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花修理の少女、ユノ 作者:北乃ゆうひ

日常編-02- フルール・ズユニックの日々

45/50

044:カイム・アウルーラの貴族


(知れば知るほど、不思議な街だ)

 貴族街にある大通りを、中央広場に向かって歩きながら、グラジ皇国の騎士シャンテリーゼ・ドレッサ・ステランスは胸中で独りごちた。

 グラジ騎士の彼女が、母国に戻らず、この街に滞在を続けているのには理由がある。
 上から、カイム・アウルーラに留まり復旧を終えるまでは街の警邏の手伝いをするようにという命令がきたのだ。

 もちろん、それが建前であることにシャンテリーゼも気づいている。
 本当の目的は、元団長の影響が強い者や、強国グラジ皇国を絶対的に思っている者たちによる、身勝手な復讐を防ぐ為だろう。

 外交は花術(フーラ)ではないのだ。
 これ以上、余計なことを重ねるわけにはいかないのである。

 とはいえ、そんな無茶なことをやらかすような輩はそうそういるものでもない。
 シャンテリーゼと、彼女につき従いこの街に留まっている騎士たちとしては、ちょっとした休暇のようなものだ。

 邪魔にならぬよう高い位置でポニーテールにしたミルクティブロンドを風に揺らしながら、赤銅色の瞳を周囲に巡らせる。
 警戒しているのではなく、シャンテリーゼは純粋に興味と好奇心から街並みを眺めていた。

 この大通りは街の北門に繋がっている。なので、平民がいること自体は不思議なことではない。
 だが、北居住区は、別名貴族街だ。多くの場合、貴族というのは平民が貴族街に入ってくることそのものを嫌がるものである。
 しかし、カイム・アウルーラでは、そういう光景を見たことがない。

 平民側が多少気にかけてはいるものの、すれ違う時に軽い会釈をする程度で、ひれ伏したり、畏れたりということはなかった。

 貴族側も貴族側で、不必要に横柄な態度を取る様子はない。
 明らかに重たい荷物を運んでいる平民に対しては、むしろ道を譲るほどだ。
 他国であれば、平民の状態に関わらず道を譲らねば怒り出す者がいるだろう。だがこの街では貴族が平民に道を譲る光景は珍しくない。

 そして、シャンテリーゼ自体そういう行為に抵抗がない。郷にいれば郷に従えと、道を譲っている。

「貴族が平民を受け入れている、のか……?」

 周囲を見渡しながら、シャンテリーゼが独りごちた。
 今度は口に出してしまっていたようだ。その独り言に返事が返ってくる。

「それはいかにも貴族という視点からの言葉だな、お嬢さん」
「クレマチラス閣下」
「この街が不思議かい?」
「はい。失礼な考えかもしれませんが」
「失礼ってワケでもないな。一般的な貴族の在り方を知っているなら、不思議に思うのも無理はない」

 短く刈り込んだ赤い髪を撫でながら笑う彼は、サルタン・セントレアル・クレマチラス。
 このカイム・アウルーラの政治機関『九重会』の一つである、『守護会』の会長であり、その傘下組織である都市防衛組織『守護団』と、治安維持組織『警邏団』の双方を取りまとめる、総団長。つまるところ、カイム・アウルーラにおける軍部の最高責任者である。

 結構な権力者であるはずなのだが、彼はこうして護衛もなしに度々出歩いているし、シャンテリーゼの前で無精ひげを撫でながら気さくに笑う姿は、とてもフレンドリィでそうは見えなかった。

「良かったらお昼でも一緒どうだい?
 せっかくだ。この街の貴族について、お話しするよ?」

 やや細長で鋭く見える目で、愛嬌たっぷりにウィンクしてみせる。
 一見するとナンパしているように見えるが、オレンジ色の瞳には、からかうような光が灯っていた。あくまで純粋な食事のお誘いのようだ。

「是非――と言いたいところですが、奥方に叱られるのでは?」
「ははは。昔のクセでね。女性に対してはついこういう誘い方をしてしまうだけさ。
 こう見えて、愛妻家なんだ。側室だの政略結婚だのという鬱陶しい話を無視して愛を貫ける街で暮らしてるのだから、貫かないとな」

 そう言って、サルタンは顎を撫でながら笑う。

「閣下は、どこか別の国の貴族だったので?」
「その辺り含めて、気になってるコトを話すさ」
「ではお誘い。お受けします」
「おう、そうこないとな」

 シャンテリーゼがうなずくと、サルタンは楽しそうにうなずき返した。





 サルタンに連れてこられた店の名は『肉汁喫茶ハイカロリー』という、どうにも反応に困る名前の店だった。

「店名のセンスに難はあるが、良い店だ」

 こちらの胸中に気づいたのだろ、サルタンはそうフォローして、店へと入っていく。

「いつもの窓際の席は空いているかい?」
「はい。ご案内いたします」

 どうやら常連のようで、好んで座る席まであるようだ。

 サルタンの後を歩きながら、シャンテリーゼは店内を見渡す。
 店名の通り、肉料理を食べに来ている客が多く見受けられるが、ケーキなどのデザートを食べている女性客もそれなりにいる。
 肉料理だけでなく、お茶や軽食、デザートなども評判が良さそうだ。

 席に案内されている途中で、サルタンは道中の席についている髭の豊かな老年の男性へと軽く会釈していた。だいぶ歳を召しているようだが、元気にステーキを頬張っている。
 老人もそれに対して、気安い調子で軽く手を挙げて返す。

(顔見知り……か?)

 胸中で首を傾げていると、老人はシャンテリーゼの顔を見て笑う。
 人の良さそうな老人に軽く会釈して、その横を過ぎる。

 ふと、妙な視線を感じた気がして軽く周囲を見渡すが、特に怪しい人物はいなかった。
 強いて言えば、老人がシャンテリーゼを見ていた程度だ。目が合うと彼はニコリと人好きする笑みを浮かべる。

 足を舐められるような視線――といえば良いのだろうか。殺気のような危険を感じる類いのものではないのは幸い、というべきだろうか。
 武に長けているサルタンも気づいていない様子なので、警戒するようなものではないのかもしれないが――

(なんだったのだ……?)

 疑問に思うが、せっかく誘いを受けたのだ、探し回るワケにもいかない。

 そうして、案内された席について料理の注文を終えた頃、サルタンが切り出した。

「さて、街についてどのあたりから話すべきかな……」
「もしお時間があるようでしたら、成り立ちなどから聞きたいのですが……」
「成り立ち、成り立ちなぁ……」

 しばらく天井を見上げながらサルタンは思案していたが、ややして顔をこちらに向けると、ゆっくりと語り始めた。




 カイム・アウルーラという街の(おこ)りを正しく記録してあるモノはない。
 気が付けば、いつの間にか歴史に名前が出始めていたのだ。

 そしてこの街はいつしか、行き場のない貴族の受け皿になっていたという。


 話の途中で、注文している料理が来た。
 続きは食べながら――とサルタンが笑うので、シャンテリーゼはそれにうなずき、彼と共に精霊へ感謝を捧げる。

「それにしても、行き場のない貴族の受け皿、ですか?」
「ああ」

 まだ熱を持つ鉄皿の上に乗った厚切りランプステーキをフォークで押さえ、ナイフを通しながらシャンテリーゼは聞き返す。
 切断面からあふれ出た肉汁が鉄板に滴り、じゅうじゅうと音を立てながら良い香りを放つ。

「ぶっちゃけると、俺や嫁さんみたいな、実家の継承権を持ってはいるが、あってないような連中だわな。
 この前に騒ぎを起こした、おたくの団長とかもそうだろう」

 シャンテリーゼの言葉にうなずきながら、サルタンは大人の握り拳二つ分の大きさのハンバーグにナイフを入れる。
 こちらも熱を持った鉄皿の上に置かれているため、切断面からこぼれおちる肉汁が滴り落ちるたびに音を立てた。
 ナイフが肉に引っかかる様子がないので、かなり柔らかな仕立てのハンバーグなのだろう。

「微妙な立場ですものね」

 サルタンの言う立場は、この大陸における一般的な貴族にとってはとても面倒な立場なのは間違いない。

 家督を継承するのは基本的に長男だ。
 もちろん、国や家ごとに独自ルールを設けていることもあるので、この限りではないが、だいたいはそうである。
 そして、継承権なんてものは、だいたい二位か三位までが家にいれば、あとはあってないようなものなのだ。

 父親が自重しなければ、どんどん増えていくが、増えれば増えるほど後のモノのオマケ感というか、どうでも良さ感のようなものが増していく。そうなるととてもややこしくなる。

 家を継げないが、権力はある。
 実家の権力はあるのに、発言力が低い。
 兄弟や継承者が多ければ多いほど、上位継承者のオマケという扱いが強くなってしまうのである。

 名家の八男やら、継承権十三位やら――そういう肩書きは、重いくせにあまり役に立たない。
 本人からすれば、その重みに対してだけ、不満ばかりが膨れていくわけである。

 だが、不満が増していくのは本人だけではない。

 継承権が低かろうと、実家の権力というのはバカにならないのだ。
 なので実家の権力が大きい場合、貴族の礼儀としては、他の貴族は表面上だけでも上位者として扱わなければならないわけである。
 その為、継承権の低くい者は大人しくしてても、やっかみなどが増えていく。

「考えてみると、団長があのような性格になってしまったのも、その辺りが原因かもしれませんね」
「だろうなぁ……どれだけ優秀な姿を見せても、所詮は実家を笠にきた愚か者と扱われてたのだろうよ」

 成績が良いのも実家を気にした教師のおべっか。
 どれだけ実力で功績を立てても、どうせ他のやつの功績を奪ったに決まってる。

 幼い頃からそういう扱いを受けていれば、歪んでしまうのも無理はない。だから、見返す為に支配者になろうとしたのだろう。

「とはいえ、うちで暴れたのは事実だからな。同情はするが、その行いには文句を言うぞ?」
「もちろんです。カイム・アウルーラの方々にはその権利がありますから」

 こちらとて、ダンゼル団長をかばうつもりはないと、シャンテリーゼはうなずいてから、ランプステーキを口に運ぶ。

 敢えて肉質の硬い部位を使って、味わい深く焼き上げたという文句に偽りのない味だ。
 ミディアムレアに焼き上げられた、噛みごたえあるこのステーキは、噛めば噛むほどに、上質な肉の味が口の中に広がっていく。
 下味に使われているのだろう塩胡椒の加減もさることながら、薄味のタレが、より肉の味に深みを与えてくれている。

「美味そうに食べるね」
「ええ。実際、美味しいですから」

 ワインが欲しくなる味なのだが、今はまだ昼間であり、午後の職務が残っている。さすがに酒を頼むわけにはいかない。

「貴族の受け皿というお話、もう少々詳細を伺っても?」
「ああ。肝心なこの街の不思議な光景の理由というのもを説明してないしな」

 ハンバーグを口に運び、それを嚥下(えんか)してから、サルタンは続きを口にしはじめた。

「カイム・アウルーラに流れ着く貴族の多くは、貴族の(しがらみ)から逃れたかった奴が多いのさ。理由は言わずともがなだろ?」
「ええ。立場の微妙さから自由が利かない割には、放任されてしまう状況の者が多いというコトですよね?」
「そういうこった。だから、実家を飛び出して綿毛人(フラウマー)になって、腰を落ち着けられそうな場所で暮らし出す」

 綿毛人(フラウマー)生活が楽しくて、そのまま綿毛人(フラウマー)として生涯を楽しむ者ももちろんいる。
 実際、サルタンも結婚を考えるまでは、そういうタイプの人間であったらしい。

「そして、カイム・アウルーラの話に戻すと、だ」

 統治者としての才能を持ちながらも、結局は発揮できない立場にいた貴族がこの街に流れつき、そのチカラを発揮したのが、今の『九重会』の始まりだそうだ。

 九重会の発足者が流れ着いた頃は、自由の街カイム・アウルーラと呼ばれていたらしい。
 だが、その自由の街に目を付けた国があり、トラブルが起こり出す。
 それをどうにかする為に、最初に組織されたのが『カイム・アウルーラを守る為の貴族会』である。

「とはいえ、実家から飛び出してきた連中なんて、後ろ盾がないわけだ」
「でしょうね。どのようにして守ったのですか?」
「貴族になったのさ」

 事も無げに答えるサルタンに、シャンテリーゼは訝しむ。

「貴族から街を守るなら、貴族になるしかない。
 幸いにして、元貴族は多かったし、多くの元貴族は自由の街を愛していた」

 恩返しの意味もあったのだろうさ――と、サルタンはコーヒーを啜ってから笑った。

「ですが、それでも後ろ盾は――」
「その後ろ盾ってのはさ、それまでの国や家の歴史の中で繋がってできたものだろ?」

 サルタンはテーブルをトントンと叩く。

ここ(・・)に新たな貴族を興そうと言うんだ。そんなものがあるわけがない」
「それで、ここに目を付けたという国の貴族たちをどうにかできたのですか?」
「この街で『始まりの貴族』となった連中はね、本物の貴族(・・・・・)だったのさ」
「どういうコトでしょうか?」
「チカラには責任が伴うコトを理解していて、この街とこの街に住む人たちを護る為に、私を滅せたんだ。
 この街を護る為に、それまでの人生で得た全てを利用した。
 実家とケンカして家を飛び出してきたのに、わざわざ実家と連絡を取って頭を下げた人もいたそうだ。
 そうして、瞬く間に『始まりの貴族会』は、この街の政治機関になった」

 最初にケンカを売ってきた貴族を退けた後は、カイム・アウルーラを『この街を愛する人の為の街』にするべく、貴族のみならず平民や商人なども参加可能な『九重会』を立ち上げ、『中立自治領』を名乗るようになったのである。

「だから、この街の貴族っていうのは、貴族という立場のこの街の住民でしかない。
 一定の資産を持ち、一定の税を納めることができ、『貴族会』に加入することに問題がないのであれば、この街では貴族を名乗れる。
 もっとも、加入すれば常に貴族であるコトを問われ続けるから、欲だけで参入すると、痛い目を見るけどな」

 ちなみに『貴族会』は他の会との掛け持ちが可能である。
 だからこそ、サルタンは貴族でありながら、『守護会』に所属できているのだ。

「貴族であるコト……とは?」
「第一にこの街を愛するコトだよ。それが全てと言ってもいい。その為に、するべきコトとできるコトを常に意識して行動しろという理念だな。
 あとは、外交を担当するのは『貴族会』でもある。だから、外向きとしては紳士淑女のマナーの厳守。ようするに領外で活動したり、領外から貴族の客人を迎える時は、一般的な貴族として振る舞えって話さ」

 元々貴族の柵が嫌でこの街に来た者が、この街を守る為に『貴族会』に属することが多いので、こういうルールになったそうだ。
 結果として、流れ着いて『貴族会』に加入する者は、基本的に貴族教育の必要のない人ばかりだと言う。

 この街を護る為ならば、大嫌いな柵にも関わっていく。それがこの街の貴族なのだそうである。

「そういう理由で生まれたのがこの街の貴族だからな。
 お嬢さんが不思議がったあの光景も、納得できたんじゃないかな?」
「そうですね。
 貴族と平民の距離の近さというか、独特の関係性を保ってる理由を理解できました」

 出来る限りこの街の住民と対等でいたいという『貴族会』の気持ちと、この街を護る為にわざわざ貴族になってくれた人への感謝を込めた住民。
 そういうの想いが、この街の貴族と平民の形の根底にあるのだ。

 故にこの街で暮らす貴族の多くは、暮らしている上では『貴族の肩書きなど、あってないもの』としている。
 他の国のように、それで好き勝手できるチカラなどないし、振る舞う気もないのだ。

「だから――というワケではないがね、この街の貴族は一癖も二癖もある人が多い。
 だが、誰も彼も、権力や財力に胡座をかいて努力なんて忘れた各国のエセ貴族なんて足下にも及ばないほどの実力者ばかりさ」

 そのことを誇るように、サルタンは笑った。
 それだけの信頼が、この街の貴族たちに対してあるのだろう。

 事実、この街は中立自治領として確固たる地位を得ている。
 それは、周辺国との外交で勝ち取ったものに他ならない。

「辛辣ですね……ですがまぁ、そういう貴族のせいで酷い目にあった身としては、もっと言って欲しいくらいですが」
「その酷い目というのは聞いても大丈夫なコトかい?」
「無駄に政治的策略だけが上手い敵対派閥の者達に、父がハメられて、家が没落し取り潰しになっただけですよ。大したコトじゃありません」
「それを大したコトじゃないと言えてしまうキミが大した人物だとは思うがね」

 何とも言えない顔をしてサルタンがうめく。
 だが、サルタンほどの人物に大した人物だと言って貰えたのは、諦めずに生きてきた意味があったと思うに充分なことだ。

「そういえば、カイム・アウルーラでは貴族同士の派閥とかは無いのですか?」
「無いわけじゃない。街をより良くする為に、意見が対立するし、常に対立意見を出し合い続ける組み合わせだってある。そりの合わない奴だっているし、生理的に受け付けない奴だっている。人間だしな。
 でも、平時はそれでいいのさ。この間みたいなトラブルが発生した場合、必要とあれば対立派閥のトップ同士が手を取り合う。
 大事なのはさ、派閥を維持するコトでも、派閥を大きくするコトでもない。この街を守るコトってなワケだ」

 水面下で貴族らしい足の引っ張り合いとかも、皆無ではないそうだ。
 ただ、それしか出来ない者、それしかしない者というのは、他の貴族達から排除されていくのだと言う。
 自浄作用というよりも、カイム・アウルーラに不利益をもたらしかねない存在だと判断されたら、反目しあう者同士だろうと結託して、その対象の排除に動くのだそうだ。

「我らは街と共に在り――『貴族会』というか『九重会』の理念だな」
「素晴らしい理念かと」

 シャンテリーゼは嘘偽りなく口にする。
 グラジ皇国の貴族達に、『貴族会』の貴族の爪の垢でも煎じて飲ませたいほどだ。

「ありがとう」

 気高さすら感じる笑みを浮かべて、サルタンはそう口にする。
 彼は本当に、この街を誇りに思っているのだろう。

「それはそれとして、ここの食事はどうだったかな?」
「大変美味しかったです。教えて頂きありがとうございます」
「それは良かった。値段のわりには非常に味が良いからな。良く来るんだよ」

 平民からしてみるとやや高く感じる値段設定ではあるが、この味でこの値段であれば充分手頃である。
 それなりの収入のある貴族や商人などからすれば、問題なく通える程度の値段だ。

「閣下は、こういうお店にお詳しいので?」
「実は娘から教えて貰ったお店なんだけどね」

 そう言って笑うサルタンの顔は、娘を溺愛する父のものだ。さっきまでの雰囲気とは違う顔をしている。

「娘さんですか」
「そうなんだよ。色々あって、ちゃんと顔合わせたのは、七年ぶりだったんだけど……」

 照れたような顔をするサルタンに、シャンテリーゼはしまったと胸中で舌打ちした。
 これは、ウチの子可愛い自慢をする親だ。
 このままでは、延々とウチの子可愛いトークをされかねない。

 そんな時――

「ユノちゃん、やっぱり何度見てもまじ美脚だのう!」
「げッ! サラセン伯ッ!?」
「是非ともその御美足(おみあし)を拝ませて頂きたく」
「やめろッ! っていうか食事中なんだからほんとやめてッ!」
「キックかね? キックだね? 是非とも華麗なる蹴りを我が身に!」

 何やら店の中で、そんなやりとりが聞こえてきた。

 片方の少女はシャンテリーゼも良く知る人物だ。
 この街で一番有名な、花修理(リペイア)工房の二代目店主。
 もう片方は、店に入ってきた時に見かけた老人だ。

「あの足フェチ(じじい)が……」
「……伯爵なのですか?」
「サラセン・ニアード・アガパンシア伯爵。『貴族会』の重鎮だ……」

 こめかみを押さえながら、サルタンがうめく。
 カイム・アウルーラの貴族に爵位はない。その為、爵位は基本的に自称扱いだ。

「私は君の足を存分に愛でるだけなので、気にせずに食事を続けるといい」
「気にしないワケないでしょうがッ!!」

 正直、店主とのやりとりを聞いている限り、ただの変態爺のようにしか見えない。

「あれでも文官としての実力は間違いないんだ。
 うちの嫁さん――というか、行政局のアドバイザー的な立場の人でね」
「お髭が豊かな好々翁(こうこうや)風の変態にしか見えませんね」
「実際そうだしな」

 政治家としての手腕など、市井で見る機会などそうそう無い。
 そうなれば、目に映る印象の人物にしかならないのである。

「若い頃のネリネちゃんと良い勝負してるぞ?」
「……どうしてあの人の若い頃の足を知ってるのよ?」
「あの足に蹴られてからというもの美しい足に目がなくてなぁ……」

 サルタンと店主が頭を抱えて嘆息している。
 気持ちは分からなくもない。

 店を見渡すと、『貴族会』の重鎮と、有名な工房の店主という大物同士のケンカ(?)に、さすがの店員達も対応に困っているようだ。

「あのジジイ……娘だけでなく、ネリィにも手を出してやがったのか……」
「え? 娘?」

 サルタンのうめき声に、シャンテリーゼが首を傾げた。

 だが、もうサルタンの耳に届いていないようだ。

「おい、こら足フェチ爺ッ! ユノちゃんだけでなく、嫁さんにも手を出してやがったのか、おいッ!」
「なんじゃサルタンッ、手なんぞ出してないぞ。足が出てきたから拝んだだけじゃッ!」

 そうして二人がケンカを始めると、こちらに気づいたユノが自分が食べていた皿を手に、こちらへとやってきた。

「悪いわね。勝手に相席させてもらうわ」
「構わないぞ……大変だな」
「悪い人ではないんだけどね、サラセン伯。あの変態っぷりだけは頂けないわぁ……」

 ぐったりとうめきながら、彼女は自分のハンバーグに切り込みを入れる。切れた断面から、とろりとチーズソースが流れ出てくる。

「貴族だったのだな」
「ん? まぁね。普段はユノ・ルージュよ」
「差し支えなければ貴族名を教えてもらっても?」
「……普段はユノ・ルージュよ?」
「承知している」
「ユーノストメア・ルージュレッド・カルミアーノ・クレマチラス」
「四節名か、珍しいな」

 ユノのような例外もあるが、基本的に平民が二節名で、貴族が三節名だ。

「カルミアーノは産みの父親から貰ったものよ。あたしは養女だから」
「そうか。母親の名前は良いのか?」
「ネリィママの妹なのよ。だからルージュレッドがそう」

 養子縁組をする場合でも、名前は養子先に合わせた三節名になることが多い。にもかかわらず、父親の家名を組み込んで四節名にしているということは、彼女がそれだけ繋がりを大切にしているということなのだろう。
 そして、それを容認したクレマチラス夫妻にとっても、大事な名前なのかもしれない。

「いい加減にしろよクソ爺ッ!」
「お前さんこそ、新婚気分もいい加減にしたらどうじゃ?」

 白熱してきた閣下と伯爵のやりとりに、ユノは深い深い嘆息をすると、残ったハンバーグを強引に口の中に押し込み、一気に食べきる。

「うるさすぎてかなわないわ。どっかで食べ直そっと」
「私もそろそろ仕事に戻らないとな」

 閣下には申し訳ないが、あのケンカはもうしばらく収まりそうにないので、席を立つことにする。

 そうして、ユノは自分と閣下、そしてシャンテリーゼの分の料金に迷惑料を乗せたお金を店員に支払った上で、店長にバカ二人を置き去りにすることを詫びた。

「いいのか?」
「パパが誘っておいてこの始末でしょ? 娘が尻拭いするだけよ」

 肩を竦めながら、ユノが息を吐く。

「それに、外からの客人にくだらない理由でカイム・アウルーラを嫌って欲しくないもの」
「なるほど」

 ……と、シャンテリーゼは小さく笑う。

「カイム・アウルーラの貴族……か」

 行きましょう――と、颯爽と店を出ていくユノの後ろ姿は、聞いていた通りのカイム・アウルーラの貴族のそれに見えた。

 この街の貴族は、まず流れ着いてくることが前提なので、基本的にみんな大なり小なり綿毛人経験者。

 サラセン伯は、周辺国との外交で関わる貴族を(ふる)い分けするのに、わざと伯爵を名乗ってます。
 事前にカイム・アウルーラを調べてから外交の席に着くのであれば、自分の伯爵という爵位に意味が無いと理解し油断はしないはずだから、侮り見下してくるならその程度の相手――というのが足フェチ爺さんの弁。
 とはいえ、そんなカッコいい爺さんを書く機会があるかは、今のところ未定。

 次回は、カイム・アウルーラの水道花導品(アクエ・フィーロ)に関する話の予定です。
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