043:迷惑な寵愛 と ユズリハの商い
本日は二話更新です。(2/2)
「ふぅ」
ユズリハが抜き放っていたコダチを鞘に戻しつつ、息を吐く。
「悪いわね、ユズ。あんま葉術は使いたくないって言ってたのに」
どういうワケか、ユズリハは過去に裏街で取得した技術を、あまり積極的に使いたくないらしい。その辺りを気にして、ユノが小さく詫びた。
ちなみに、ユズリハが裏技の使用を控えている理由はユノにあるのだが、ユノ本人はその時のことなど、ほとんど覚えていなかった。
「状況が状況だからね。ユノとエーデルが二人掛かりで止めきれない寵愛種相手なら、躊躇ってられなかったよ」
ユノの言葉に、ユズリハは気にするなと返して、御者の人へと向き直った。
「おじさんと、そっちの馬は平気かな?」
「ああ。助かったよ。俺もこいつも無事だが、馬車が二頭引きでなぁ……」
困った――と、嘆息する御者に、エーデルが訊ねる。
「荷物とかは大丈夫かな? だいぶ荒っぽい動きになっていたようだけど」
「あー……そうだった」
うへー……とうめきながら、おじさんは御者席から降りて、幌の中を覗いた。
幸いにもダメになった商品とかは無かったのか、おじさんが安堵したような顔で幌から出てくる。
それを見ながら、ユノはエーデルにエアリエラフターを手渡した。
「エーデル。これに乗って帰っていいから、ちょっと綿毛協会行って、人と馬を呼んできて貰って良い?」
「この僕を頭脳の必要ないお使いに出すなんてのはユノくらいの所業だが、別に構わないよ。僕は寛大だからねッ!
ところで、使い終わったエアリエラフターはどうすればいいかな?」
「あげるわ。まだいくつか工房にあるし」
「俄然やる気出てきたよッ!」
グッと拳を握ったあと、エーデルはバサッと白衣を翻して、エアリエラフターを起動させた。
「サラバだッ! また会おうッ! エアリエラフター……ゴー!!
はーっはっはっはっはっは!」
そうして機嫌良く高笑いをあげながら、エーデルは街の方へと去っていった。
「すごい子なのは間違いないんだが、なんか変わった嬢ちゃんだな」
「すごい奴だし、変わった奴なのも間違いないけど、嬢ちゃんってのは間違いね」
御者のおじさんが、どうリアクションして良いのかわからない顔でそう呟くのが聞こえたので、ユノが軽く訂正する。
それに、御者のおじさんは目を見開いた。
「……それ、あの子が坊主ってコトか?」
「ええ」
あの大きな白衣の下は、フード付きのトレーナーにハーフパンツという少年らしい出で立ちなのだが、それを含めてみても男の格好が好きな美少女にしか見えない。
「アイツの母親の趣味になってるみたいなのよ。アイツの髪や肌のケア」
「気持ちは分からないでもないがなぁ……」
苦笑するおじさんの言わんとしてることを理解して、ユノもうなずきながら苦笑を返した。
「それはそうと、助けて貰ったばかりか、救援まで呼んでくれるみたいだな。ありがとう」
「気にしないで。
あたしは取らないけど綿毛協会に救援料金は取られるだろうし、借り馬だったなら、一匹分の弁償が必要だろうから、おじさんの出費すごいんじゃない?」
「頭が痛い話だよなぁ……」
本当に頭痛でもしているかのように、御者のおじさんがこめかみを押さえる。
その姿に、同情しつつユズリハが告げる。
「でも、命核あっての物種っていいますし。
ここで幻蘭の園に旅立っていたら、その頭痛も感じられなかったんですから、まぁ生きてて良かったと思いましょうよ」
「嬢ちゃんだってわかるだろう? 理屈はそれで納得できても、気持ちはそれで納得できないんだよ」
「でしょうね」
三者三様に苦笑しあってから、三人は視線を両断された馬へ向ける。
「そういや、花術師の嬢ちゃん。さっき後天的突発型寵愛種って言ってたけど、それは何だい?」
「そんなのいるの?」
御者のおじさんとユズリハの問いに、ユノは軽く逡巡してから答えた。
「二人とも寵愛種は分かるわよね?」
精霊の寵愛という自然現象は古くから確認されている。
それが本当に、精霊から与えられた加護の類なのかどうかはこの際、問題ではない。
大事なのは、そういう現象が存在するということだ。
突然変異としか言いようがない、突発的に生まれる種族上位種。同じ種族でありながら、頭脳や肉体能力が、頭一つ飛び出ている個体の誕生。
条件は不明だが、世界で時々観測される現象の一つ。
その寵愛を受けた存在を寵愛種と呼ぶ。
そのことは、ユズリハも御者のおじさんも知識として持っている。
ユズリハとおじさんの二人がうなずくのを確認してから、ユノは続ける。
「寵愛種っていうのは、突然変異とも言われている通り、あくまでも先天的な存在よ。生まれた時から変異種なの。
だけど、寵愛種の中には、何らかの要因で寵愛を受けて突出した能力を手に入れる個体もいるのよ。それが後天的寵愛種」
「何らかの要因って?」
「さぁ、過去の例に共通点がないらしいわ。
でもまぁ――死にかけた奴が多かったっていうのは、あるみたいね」
「それって……」
何やらユズリハが、ユノの目を見てくる――正しくは左目のようだ。
その意味に気づいて、ユノは苦笑した。確かに、この理屈で行くなら自分も後天的寵愛種かもしれないと気づいたのだ。
だが、敢えてそこには触れずに、ユノは続けた。
「多くの後天的寵愛種っていうのは、要因――言い換えるならキッカケが存在していて、寵愛を得たという自覚を持てると言われている。だから寵愛を受けると同時にある程度は自分の力を御することができるの」
「それで行くとだ、嬢ちゃん。あの馬はキッカケらしいもんなんて何もなくいきなり暴れ出したんだがな」
御者のおじさんが顎を撫でながらそう言った後で、すぐに自分で気が付いた。
「ああ、だから後天的『突発型』寵愛種か」
「その通りよ。文字通り、後天的突発型寵愛種っていうのは本当に突然、キッカケもなく寵愛種となるの。直前までの自分と今の自分の力の差、思考力の差――様々な理由が重なり合って、瞬間的にチカラに溺れるか、制御できないチカラに怯えて、そのチカラを暴走させてしまうコトがあるらしいわ」
まさに、今の今まで暴れていた馬がそれに当てはまる。
「精霊の寵愛を受けてるわりには、随分と禍々しかった気がするんだが、それはどういうコトなんだ?」
おじさんの疑問に、ユノは親指で軽く下唇を撫でながら、思案しつつ答えた。
「推論の域をでないけど――たぶん、精神の影響が大きいんじゃないかしらね」
「どういうコト?」
ユズリハが首を傾げる。
この辺りの話は、花術寄りの内容なってしまう。
なので、素人にも分かるように、ユノは言葉を選びつつ、ゆっくりと口を開いた。
「花術っていうのは、マナを精神力で操っている側面があるわ。
もっというと、オドはマナ以上に精神の影響を受けやすい」
そうよね? とユズリハに訊ねると、彼女は小さくうなずいた。
「そして、寵愛種っていうのは、霊臓器や霊力門が大きい個体でもあるの。恐らくは命臓器や命力門が大きい個体もいるんじゃないかしらね。
それでまぁ突発的に寵愛種になるってことは、突然許容量が増えることと同じワケよ。
寵愛を受けた自覚がないなら、急に体内に集まってくるチカラを無意識に本能が追い出そうとするんじゃないかしら。
そして、マナやオドが外に放出される。その時に体内から吐き出されたチカラに精神や意志が乗っかってしまう」
「怯えや恐怖、そういうのが術として発現しちゃって、それが身体を包み込んで効果を発揮しちゃった結果が、あの禍々しい姿ってワケか」
ユズリハが納得したように口にする言葉に、ユノはうなずいた。
実際、ユノが時々やっている無詠唱などは、それと理屈はほとんど同じだ。
イメージをマナに乗せた状態で、普段より多めに外へ放出し、制御する。気づいた精霊が、そのマナに力添えをしてくれるので、そこに花銘を告げてあげれば、世界を塗り替えるチカラへと変化する。
理論上可能なだけの技術とされているが、ユノからしてみれば、出来ると自分を信じるチカラと、精霊とマナへの信用と信頼が足りてないだけだ。実際、ユノはそれで仕えている。
無詠唱の話はさておくとして、ユノは馬の遺体へと視線を向ける。
「怯えや恐怖から、自分を守りたいという意志と、それから逃げ出したいという意志、そして状況を理解できない混乱。
それらが、外へと放射されたマナのみならず、体内に残ってるマナにも乗っかることで、過剰霊力暴走が発生し、異形化しちゃったんだと思うわ」
「理屈を聞くと、殺すのはちと可哀想な話ではあるな」
横で御者のおじさんが呟く。
「そうね……でも、ユズじゃないけど、命あっての物種じゃない。
こういう同情も、自分自身が無傷で助かったからの感傷でしょう?」
「ドライな嬢ちゃんだ」
「心の中に乾いた荒野を抱いてないと、どうにもならなかった出来事ってのがあるもんなのよ」
「それはそれで、同情しちまうけどな。ま、他人の同情なんかいらないタイプか」
「ええ。でも、今はその同情にお礼くらい言える余裕は生まれてきてるわよ?」
「その荒野に森でも生まれたのかい?」
「そんなでもないわね。小さな湖を中心としたオアシスが精々ってとこ」
「潤いが生まれ始めてるなら上等じゃないか」
「そうね。最近、ようやくそう思えるようになった――ってとこかしら」
肩を竦めて、ユノは杖を構えて馬の死体に向けた。
「血の臭いを放置しておくのもあれだし、焼いちゃうわね」
「ああ。可哀想だが仕方ないな」
そうして、ユノの放った花術が馬を火葬する。
炎が草原に燃え広がっていないのを確認すると、ユノは小さく息を吐いた。
「そういえば、助けてもらって何なんだけど、どうしてユズが助けにこれたの?」
「ユノがエーデルを連れて出かけたって聞いたから、慌てて追いかけてきたんだよ」
「……なんで?」
「聞きたい?」
半眼になって剣呑に問いかけてくるユズリハに、ユノは黙って首を横に振った。
ユノとエーデルは良く喧嘩をする。しかも、ただの口喧嘩から始まって最後には上位花術をぶつけあう喧嘩に発展することが多いのである。
本人たちは基本的に無傷なのだが、周囲にもたらす被害が尋常ではない。ユズリハはそれを事前に止める、最終調停装置となっているのだ。
ユノは聞かずともそれを察し、出来る限りエーデルとは喧嘩しないようにしようと、こっそりと誓った。
誓いを守れるかは分からないけど――と、最後に付け加えながら。
ユノとユズリハのやりとりが落ち着いたところで、御者のおじさんが訊ねてくる。
「そういや、嬢ちゃん。あの地面を滑るように動く花導具。エアリエラフターだったか? ありゃ、嬢ちゃんの発明かい?」
目を輝かせながら訊ねてくるのを見るに、おじさんは商機を見てるのだろう。
「大本はグラジ騎士よ。
色々あって、カイム・アウルーラに乗り捨てられてたのがあったから、回収して修理して使わせてもらってるだけ」
「……ってことは、グラジのモノか……。
――って、おい。嬢ちゃんはあの坊主にくれてやるとか言ってたよな?」
「捨ててあったのをあたしが拾ってあたしが修理したんだから、あたしのものでしょう?
あたしがどう扱おうが、あたしの勝手ってやつよ」
「ううむ、まぁそれもそうか。
だが、そうすると商品としては取り扱えそうにないかぁ……」
恐らくは今回の損失分の補填にでも使えないかと考えたのだろう。あわよくば、継続商材にできれば、今のところ既得権益が重ならないエアリエラフターは丸儲け出来そうな花導具なのは確かである。
残念そうなおじさんを見て、ユズリハが何か思いついたのか、ニヤリを笑いながらユノに訊ねてきた。
「ユノ。おじさんに一つくらいあげてもいい?」
「……うーん……まぁ、一つくらいなら良いか」
「嬢ちゃんいくつ回収したんだい?」
少し悩んでからうなずくと、おじさんからツッコミが飛んでくる。
敢えて答えずに無視したのだが表街と街道、森……それぞれに落ちてた分はすべて回収しているので、結構な数があったりする。
ちなみに、裏街に落ちてたのは、女帝と帝王がそれぞれ回収していて、お抱えの花職人に独自研究させているそうだ。
「おじさん、一つだけタダであげるので、うまく儲けられたら、その一部をウチの工房に分けてくれません?」
ユズリハの言葉に、おじさんの顔が商売人のそれに変わる。
「一つでどうやって儲けを出せって言うんだい?」
「あれ、一応はグラジ皇国の国家機密研究品ですからね」
「ほう……」
すぅ――っと、おじさんが目を眇めた。
脳内ではものすごい勢いで、計算機が叩かれていることだろう。
「オススメはハニィロップです」
「どうして嬢ちゃんはそう思う?」
「最近、ハニィロップの特産品である蜂蜜やメイプルシロップの値段が上がってますからね。そういう気運が高まっているのであれば、この手の花導具は喉から手が出るほど欲しいんじゃないかな、と」
「…………よし、乗ろう」
「そうこないと」
どうやら商談は成立したらしい。
「細かい書類とかはカウム・アウルーラでいいですよね?
そっちのお仕事が終わったら教えてください。ちゃんと紙に残したいですし」
「紙に残すのはこっちも望むところだが……嬢ちゃん馴れてるな」
「ウチの工房の店主がこういうの無頓着だから、結果としてまぁ」
チラリとユノを見遣るユズリハに、おじさんは合点がいったようにうなずいた。
「あっちの嬢ちゃんは生粋の職人系か」
「職人ではあるけど、どちらかというと研究家気質かなぁ……商売や商談もできないワケじゃないけど、やっぱり商人としての気質はイマイチでして」
「そりゃあ、嬢ちゃんが商売人になるしかないわなぁ」
何やら納得しあって、首を縦に振り合っている。
「なんか、とてもバカにさてる気がするんだけど」
「気のせい気のせい」
「そうそう。別に悪いこっちゃないよ」
ユズリハとおじさんの言葉に、イマイチ釈然としないものを感じながらも、それ以上は追求する気にもならず、ユノは嘆息する。
あとはなし崩しに雑談する空気になっていき、カイム・アウルーラからの救援が来るまでの間、三人は当たり障りのない雑談を続けるのだった。
ユノが商売っ気ない分、ユズリハがちゃっかりしてます。
まぁユノがどうこうの前に、ユズリハは元々ちゃっかりしてるのですが。
機密アイテムなのに、こんな扱いで良いのかと思うかもしれませんが、ユノもユズリハもそんなものを忘れていくグラジ騎士が悪いと思ってます。
次回は、街の中でささやか日常を送りつつ、カイム・アウルーラの貴族の話とかしようかな、と思っております。