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女勇者セレス 作者:松宮星

剣と仲間と

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死の荒野 5話

「あなたが女勇者か?」
 金髪を靡かせ、男が薄く笑う。女性のように整った、美しい顔立ちだった。が、その体から広がる気は禍々しく、笑みも人の情を感じさせない歪んだものだった。
「あなた、サリエルね?」
『勇者の剣』を構え、白銀の鎧の女勇者は、金髪の男と対峙した。  
「フフフ、だとしたら、どうします?」
「だったら、シャオロンには悪いけれど」
 セレスの青の双眸が、敵をねめつける。
「あなたを倒させてもらうわ」
 敵の気はあまりにも強大だ。仇を討ちたいという少年の気持ちもわかるのだが、目の前の敵は少年が敵う相手ではない。聖なる結界の内に閉じ込められ、魔力が半減しているはずなのに、その黒い気は底が知れなかった。


(サリエルじゃと?)
 目の前の敵を始末しながら忍者ジライは、女勇者と睨み合っている金髪の優男を視界の端に捉えた。あの男が、ヒサメ達の体を乗っ取った魔族の親玉か、と。


「金の髪、サファイアの瞳、抜けるように白い肌、どれをとっても素敵だ。あなたは美しい………」
 金髪の男は髪を掻きあげた。その所作といい、派手な赤い衣装といい、気障な男だ。
「どうせなら、鎧をとったあなたが見たいな。とても豊かな胸だと聞いています。脚もすらりと長いのでしょ?ウエストは蜂のようにくびれ、まろみを帯びたかわいらしいお尻もきっと滑らかでしょうね」
「な!」
 セレスはカッと頬を赤く染めた。
「あなた、何を言っているの!」
「私は美しいものと強いものが好きなのです。あなたは、勇者を名乗るには少々、力が足りないようですが、とても美しい………おまけに処女でしょ?」
 魔族はニィィィと笑い、腰の細剣を抜いた。
「是非、コレクションに加えたい。あなた、私のものになりなさい」
「気色悪い!」
 叫んでしまってから、慌ててセレスは深呼吸をして気持ちを落ち着けた。感情的になりすぎてしまっては、『勇者の剣』と一体化できない。魔族に心乱されているようでは駄目なのだ。
「勇者として、あなたを浄化してあげるわ!」
「やってごらんなさい」
 金髪の男は微笑みを浮かべながら、地を蹴った。
 そして、あっという間に、セレスの前に現れる。
(速い!)
 大剣は敵からある程度離れていなければ、思い通りには操れない。だが、敵は素早く、細い切っ先を何度も向けてくる。防戦に徹するセレスは、自分の間合いを取る事ができなかった。
「ほら、ほら、どうしました?やはり、口ほどにもない」
 敵は楽しそうに細剣を振るっていた。セレスの頬に浅く傷が走る。そこより流れる赤い血を見て、敵は舌なめずりをして興奮した。
「素敵です。とても綺麗だ………あなたの全身を血で彩ったら、さぞや美しいでしょうね」
 恍惚の表情を浮かべる魔族の背後に、忍者ジライが現れる。不意をつこうとした忍者の攻撃は、魔族に読まれていた。半回転をして、己の細剣でジライの『ムラクモ』の刃を流すと跳躍し、二人の剣が届かない距離に降り立ったのだった。
「おや、あなたは………」
 金髪の魔族は、黒装束に覆面の忍者を上から下まで見つめ、瞳を細めた。
「その姿ではさっぱりわかりませんが、あなた、美しいのですか?それとも強いのですか?両方だと嬉しいなあ。あなた、二番目のようだし」
「二番目?」
 何の事だ問う忍者に、金髪の魔族はせせら笑いを見せるばかり。低く舌打ちし、敵をみすえたまま、ジライは女勇者に声をかけた。
「共に仕掛けようぞ」
「あなたと?」
「二人がかりでは卑怯、などと言うなよ。これは尋常の勝負にござらぬ。敵は魔族。勝負など二の次だ。この世から消し去れれば、それで良い」
「………そうね」
「それに、こやつ、ケルベゾールド神の今世の四天王じゃそうな。舐めてかかると、大怪我するぞ」
「大魔王の今世の四天王?」
 ケルベゾールドは復活の度に、必ず四人の腹心を今世に伴う。
 敵はおもいがけぬ大物だった。これを討ち取れば、今世のケルベゾールドを弱体化できる。
(『勇者の剣』、お願い、力を貸して………)
「行くぞ!」


「御身様!」
 ナーダの背後から迫っていた大魔王教徒が、チャクラムで切り裂かれる。
 戻ってきた回転する輪は、インディラ忍者の右の二の指に納まった。紺地のチュニックとズボンからなる忍者装束、兜と口元を覆う布。東国忍者の着物と袴と覆面とは、恰好が全く異なっている。
「ガルバ?」
 ナーダは左腕で汗をぬぐい、振り返った。
「鍾乳洞から出て来たのですか?」
 忍者は頷いた。背はあまり高くない。大柄なナーダの前だと、子供ほどしかない。しかし、
「聖なる結界が発動した以上、少数を装う演技は、もう不要にございましょう」
 その口から出た声はしわがれていた。老人の声だ。
「御身様、雑魚の大魔王教徒は我等にお任せを。又、総本山の僧侶様方から聖水をわけていただき、聖水を込めた仕掛け玉を多数、用意してございます。ご入り用の時は、我等にお声をかけてください」
「まあ、人手が増えるのは大歓迎ですが………あちらには、」
 と、ナーダはダイダラ達東国忍者を顎でしゃくった。
「参戦を断っておいた方がいですよ。敵と間違われて攻撃されかねませんから」
 特にあの一つ目鬼に、と、ナーダは口の中で小さく呟いた。
「ご心配無用!私めも、かつてはインディラ一と謡われた男!我が部下も、のろまな東国の奴等ごときに遅れをとりません!」
「………わかってるんでしょうね、ガルバ、彼等と戦うのではなく、協力し合うんですよ」
「わかっております!あやつらより、我らの方が多く大魔王教徒を殺してみせましょうぞ!」
 言いたいことだけ言って、インディラ忍者はすばやい体術で姿を消してしまった。
 ナーダはやれやれと肩をすくめ、武器を所持した魔族を倒しに走った。セレスと忍者ジライがサリエルと対戦している今、この周囲で魔族を減らせるのは自分しか居ないと………皆の命を守る為、彼は槍を振るった。


 その剣を振るえば薙いだ風さえ浄化の力を有し、岩さえも粘土のように砕く『勇者の剣』。その大剣をもって迫るセレス。
 速攻を仕掛けるジライ。
 二人の連携の前に、金髪の魔族は打つ手を失った。細剣を防御の為だけに使い、逃げる為に軽やかに身を翻す。しかし、窮地に追い詰められようとも、顔から不敵な笑みは消えなかった。
「二人とも、強さに及第点をあげましょう。思ったよりもあなたが強くて嬉しいですよ、女勇者セレス」
「では、その言葉を噛みしめ、この世から消えなさい!」
 セレスが振り下ろした『勇者の剣』が、金髪の魔族を両断する。斬り裂かれ消滅する寸前まで………男は笑っていた。嬉しそうに笑っていたのだ。
 男の姿は消滅し、後には細剣と一握の塩が残った。


 シャオロンの前に、白髪交じりの黒の束髪の男が現れた。体つきは三十代で通りそうなほど逞しい。鍛え抜かれた武闘家の体だ。その右腕に銀に輝く長い爪がつけられている。
「父さん………」
 左手用の爪を装備した少年は、泣くまいと顔をしかめながら、敵を見つめた。
 父は死んだのだ、魔族に殺されて………
 目の前にいるのは、父の体を奪った薄汚い魔族に過ぎない。
「シャオロン………わしの為に左手用の爪を手に入れてくれるとは孝行な事だ」
 父の顔のものが、にぃぃーっと笑う。
「早く、よこせ。おまえは、それを装備するには、あまりにも未熟。おまえの手にあっては『龍の爪』も泣くぞ」
「その言葉、そっくり、あなたにお返しします」
 シャオロンの声は震えていた。
 シャオロンにとって、父は絶対的な存在だった。シャイナ一の武闘家、その名も高きユーシェン。その息子である事は、誇りであり、悲しみだった。二年前、父は『武術の才なし』とシャオロンを切り捨て、以後、二度と顧みてくれなかった。そんな父を前にシャオロンは己を恥じるばかりだった。父に逆らおうなどとは一度も思わなかった。
 けれども、今は………
「あなたの手に爪があることを、龍は嘆いていました!その爪を手放すのは、あなたの方です!」


(何だ、こいつは………)
 アジャンは身の毛もよだつ恐怖を感じていた。
 シャオロンと対しているのは魔族だ。それはわかる。だが、気が異様なほど大きく、禍々しく、傍にいるだけで吸い込まれてしまいそうな強い牽引力を感じるのだ。
(今まで見て来たどの魔族よりも、こいつは強い)
 アジャンの内の天性の勘が、強く訴えていた。
 引け、と。
 この場にとどまれば死の危険がある、と。
「ちっ」
 アジャンは舌打ちした。
 一人だったのなら、迷わず逃げている。しかし、今、自分は少年を庇護する立場にある。年少の者を見捨てて逃げるなど、絶対にできなかった。
(アジャニホルト………)
 亡くなった弟の面影が脳裏をよぎった。
 赤毛の傭兵は背に大剣を戻し、『聖王の剣』を抜いた。この剣の力を借りなければ………自分もシャオロンもおそらく命はあるまい。


 先に仕掛けたのは少年だった。
 左手で宙を切り、全てを千々に切り刻む浄化の竜巻を生み出した。
 しかし、ユーシェンの姿の者は、右手を軽く振っただけでシャオロンが生み出したものよりも数倍大きな竜巻を生じさせた。竜巻は、シャオロンのものを飲み込み、シャオロンをも砕こうと突進してくる。
 その竜巻を、赤毛の傭兵の『聖王の剣』が一刀のもとに斬り裂いた。アジャンはシャオロンを庇う為に、その前に立ち片手剣を構えた。
「アジャンさん!待ってください!オレがやります!兄さん達と同じように父さんも送らせてください!」
「俺としてもやらせてやりたいのは、やまやまなんだが」
 困ったように頭を振り、傭兵は溜息をついた。
「こいつは、おまえがどうこうできる敵じゃねえ。本当は、おまえもわかっているはずだ。まっとうにやって勝てる相手じゃないってな」
「けど………オレは………」
「なあ、おっさん」
 アジャンは魔族に視線を向けた。
「おまえ、誰だ?ユーシェン、なんて答えるなよ。俺が聞きたいのは、シャオロンの親父の体を操ってる方だ。相当、上位の魔族なんだろ?」
「ほう、わかるか。良い目を持っているようだな………気に入った。外見も力も申し分なさそうだ。おまえを三番目に、いや、二番目にしてやろう」
「あん?」
「聞け、人間よ。特別に教えてやる」
 魔族の目がきらりと輝く。
「我が名はサリエル。今世の大魔王様の四天王が一人」


「サリエルだと………?」


 赤毛の傭兵は、相手の姿をまじまじと見つめた。
 先日、武闘僧から聞いたサリエルの外見的特徴は、『中肉中背、金髪、碧眼。西国人。二十代前半。武器は細剣』のはず。
「本当にサリエルなのか?インディラ寺院を襲った時とは、随分、外見が違うんじゃねえか?」
「わしは飽きやすいのだ」
 サリエルと名乗った魔人は、愉快そうに空いている左手で己の胸から首、頬を撫でてゆく。
「だから、着替えをたくさん所持しておる」
「着替えだと?」
「この人間(ふく)は年老いておる。外見は好かぬ。しかし、強さの方は申し分がない。今までも、時々、これを使っていたのだが、前の(ふく)が壊れたので、正式にこちらに乗り換えたのだ」
「服だと………人間を服だと言うのか!」
「魔族である我らがこの世で動くには、憑代が必要。ならば、美しく強いものを選びたいと思うのは当然ではないか!わしは、常に、美しいもの、強いものを、周囲に数体はべらせておる。臨時の(ふく)として、な。赤毛の男、きさまも、我が下僕(ふく)としてやろう。ありがたく思え」
「ケッ!胸糞悪い野郎だぜ………」
「父さんの体から出て行け!」
 目に涙をためたシャオロンがサリエルに怒鳴る。
「父さんは服なんかじゃない!」
 サリエルは微笑を浮かべた。
「シャオロン、おまえは駄目だ。わしの(ふく)にはなれぬ」
 そして、左手の二の指で額を叩いた。
「この男の脳が言っておる。おまえは非力で女々しく、血を恐れる臆病者。何年修行を積もうが、一生、ものにはならぬ。武闘家以外の道を歩むのが本人の為だとな」
「うっ………」
 シャオロンは顔を朱色に染めた。それと同じ意味の言葉は、昔、父の口から直接、聞いていた。
 けれども、ずっと父を尊敬していた。人と殴りあう格闘は性に合わなくとも、父から疎まれようとも………
 父を愛していた………
 父のようになりたかったのだ。
 左手の『龍の爪』が、カタカタと揺れる。
 怒りと嘆きと屈辱のあまり、頭に血がのぼり、めまいすらした。
「武術の才なし。おまえは武闘家以外の道を進め」
 サリエルは………昔の父の言葉を再現した。シャオロンを嘲りながら。
 少年の頬を涙が伝わる。
 悲しいのではない。悔しいのだ。シャオロンを貶める為に、父の姿で父の言葉をなぞる敵を………
 この世から消し去ってやりたかった。


 汝、魔を憎み、龍と共鳴し、戦えるか?
 汝、我が爪を己が爪とし、魔族を切り裂けるか?


(切り裂ける!)


 シャオロンは龍に応え、怒りに身を任せた。


「ウォォォーッ!」
 動物めいた叫び声をあげ、少年は跳躍し、サリエルに切りかかった。
 サリエルは右爪をもって、シャオロンの左爪を受け止めた。
 激しい火花が散る。
 シャオロンは休む事なく『龍の爪』を振るい、聖なる水を飛び散らせ、竜巻を生み出し、サリエルを狙う。
 シャオロンの父の姿の魔族は、右の爪で全てを防御した。
 サリエルが放つ竜巻は、シャオロンのものよりも強力だ。シャオロンも左爪で己を守ったが、その凄まじい勢いを殺しきれず、肌に無数の裂傷が走った。
 けれども、少年は………
 傷つき、血を飛び散らせながら………
 狂ったような絶叫をあげた。
「ウォォォー!」


「シャオロンの奴………キレちまった」
 アジャンは呆然と、二人の戦いを見つめていた。
 援護に入りたいのだが、入る隙が無い。
 シャオロンは素早く動き回り、一か所に止まらない。その動きは変幻自在。右へ左へ上へ下へと不規則に動き、仕掛けるはずもないタイミングで爪を振るうのだ。
 サリエルの爪に切られ、シャオロンの額や手足から血が流れていた。道着も大きく破れている。だが、少年の動きに変化はない。傷つく事を恐れず、相手を傷つける事への躊躇もなく、素早く爪を振るっている。
 シャオロンの攻撃自体には、それほど威力はない。敵が人間なら、攻撃を重ねねば倒せないだろう。しかし、敵は魔族だ。聖なる武器の攻撃が当たりさえすれば、魔族は浄化できる。
 と、なれば、誰よりも素早く動ける少年は………アジャンよりもずっと、魔族退治に適していたのだ。
(俺はシャオロンを見くびっていた………)
 亡くなった弟を思い出させる、素直で、やさしい性格のシャオロン。彼を戦士として見ずに、いつも守護すべき弱者として見ていたのだ。
(すまん、シャオロン………今日から考えを改める。おまえの仇討ちを、俺は見守ろう)
 アジャンは『聖王の剣』を手に、二人の様子を窺った。シャオロンが、真に助力を必要としている時には動けるように。


 サリエルは苛立ちを覚えていた。
 とるに足りぬつまらぬ小僧に、今の体が押されているのが納得いかないのだ。聖なる結界に閉じ込められている為、サリエルの力は半減し、魔法も使えない状態になっている。常であれば、素早いだけのひよわな小僧なぞ、すぐにも捻り潰せるのだが。
 サリエルはシャオロンを憎々しげに睨んだ。
(いずれこいつには、我が真の力、思い知らせてくれよう!だが、それも、この場を切り抜けた後の事)
 魔は、動かしている肉体の顔に笑みを刻ませた。
(こんな体、きさまにくれてやる)
 サリエルには、次の体があった。彼自身が選んだものではなかったが、忠実な部下が選んだものだ。ある程度の戦闘力は期待できるであろうし、聖なる結界から出る為にも着替えた方がい。新しい体に移って黒の気を消していれば、正体が知れる事はあるまい。
 サリエルは少年の速攻についてゆけぬ振りをして、わざと体勢を崩し、無防備な喉を相手の眼の前に晒した。
 すかさず、少年が爪を閃かせる。
 龍の鋭い爪が首にかかった瞬間、サリエルは首と胴体を切り離した。
 爪のかかった首より下は、塩だけを残し、滅びる。
 だが、自ら切り離した首は意のままに操れる。サリエルは赤毛の傭兵を目指し宙を飛んだ。
 片手剣を構え、赤毛の戦士が待ち構える。その剣は尋常ではない波動を発している。聖なる武器に間違いない。
 サリエルはほくそ笑んだ。
 赤毛の男が剣を突き出すべく、腕を引く。
(そうだ、わしを斬れ)
 サリエルは黒の気を練って、口をすぼめた。
(きさまに、(しるし)をやろう)


『聖王の剣』の切っ先が、サリエルの額を貫いた瞬間!
 サリエルの口が、黒の気を噴出した!


 赤毛の傭兵は口を押え、咳きこんだ。
「何だ、こいつ、タコかよ!煙を吹きやがって!」
 いや、タコが吐くのは墨か、と、アジャンは心の内で自ら突っ込んだ。敵が吐いた黒い煙を吸い込んでしまったせいで、肺が痛んだ。しかし、それほど強力な毒ではなかったようで、少々、息苦しいだけで、他に異常はない。
「イタチの最後っ()みたいなもんか?うぅぅ、気色悪い」
 シャオロンに無事か?と問いかけて、傭兵は口を閉ざした。
 武闘家の少年は、地面に座りこみ、右手用の『龍の爪』を抱いて、うつむいて………声を殺して泣いていたのだ。
 そのまま何も言わず、アジャンは周囲を見渡した。
 まだ大魔王教徒が残っていた。が、周囲には、もう魔族はいない。人間相手なら、インディラ忍者とやらに始末を任せて問題ない。
(敵の大将を討ち取ったんだ、ちょっとぐらい休憩したって構わんだろう)
 赤毛の戦士はにやりと笑い、父の形見を抱きしめる少年を直接、見ないように気遣いつつ、その場にたたずんだ。少年を狙う敵があれば、近づく前に倒す。しかし、男なら誰しも、泣き顔を他人に見られたくないものだ。少年が父との別れを終えるまで、邪魔をしないように護衛すべきだ。
 アジャンは空を見上げた。
 蒼天にあったはずの太陽は傾き、西の空で茜色の光を放っている。
 冬の夕暮れは早い。
 荒野は夕日に赤く染まっていた。
 血のごとく、赤く………


(む!)
 忍者ジライは声を出そうとしたが、喉が動かなかった。
 胸をかきむしりたかったが、腕が上がらない。指すら動かない。
 まるで体が言うことを聞かなかった。
 ジライは自分の内に………黒くおぞましいものを感じていた。禍々しくも、うとましいもの。全てを滅ぼす、強大で残忍なもの。
(誰じゃ、きさま!)
《我が名はサリエル》
(何?)
《もはや、うぬは(われ)(われ)はうぬじゃ。きさまがヒサメと呼んでいた我が部下が、(しるし)をつけたゆえ、うぬは(われ)のものとなった。この体、しかともらい受けた》
(むぅぅ………)
 体が動かないばかりではなかった。魔族は心の中までずけずけと侵入し、ジライの記憶を盗み読む。
《虚無に満ちた、なんとつまらぬ魂だ。憎悪も妄執もない………そうか、白子と生まれ疎まれて育ったが為、諦念ばかりが育ったか。きさまがあるがままを受け入れるのも、何もかも諦めきっている為。醜い白子では何一つ変えられぬと、そう思い込んでおるのか》
(消えよ、我が内から!)
《フッ、(われ)が目障りか?じゃが、言うたであろう、うぬと(われ)はもはや一体。離れることかなわぬ。きさまの命が果てる時には、離れてやるがの》
(きさま、先ほどのやさ男ぶりはどうした?そのしゃべり方、まるで我ではないか)
《今はおまえと脳を共有しておるからの》
 しばらくの沈黙。サリエルはジライの脳から取り出した情報を吟味していた。
《東国忍者の里の次期頭領と目されておる忍………思ったよりも利用価値がありそうだな。きさまを足掛かりに忍者の里を手に入れてやろう。インディラのウズベルめ、喜ぶであろう》
(ウズベル?)
《我が仲間、四天王の一人よ。(われ)が聖なる武器を集め、ウズベルが新たな魔人を造る。我等は大魔王様の命により動いておる》
(忍の里を狙っておるのか?)
《ウズベルが、な》
(フン!我を使うより、(かしら)(しるし)をつけ、下僕にしたらどうじゃ?その日から忍の里はおまえらのものぞ)
《きさまの記憶の中の、あの老人を我が体にしろと?願い下げじゃな。(われ)は美しいものか強いものしか欲しゅうないわ。部下を使い、頭領と次期頭領を反目させようと画策していたが、おまえが(われ)のものとなったのだ、もっと良い手が使えそうだ》
(きさま………我をどうする気だ?)
《どうもせぬ。きさまは、この体が果てるまで死ぬ事すらかなわぬ。我が()す事をそこより見ておれ》


 忍者ジライの体を使い、サリエルは大魔王教徒の男を斬って捨てた。忍者ジライとして敵を倒し、魔族の黒の気も完全に消し去り、女勇者達の目を欺いているのだ。
 サリエルは慎重だった。何故ならば、今、彼の(ふく)は、この忍者と赤毛の男の二体しかないのだ。
 サリエルには、常に多くの(ふく)があった。戦闘には必ず印を与えた者を同道させ、現在の肉体が危うくなれば他の者に乗り換え、生き延びてきたのだ。

 しかし、今回、連れて来た(ふく)は全て討ち取られている。聖なる結界が解かれない限り、他所に置いてきた(ふく)にも着替えられない。この忍者と赤毛の戦士を失えば、四天王が一人サリエルといえども消滅の運命にあった。魔族は憑代がなければ、この世に留まれないのだ。
「女勇者セレス殿」
 ジライの口を使ってサリエルは尋ねた。
「結界はいつ解ける?(われ)は何時まで忍法が使えぬのだ?」
 セレスは魔人と戦闘中だったが、『勇者の剣』で相手を叩き斬り、ジライの方へと振り返る。美しい顔は汗に濡れ、髪は湿り気を帯び、吐く息は荒い。
「結界は全ての敵を倒したら、解いてもらうわ」
「解いてもらう?」
 サリエルはその言い回しを聞き洩らさなかった。
「この結界、人為的に止められるのでござるな?」
「ええ」
「どうやれば止まる?」
「それは………」
 言いかけたものの、慌ててセレスはかぶりを振った。
「今は言えない。でも、敵全員を倒したら解いてもらえるわ。後、もう少しの辛抱よ」
 再び魔族と戦い始めた女勇者を、サリエルは静かに横目で見つめた。
 結界の術師が何処に居るのかの、おおよその検討はついている。
 地下だ。
『龍の爪』の振るい手は罠用の通路にしか入れなかった。が、忍者ジライの脳を得た今、サリエルは、足元に鍾乳洞が広がっている事を知っていた。あそこに忍者以外に、魔術師でも潜んでいるのだろう。その者を殺せば、結界は解ける。
 しかし………
 そんな事をしなくても………
 部下が全滅すれば、結界は晴れるのだ。
 ならば、部下が皆殺しになるのを待っていればいい。能力を隠して忍者ジライの体に潜んでいる限り、サリエルは安泰。結界の消滅と同時に、自由になる。
 サリエルは覆面の下に、魔にふさわしい笑みを刻んだ。
 目の前には心躍る光景がある。
 魔族を相手に大剣を振るう女勇者は―――明らかに疲労している。まず、反応が鈍い。大剣を高々と振り上げる事は少なく、下段攻撃ばかりしている。呼吸は乱れ、大量に汗を流している。
 つけいる隙がありそうだ。
 サリエルは『ムラクモ』を手に、女勇者の背後へと走った。援護を装い接近し、己の黒の気を女勇者に浴びせてやるのだ。女勇者を下僕に堕とせば、今世の救い主は消える。ケルベゾールド神が十三回目の降臨で、ついに暗黒の世を生み出すのだ。
 女勇者の元まで後、数歩と迫ったところで………
 サリエルの体に陰がかかった。
「!」
 避けなければ、頭を砕かれただろう。サリエルは舌打ちした。怪我を負えば正体が割れる。血の一滴も流さず、傷ついた体が復元してしまうのだから。神聖魔法か聖なる武器でしか葬れない体だと気づかれてしまう。
 体術で攻撃をかわしたサリエルを狙い、再び、重くすばやい攻撃が襲い来る。
 サリエルは振り返り、相手を見た。
 サリエルを狙っているのは一つ目鬼―――忍者ダイダラだった。
 どんなに辱められようが、どんなにいたぶられようが、決して怒らなかった巨人が………憤怒に顔を歪めていた。
 棍棒を振るい、ダイダラはジライの体を叩き潰そうとしているのだ。
 もの言えぬ口は叫んでいた。
 出て行け!と………


 ダイダラには幼児並みの知能しかなかった。それ故、彼は理屈など考えない。ただ事実を本能的に察知するだけなのだ。
 義兄ジライは、今、別人だ。
 誰かがジライの体を盗み、ジライの自由を奪って、勝手に使っている。
 ダイダラは、そう感じ取ったのだ。
 大好きな義兄の体を盗むなど許せなかった。
 なぜ、ジライの体が盗まれたのか?
 どうすれば、敵を追い出せるのか?
 そんな事はわからないし、わからなくても構わなかった。
 ジライは繰り返し教えてくれた、『敵を叩き潰せ』と。
『きさまは阿呆じゃ。幾ら頭をひねっても、ろくな考えに至らぬ。何も考えるな。我が為に敵を討て。後の始末は(われ)がつけてやるゆえ』。
 目の前の敵を殺せば、後の事はジライがどうにかしてくれる………
『ジライを殺してジライを助ける』事に矛盾すら感じず、巨人は棍棒を振り回した。
「このうすら馬鹿!ジライ様に何するのさ!」
 ダイダラは背に何かが突き刺さったのを感じた。手裏剣が命中したのだろう。だが、構わず、ジライへの攻撃を続けた。
 女勇者と武闘僧は、突然、仲間割れを始めた忍者達を驚いて見つめていた。
「やめろ、ダイダラ!武器を引くのだ!」
 ジャコウの声だ。ユリネと二人で、主人(ジライ)を守ろうと、ダイダラの死角から手裏剣や忍刀で攻撃をしかけてくる。
 ダイダラは肘や腕で二人を払った。仲間を傷つける事も、ジライから禁じられている。彼等を棍棒で叩くわけにはいかない。
 彼等に邪魔をされ、ジライに近づけない。
「突然、乱心しおって………魔族にでも憑かれたか?」
 ジライの口を使って、見知らぬものが言う。
「ならば………殺して楽にしてやろう」
 ジライの姿の敵が『小夜時雨(ムラクモ)』を手に駆けて来る。
『鬼殺し』の棍棒が二つに割れ………
 雨と血が舞った。
 ダイダラの巨体は地面に沈んだ。 
+注意+
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