
答えを持ってる先生方は、今は絶賛喧嘩中。
〆に入ろうと思ってましたが、ちょっと葉術の説明が全体的に足りてなかった気がしたので、マナとオドに関する情報のおさらいも兼ねてこんな話でした。
ユノとユズは、喧嘩するほど仲が良くなったというコトで。
次回は、ネリネママ視点のお話の予定。
……なのですが、プライベートの都合、次週は更新できない可能性があります。その際は、申し訳ありませんが、次々週までお待ちくださいませ。