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ガールズカルテット 作者:双色
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 夏休みという長期休暇が知らぬ間に残り一週間になっていた。
 季節は少しずつ秋へ移り変わろうとしている。
 とはいってもそこは今の時代。蝉の声こそ勢力が衰えたものの、太陽はまだまだ溌剌としている。
 五月の終わりから六月の頭に掛けて関わっていた事件が終わってから二ヶ月と少し。
 そろそろいい頃だろう。と、意を決するように俺は言った。
「あの、朔夜さん。何で俺、夏休みなのに学校に来てるんですか?」
「そりゃあお前が、学校に行こう、と考えて実際そのように行動したからだろ。高校二年にもなって、そんなこと人に尋ねない方がいいぞ。正気を疑われる」
 そのセリフが原稿用紙に書かれていたら誰もが連想するだろう口調だ。
 ここがどこかはわざわざ述べるまでも無いと思う。が、それでも一応言っておくとここは学校で、その中に設けられた朔夜さんの私室もとい国語科準備室だ。
「それともお前は、自分がここに到るまでの記憶が無いのか? それなら私は専門外だ。医者に行け。優秀な脳外科医を紹介してやろう」
 とまあ、このように朔夜さんに隙を見せるととことんそこをつけこまれる。揚げ足を『取る』ではなく『獲る』なのだ彼女の場合。人の弱みを見つけてはそこにつけ込んで、傷口と見ればそこを深々と抉るのがこの人の生甲斐だと俺は思っている。
 といっても、それは俺にも既知の事実であったので文句を付けず言い直すことにしよう。
「朔夜さん、何で俺夏休みなのに学校に呼び出されてるんですか?」
「それは一概にお前がいないと私が暇だからだ。それくらいは自分で理解しろ」
 などと予想通りの言葉を返され、もはや何か言い返す気も起きない。
 本来ならそれくらい、とは何を尺度として『くらい』なんて言っているのかと言いたい所だ。そして何故、俺がいなければこの変人教師が退屈するのかというのもまた謎である。
 夏前の六月、厳密に言うなら五月下旬。歌姫事件と銘打たれた連続自殺が原因となって知り合った朔夜さんだが、どういう訳か事件解決後も縁を切れていない。
 それどころか夏休みに入ってから朔夜さんは、こうして暇があれば携帯へ呼び出し電話を掛けて来るのだ。一度その呼び出しを黙殺したことがあるが、その日は空から説教を受けて精神が参った。
 どこから俺の携帯番号を入手したのか、と考えたことがある。よく考えれば、俺は一度朔夜さんへ自ら携帯で電話を掛けているのだ。つまり俺の個人情報が流出したのは他でも無く俺が原因だという訳だ。まあ、そんなことが解ったところで後の祭りもいいところだが。
 前述の通り今日は夏休みであり、今日も今日とて俺は朔夜さんの暇を潰している。
 根本的にどのように暇を潰しているのか、そもそも潰せているのかは不明だ。
 変人に好かれる才能はあっても、変人を手懐ける才能を持ち合わせていないから質が悪い。
 相変わらず校舎内喫煙をしている国語教師は何やらため息を吐き、
「しかし退屈だ」
「それじゃあ、俺がいる意味無くないですか?」
「日本語乱れてるぞ、遙瀬」
 乱れてるのはこの部屋の秩序だよ。口にはしないけど。
 自分のことは棚に上げておいて人の日本語を注意した学校内喫煙者は続いて、
「そうでもないぞ」
 紫煙とともにそんな言葉を吐き出した。
「お前がいることによって今みたいに会話が生まれる。それだけで少しくらいは暇が潰れる」
「今みたいなって、どの辺りからですか?」
 どうやら俺の、俺がいる意味は無いのでは? という疑問に対して言ったらしい。
 一度話が脱線しかかっただけに、少々解り辛い。
「『そりゃあお前が、学校に行こう』の辺りからだ」
 つまり初めから暇を潰せていたらしい。
 あれは会話というよりも、単に俺が屁理屈小言攻撃の餌食になっていただけではないか。というつっこみも、一般人相手だったなら成立したことだろう。
「しかしつまらんな。遙瀬、お前またおかしなことに巻き込まれてないか?」
「俺が生命の危機に曝されることを熱望するような、物騒なことを言わないでください」
 正論かつ素直な意見を憮然とした口調で言い放つ。
 どんな風に反撃してくるのかと思っていると、朔夜さんは意外な態度を示した。
「失礼なやつだな。それじゃあ私が人死嗜好者みたいじゃないか」
 拗ねたような、けれど反駁するような口調で朔夜さんは言う。
 普段とは少し違う様子には戸惑うが、ここで引いてはいけない。
「違うんですか?」
 あくまで無愛想に言うのがコツだ。
 間を取るように煙草を灰皿に押し付けた朔夜さんは、続いて無感動な瞳を窓の外に投げ掛け、
「いや、厳密には違う」
 どうやら答えに辿り着いたらしい。愚問に全力を注いだ結果が出たようだ。
「私が嗜好しているのは常識で扱えない現象だ。そこに人間の生死は関係無い。ただ、そういった超常現象の中でも殺人が絡むモノに特別興味を惹かれるのも確かだ。
 だがな、遙瀬。それはあくまで異常を孕んだ……いや逆か。つまりだな、私は死に興味があるのではなく、死を作り出した異常に興味があるんだよ。よって普遍的な死には一切関与したいと思わない。誰かの死を辿り、そこに存在する異常に行き着くことこそ私の嗜好だ。従って私は人死嗜好者ではなく、超常嗜好者と呼ばれるべきだろう」
「よくそんなことを、そこまで真剣に討議出来ますね」
 ある意味で俺も見習った方がいいかもしれん。
 俺がどうでもいい感想を思い浮かべて、この会話は終了した。


 ◇


 朝の十時に呼び出されてから二時間半。昼を過ぎた頃になって、俺は解放された。
 しかし正式に帰宅してもいい、といわれたわけでは無い。単に、
「そろそろ昼飯時だな。お前もさっさと済ませてこい」
 という朔夜さんの一言により部屋から出ることを許可されただけなのだ。
 呼び出しがある時間は日によって異なり、朝から呼び出される日は多くない。帰宅は基本的に下校時間まで許されない。授業こそ無いものの、これでは夏休み気分なんて微塵もありはしない。訴えてやろうか。俺の休日を返せ。
 妹という圧力に逆らえない自分が惨めになるのを恐れて、不満を重ねるのはそこで止めた。
 昼食を済ませてこい、と言われても当然俺は弁当など持参していない。となると、食糧を調達する方法は二つに絞られる。購買へ行くか、学食へ行くかのどちらかだ。
 今の位置からだと購買へ向かう方が距離は近い。
 今から学食へ向かえば、昼休憩に入った部活の連中と混ざらなければならない可能性がある。そんな中で席を確保するのは難易度が高いだろう。それに健全に部活に励む奴らから、教師の暇を潰しているだけの俺が席を奪うのもどうかと思う。
 ならば選択肢は必然的に一つに絞られる。
 休み期間中の方が購買の利用率が高いというのは可笑しな話だ。
 かくして適当なパンを購入することに成功した俺は、特にどこかで飯を食う当てがある訳でもないのでさっきまでいた国語科準備室へ向かう。
 ところで、準備室とは言っているが朔夜さんはあの部屋で何の準備をしているのだろうか。
 考えるだけ不毛だ。足を動かそう。
 などと考えた直後だった。余計なことを考えていたことが原因で間違いない。廊下の角を曲がってきた生徒とぶつかった。
「あ――すいません!」
 それは幾度の修行を経て培われた、洗練されて一切の無駄が無いお辞儀だった。
 俺が知る限りでこれほど完璧な謝罪のモーションが出来るのはただ一人。
 ぶつかった相手が誰であるかを悟るには、顔を確認するまでもなくその動作だけで十分過ぎた。
「よお、暦」
「はわあ!? せ、先輩!?」
 何をそれほど驚くことがあるのだろう。
 ……いや。部活に所属していない俺が学校にいるというのは、何も知らない生徒から見れば可笑しな話だ。それを踏まえれば、暦のリアクションはどこも矛盾していない。
「今日は部活か?」
 あたふたしている暦に尋ねる。
「は、はい! 先輩は何をしているんですか!?」
 いちいち声を張り上げるのは、部活で仕込まれているのだろうか。
「暦、声のトーン落とせ。普通に会話しろ」
「はい! 了解です!!」
 それだよ、それ。
 注意を促す目的は二つ。一つは台詞の感嘆符を無くす目的、もう一つは話を逸らす目的。前者の成功率が低いことは理解していたし、実際無駄に終わった。が、後者は上手くいったらしい。
「それで、お前は何をしてんだ。校舎内でランニングか? 先生に見つかったら捕まるぞ」
「はい! ご忠告ありがとうございます!」
 …………え、マジ? 
「ですが先輩! わたしは校舎内でランニングなんてしていません!」
「……初めからそう言え」
 元より暦とは会話が成立し難い。
 暦の会話中における発言の優先順位は『謝罪』『陳謝』『深謝』『自己主張』の順である。だからこそ互いの意見を出し合う会話という行動の成立が難いのだ。自分よりも他人を優先する、それが御巫暦という人間だった。
「わたしは今、お昼ご飯を買いに購買へ向かっています!」
「弁当は持ってきてないのか?」
「はい! 忘れました!」
「暦」
「はい! なんでしょうか先輩!」
 俺は出来るだけ暦を傷つけないように、事実を述べた。
「衆目を集めすぎだ」
「はう……!!」
 カッ、と白い顔が真っ赤に染まる。
 幸い立ち止まって俺達の行く末を見届けようとする物好きはおらず、通り過ぎざまに視線を向けてくるだけで済んだ。
 とはいえ時刻は昼食時。購買へ向かうこの時間なら人通りは決して少なくない。
「はあ…………」
 大きなため息は俺の物だった。
 羞恥の念に燃え上がっている暦をこのまま放置しておいて、後々取り返しのつかないことになるのも困る。ならば暦がこうなってしまった一原因である俺がなんとするのが筋、か。
「ほら、行くぞ暦」
 心ここに在らずといった感じの暦に声を掛ける。
 と、小さな双肩が跳ね上がり、潤んだ瞳が俺を見上げた。
「行くって、どこにですか?」
 声はさっきより二段階小さくなっている。
 失敗から学び、そして更正できる人間は大丈夫だ。
「購買だろ。さっさと行かねえと、飯売り切れるぞ」
 言って歩き出す。
「は……はい、先輩!!」
 最後の最後で同じ間違いを繰り返すことは、大目に見るとしよう。


 パンとペットボトルのお茶の会計を行う暦の様子が変だ。
 さっきからしきりに自分の体中を触っているし、その度に泣きそうな目でこちらを見てくる。
 果たして俺に何を求めているのだろう。
「どうした?」
 待っているのもじれったくなって、俺から問いかける。
 と、暦は突如背後に現れた俺にびくりと体を跳ねさせた。
「うぅぅ……先輩……」
 比喩じゃなかった。これは本当に涙を溜め込んだ瞳だ。
 涙腺が決壊寸前の瞳で、暦はある程度予想がついていた一言を発した。
「お財布……忘れましたぁ……」
 そんなことだろうと思ったよ。
 俺は二度目のため息を吐き出して、額に手を当てる。
 まるで世話の掛からない実の妹の代わりに、この後輩は俺に或る一つの結論を(もたら)した。
 結論。――手の焼ける子ほど可愛いというのは、嘘。疲れるだけだ。
 俺は苦笑いしている購買のおばちゃんに財布から取り出した代金を差し出した。


 ◇


 場の成り行きから、昼食は暦といっしょに取ることとなった。
 勿論暦を朔夜さんの巣食う国語科準備室なぞに連れて行く訳にはいかず、場所は中庭となる。
 もっとも、朔夜さんなら空の友人である暦を連れて行っても歓迎しただろう。ちなみにこの場合の歓迎とは頭上から黒板消しを落とすことと同義だ。
 精神的に脆い後輩のことを思うなら、俺が選ぶべき選択肢は決まっている。
 何より、あの変人に関わればそれだけで妙な事に巻き込まれる確率が上がるのだ。俺は自分の後輩にみすみすそんな危険人物と邂逅を果たさせるほど愚かではない。
「――――先輩。あの、どうかしたんですか?」 
「いや、なんでも」
 気遣いは無言であるからこそ他人の為なのだ。
 それを口にする程無粋なこともない。
「それで、どうしたらいいんでしょうか」
「……は? 悪い、なんの話だっけ?」
「部活のことですよ。どうすれば上達するか、という話です」
 俺は一瞬頭の中が真っ白になった気がした。はて、そんな話をしていただろうか。
 記憶にはなかったが、話の途中で他のことを考えていたのは俺だ。
「あ、ああ。そうだった、な……」
 適当に肯定しておく。
 ところで部活だと? 何故そんなことを俺に訊くのか。暦が何の部活に所属しているのかは、服装を見れば明解だ。制服やジャージなどではなく、時代を感じさせない白装束。簡単な言葉を使って描写するなら、ようするに胴着を暦は着用していた。
 この学校でそんな恰好をする部活動は……
「弓道か剣道か……どっちにしたって俺に教わるようなことじゃないぞ。二つとも、俺には何の心得も無い」
「ふえ……? そうなんですか?」
 何故かとても意外そうな顔をしている。しかしながら、そんな顔をしたいのはむしろ俺の方だ。この学校には、俺と同姓同名の弓か剣の達人がいるのだろうか。
「空がとても上手だって聞いたので、てっきり先輩のお家ってそういう家系なんだと思ってました」
「空って……あいつ部活なんてやってたなかったと思うが」
「正式に入部してる訳じゃないんです。仮入部期間に一度だけ練習に参加したそうです。そこで部の先輩に是非入部してくれって言われたそうなんですが、断ったそうです」
 なるほど。そういえば一度空が帰りが遅くなると言いに来たことがあったが、これが真相か。
 俺は空に入部を懇願する先人達と、その誘いを切り捨てる剛直な妹の姿を思い描いた。
「残念ながら俺では力になれないな。直接空に教鞭を取ってもらえ。お前が頼めば、空も快く引き受けてくれると思うぞ」
「そうですか……」 
 何で残念そうなのだろう。暦と空の仲は良かったはずだが。
 それから暦は無言のままパンを口に運んでいた。よく晴れた青空に眼を向けて、ぼんやりとしている。それはまるで蜃気楼でも見つめるような、飛行機雲を眼でなぞるような様子だった。
 やがて、
「先輩は、自分ではどうしようもないことってどうしますか?」
 どこか遠い場所へ、届かないと解っていながらも言葉を紡いだ気力の無い口調でそう言った。
 俺は口に含んだサンドイッチを飲み込んでから、横目に見ていた暦の表情を正面から見据えた。
「そりゃあどうしようもないなら諦めるだろ」
 答えは深く考えるまでも無く口をつく。
 手の打ちようが無いなら、それ以外に無いだろう。俺の短い人生を振り返ってみても、悪足掻きが功を奏した経験は無い。勝算の無い賭けには出ないことが賢い生き方だ。
「そうですか」
 どこか様子が可笑しい。
 暦との会話が要領を得ないことはこれまでもよくあった。
 けれどこの会話は明らかに妙な感じがある。何というか……暦にしては真剣な感じだ。
 この違和感に何か言うべきなのか迷う俺をよそに、暦が立ち上がる。
「先輩――――わたしは、今の生活が大好きです」
 最後に、その儚くも本心から幸福を湛えた笑顔を別れの挨拶にして、暦は走り去っていった。
 その小さな後姿に何か言うべきだったのだろうか。今はまだ、解らない。

 今は――――これが御巫暦と遙瀬橙弥が、日常の中で交わす最後の会話だと知らない今は。
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